十二
店のなかでどん、と大きな音がして、雨戸がびりびりと震えた。のみならず、なかから蹴とばされたかのように雨戸の一部がはずれた。
ひょっとしてこいつは、いまが水を持って突入の時機なんじゃねえか。しかし宇井野が……。いや構うこたねえ、ここが男のみせどころだ。太助は覚悟を決めた。
「いまだ、かかれ!」
そう叫ぶとともに樽がまず自ら棺桶大八を引いて駆けだした。龍がすぐに続いた。
「おう!」
いっせいに臥烟たちも応じて樽と龍に従う。
ひとり取り残された太助がそれを見送った。
十人が相手では、さすがの色吉もそうそういつまでもは持ちこたえてはいられなかった。それでも半分くらいはのしたが、とうとう残りの者たちに押さえつけられた。大勢に圧迫されて呼吸も心臓も止まりそうだ。
「この餓鬼が、ただ殺してなんざやらねえ。なぶり殺してやる。まずは腕や足を一本一本折ってやる」
賊のひとりひとりが色吉の四股をひしぐ。あまりの激痛に色吉は目を白黒させ、声も出せなかった。
ひとり残って往来を見張っていた黒装束は、棺桶を乗せた大八車の群れが向かって来るのを見て混乱したが、すぐに表を通るものがいたらかまわずぶっ放せと言いつけられていたことを思いだし、覗き窓から筒先を出した。
先頭を走ってくる体格のいい男に狙いをつけ、引鉄をしぼる。
しかし、短銃が火を噴くことはなかった。
「ぎゃああぁぁ」
黒装束は情けない悲鳴をあげた。引鉄にかけたはずの指がなくなっていたのだ。あったはずの根元からどくどくと血が噴きだしていた。
目の前の雨戸がめきめきという大音声とともに破られ、棺桶が飛び込んできた。黒装束の覚えているのはそこまでだった。
壱の引鉄にかけていた指もまた消えていた。壱は驚愕したが、しかし店は爆発の一歩手前だ、自分がこのまま死んでも、相当の人数を道連れにしてやれる。壱は満足しながら気絶した。
というのも、壱が火をつけて燃えあがった着物の火が店じゅうにぶらさがった着物反物に飛び火していくのを見たからだった。
壱がもう少し意識を保っていたなら、ふたたび驚愕と、それから失望に襲われたに違いない。摂津屋を業火に包むはずのそれらの布物が、つぎの瞬間にはすべてなくなっていたからだ。




