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続色吉捕物帖  作者: 真蛸
化獣(ばけもの)
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 数日後の夜、「けものつかひ」の小屋を色吉が訪ねてきた。裏口の戸を叩き、なかの人間を呼びだした。

「お浅さんつう獣使いの娘がいる、って聞いてきたんだが」

 出てきた五十年配の男にそう告げる。団長兼口上係といったところだろう、と色吉は見た。

「あいにく今日はもう仕舞ったあとでな。明日また来ておくんな」

 男が言った。

「舞台が見てえわけじゃなくて、お浅さんに会いてえんだ。色吉が来たと伝えておくんな」

 男は奥に引っ込んだ。入れ替わりに娘がすぐに現れた。けげんな顔をして色吉を見たが、色吉のほうもそんな顔になったに違いない。

「ええと、お浅さんをお願いしたんだが」

 何日か前に色吉のあったお浅は目鼻立ちの整ったきれいな娘だったが、この若い女は平べったい、すがめで反っ歯だった。醜女といってもいいのだが、しかも無愛想な表情をしているのだが、それでもなんともいえない愛嬌のようなものがあった。

「あたしだけど」

「他に――」

「いないよ」

 色吉はすこし逡巡した。しかしこの女はこないだの娘とは似ても似つかない。

「ここに、狼がいると聞いたんだが」

 それは置いておいて、色吉は質問を変えた。

「いるよ」

「見せてもらえねえか」

「ちぇ、見せもんじゃないよ」

「いや、見せもんだろ」

「ならおアシを払いな」

「見せもんじゃねえんじゃなかったのか」

「昼間は見世物だけど夜はそうじゃない。でもどうしても見たいってんなら、昼間とおんなじだ、おアシを払いな」

 なるほど。色吉は懐から四文取りだし、お浅に握らせた。

 お浅が振り返ると、狼が出てきた。そのへんでよく見る野良犬よりも二回りも大きい。色吉は怖くなった。

「かかかか咬まねえだろうな?」

「さあ。あんた次第じゃないかね」

「ししししっかりおおお抑えといてくれよ」

「急に動くんじゃないよ。跳びかかるかもしれないから」

「勘弁してくれ。ととととっととあっちへやってくれ」

「あんたが見たいって言ったんだろ」

「放し飼いとは思わなかったんだよ! どっかに繋がれてるか、檻にでも入ってるかと」

「家族だよ、檻なんかに入れるわけない」

「いいから早く引っ込めてくれよ」

 お浅が静かに見おろすと、狼は小屋のなかに戻っていった。

「そ、外に出てきてくれねえか」

 娘は口をゆがめて笑ったが、素直に出てきて、戸を閉めた。「怖がりすぎだよ。権太がかわいそうだろ」

「喰われちまったらおれのほうがかわいそうだろ」

「フン」

 お浅は見くだしたように色吉をじろりと見た。「だれがあんたみたいな不味そうなのを喰うかい」

「まずそう? そうか、不味そうか」

 色吉はぱっと明るい顔になった。お浅は吹きだした。

「フッ、フフフ、あんた、面白いな、そんなに権太に喰われるのが嫌なのか」

「あたりまえだろ。けだものに喰われたいやつなんかいるか」

「あたしは権太にだったら食われてもいいよ」

 うれしそうに、お浅は言った。色吉はたじろいだ。

 しかしこれで気を許したのか、お浅は色吉がいろいろと訊くのに気易く答えてくれるようになった。

 お浅のけものつかい一座は、なんとお浅と、さっきの年寄りのふたりきりなのだそうだ。年寄りは宮助といって色吉の見立て通り座長と口上を兼ねていて、ときどき木戸番までやるとのことだ。狼の名はさっきから出ている通り権太で、一座唯一の獣だった。

「よくやってけるな」

「お客はそれほど多くないけど、熱心に見てくれるお方たちがいなさるんでね。あたしと権太と座長くらい養ってお釣りがくるのさ」

 色吉が、浅草でお浅の名をかたった娘の特徴を言うと、

「そりゃお常だね」と、すぐに答えた。

「きっと、そうかい」

「間違いないと思うよ。そういえば思いだした、こないだの夜、突然やってきたんだ。お幹とお蘭が死んだとか言ってたけど、権太を疑うようなことまで言いやがって」

 詳しく聞いてみると、どうもそれは夕方に色吉と会ったその晩のことのようだった。

「なんだってお常さんはあんたの名前をかたったんだろう」

「さあね。自分の名前を言いたくなかったんだろう。なんでも秘密にしたがるのさ、まだ子供だからね」

 そんなことを言っているが、聞いてみるとお常とお浅はひとつしか違わないのだった。お常が十六でお浅が十七だそうだ。

「じゃあお浅さん、あんたはお幹さんやお蘭さんと同い年なわけだ」

「ああ、まあね」

「しかしだれかの名前をかたるにしても、うその名前にしときゃあいいのに、なんでまたほんとにいるひと……つまりあんたの名前を言っちまったんだろうな。調べりゃすぐわかるってのに。現にこうやってもうばれちまってるし」

「あの子はまあ、そんなに頭のいいほうじゃないからね。とっさに知りあいの名前が出ちまったんだろう」

「商売まで本当のことをしゃべっちまうくらいだもんなあ」

 夜も更けてきて、出の遅くなった月もそろそろ昇ろうかというころあいだった。「ところであんたとお常さんは、どういう知りあいなんだい」

 お浅は沈黙した。

「さしつかえなかったら教えてくれ」

「小さいころ……から近所に住んでたんだ」

「幼なじみか」

「別に。友達じゃあなかった。お互いに知ってたってだけで」

「近頃もつきあいはあるのかい」

「話くらいはするね」

「商売はしてたのかな。ご新造さんではなかったようだが」

 あの娘は眉もあったしお歯黒もしていなかった。

「回向院ちかくの、鶴屋っていう水茶屋に出てる」

 水茶屋、か。

 お常がお蘭のことを気にしたのはそのためか。

「お常さんの評判、ってのはどうだったんだろうな」

「さあね。聞かないね」

 このひどく冷静な獣使いは、たしかに世間の噂などにあまり興味はなさそうだ。

「そうか。ところでお浅さん、あんたはお幹さんやお蘭さんとはどういう知りあいなんだい。お常さんもかれらのことは知ってたんだろうな」

「なんだいそのお幹さんだのお蘭さんてのは。お常の友達かい。あたしは知らないね」

「あんたがお幹とお蘭が死んだ、って話をしたんじゃねえか」

「そりゃ、お幹が言ったことをそのまま言っただけさ」

「さっき同い年かと訊いたらそうだと言ったじゃないか」

「そうだっけ? あんたが誰かと同い年だな、って言うから、誰か知らないけど面倒だから生返事をしといただけさ」

「そうかい。いろいろありがとうよ、邪魔したな」

 色吉は懐からさらに四文だして、お浅に渡した。「おれは本郷金助町の色吉だ、この辺は昼間よく同心のお供で回ってるから、なにか思いだしたら声かけてくんな」

 あっさりと引きあげる色吉に拍子抜けしたのか、お浅はちょっと驚いたような顔でその後ろ姿を見ていた。


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