十三
大八を棺桶を載せたほうを先にして勢いよくぶち当てると、雨戸は破れ、大八からはずれた桶がひとつ店内に転がり込んだ。続いて樽が摂津屋のなかに飛び込むと、足元に転がっている黒装束と、店のなかほどに倒れている黒装束のほかには賊の一味らしきものは見当たらなかった。
店には煙が漂っていたが、火元は見つからない。
土間には縄でつながれた人質が震えていた。なぜか皆ずぶぬれだ。樽は眉をひそめた。火薬のにおいが立ち込めている。
続いて大八とともに飛び込んできた龍と協力して棺桶のなかの水を土間のあちこちに盛られた火薬にかけた。
それから続々と臥烟どもにひかれた大八に載った棺桶のなかの水を、かれらとともに店内にかけて回った。
「裏庭へ!」
開いた戸の向こうに炎が見えて、そこにいた火消にそう指示した。ふたりの人夫が、力自慢なのかそれともこれが文字通り火事場の馬鹿力なのか、外を回ったりせず桶ごと大八を持ちあげて畳のうえに置くと、そのまま店のなかを突っ切っていった。
店のほぼ中央に、柱に縛りつけられた羽生多大有がいたが、その羽織がぶすぶすとくすぶっていた。
「旦那、失礼しやす」
樽はそう言って、龍とともにもちあげた棺桶のなかの水を同心にぶちまけた。じゅう、と音がしてくすぶりは消えたが、羽生の羽織は焼けこげだらけだった。
みしみしと体の軋みが聞こえるような気がした。腕が折られる、色吉がなかば覚悟を決めたそのとき、
「あちい」
四股を押さえていた力が同時に緩んだ。
ここぞとばかり転がり逃げて離れたところで身を起こすと、黒装束たちが炎をまとって走りまわり、あちこちで転げまわっていた。炎をまとっているというのは、よく見ると燃える着物をかぶっているのだった。
砂をかけて消し止めるのを手伝ってやっていると、そこに大八を引いた火消人夫が二人やってきた。縛りつけてあった棺桶を降ろそうとする。
「ちょいとごめんよ」
色吉はまず棺桶に張ってあった水につかると、すぐに出て転げまわっていた鬼黙団のひとりを助け起こし、棺桶に放りこんだ。火が消えたのを見て引っぱりだすと、賊は地べたにひっくり返ってそのまま気を失ったようだった。
臥烟たちも心得て、自分たちも水をかぶり、そのへんを走りまわったり転げまわっている者をつかまえては桶に放りこみ、引っぱりだした。
「おっ」
火消のひとりだと思ったのは、太助だった。
「おう」
と太助も応じた。
いうまでもなく、樽を撃とうとした見張りの指を落としたのも、壱の指を落としたのも、火のついた布物を裏庭に運んで賊たちにかぶせたのも、人質たちに水をかけたのも、目にも留まらぬ早さで動いた羽生多大有だった。




