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続色吉捕物帖  作者: 真蛸
鬼黙団
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 抽斗をあけようと腰をかがめたとき、ぬぐっ、という胸の悪くなるような音が、小さく低いながらも惣衛門の耳にはっきりと届いた。人質が集められたあたりからだった。

「ひいっ」「きゃっ」「ううぅ」

 人々の押し殺した叫び声が続いた。

 思わず振り返ると、喉に短刀が突きつけられた。

「気にするな。われらに逆らおうとした抜け作がいただけだ。おまえもあのようになりたいか」

 首領が言った。

 しかし目は派手な着物を着た若者が倒れるところに吸い寄せられ、離せない。若者は常連で、ひいきにしてくれていた。自分を有名な傾奇者で遊び人と思いたがる言動は痛々しいところもあったが、根は気のいい素直なあにさんだった。それがいま、どこを、なにでやられたのか苦しんでいる。

「うう、痛い痛い、医者を呼んでくれ、い、いや、い、医者のところに連れてってくれ」

 他の人質たちの陰になって姿は見えないが、苦しそうな声が聞こえてくる。

「黙れ。余計なことをした貴様の自業自得だ。そんなに痛いなら、いっそ楽になるか?」

 黒装束が言うと、格弥はおとなしくなった。うめき声は聞こえてくるから生きてはいるようだ。

 惣衛門は再び腰を折り、今度こそ抽斗をあけ鍵を取りだした。


 とどめを刺すという脅しが聞いて、莫迦な傾奇者気取りが拳を噛んで必死にうめき声があがりそうになるのを抑えている。

 ――ふん、ざまアねえな。

 賊のひとり、壱と呼ばれる黒装束は冷たい目で格弥を見おろした。

 人質の若造がいきなり襲いかかってこようとしたのでドスを取りあげ返り討ちにしてやったのだ。

 本当はこれまでと同様、はじめから殺してしまうつもりだったのが、刺す瞬間に若造が妙な動き――跳びあがったのだ――をしたものだから急所をはずしてしまった。

 まあ、あっさり殺してしまうよりこうして苦しんでいる姿をさらさせたほうが、周りの人質たちへの見せしめとなるだろう。


 実のところ、壱に撃たれて庇屋根から落下した手先はかすり傷、落ちたときに背中を打っての苦しみのほうが大きかった。壱は腹を狙い、なにもなければ命中して手先は死んでいただろう。羽生多大有が壱の短銃のねらいをほんの少しずらしてやらなければ。

 だれの目にも留まらなかったが、壱の銃が発射される瞬間、多大有は縛られていた縄を抜けて壱の背後に立ちその肘をほんの少しだけ押してやり、銃口の狙いを微かにずらすとまたもとの柱の脇の縄のなかに戻ったのだった。

 壱の短刀の刃先が格弥の心臓に向かって突き進んでいたときも、同じようにしてやってきた多大有が、格弥の背後からその体を少し持ちあげて、短刀が臓器をよけて腹に刺さるようにしたのだ。

 多大有が立ちどまったその須臾の間に、ちょうどそこを見ていた者でもいれば幽霊のように壱や格弥の背後に立つ多大有が目に映ったかもしれない。しかしつぎの瞬間には多大有はいなくなっていたから、なにを見たのかも認識できなかったにちがいない。


 ――だめだ。よく訓練されてやがる。

 北向きの明かり取りはすぐ目のまえなのに、飛び移ることは難しい。さっきから梁のうえからうかがっているのだが、賊のうちの誰かが常に四方にある明り取りの窓に目を光らせている。

 そこで色吉は作戦を変えて、懐から紙と筆立てを取りだし、簡単な一文を書き付けた。丸めて紙礫にして隙をうかがう。こいつを外に投げるくらいなら、なんとか……

 このとき、人質のひとりが、黒装束のひとりに襲いかかろうとして揉みあいになった。他の黒装束連中がいっせいにそちらに気をとられた隙に色吉は紙礫を投げた。


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