三
裲襠、羽織などの出来合いは、たたんでしまってあるだけではなく、店のところどころに梁から吊るした竿に掛けて中空に飾られていた。反物も芯を宙吊りに、布を床まで垂らしてあった。このためもあって天井板はなく梁がむき出しの倉庫のような店舗、殺風景のようで華やか、斬新な陳列が評判の店だった。
おかげで色吉は梁のうえから店の様子をうかがうことができた。埃を舞わせないよう気をつけながらじりじりとゆっくり移動する。
人質は店の真ん中に一か所に集められ六人の強盗団が囲んでいる。得物は長槍が二人、刺又が二人、突棒が二人。
他に強盗団は頭目を除いて十人いた。そいつらの武器はよく見えない。手には持っていないようだ。
人質のほうは、店の者が店主以下番頭、手代、若衆、丁稚あわせて十人……十一、十二人か。客が二十人ばかり。同心が一名。店主が強盗団の頭目から帳場のほうに追いたてられている。
どうしたものか。まずはなんとか外に出て、この状況を知らせねば。
色吉が顔をあげたとき、南向きの明り取りに人影が映った。すぐに様子を探るための手先だと察した。そっと近づいて声をかけよう、と身を起こしかけたときだった。
ばん! と小さな雷が落ちたような大きな音がした。と同時に明り取りの人影が消えた。色吉のいるところまで、硝煙のにおいが漂ってきた。
どさりと地面に重いものが落ちる音がして、
「くそっ」「やつら、飛び道具なんざ持ってやがる」
耳聡い色吉には、押し殺した外の声が聞こえた。目は黒装束のひとりが持つ黒い異形のものに吸い寄せられていた。
――あれは――。
鉄砲だが、そう聞いてひとの思い描く種子島のような長物とは違う。短銃とかいうやつで、火縄もなしに引鉄を引くだけで撃鉄が火薬を叩いて爆発を起こし弾丸が発射される。しかも色吉の見たところ、回転式の弾倉を備えていて、いちいち弾を込め直さなくとも連射できるやつだった。
――冗談じゃねえ、なんて物騒なものを持ってやがる……
人質たちは驚きと恐怖で声も出せず茫然としている。囲んでいる六人の黒装束は武器を構えたままびくともしていなかった。
――おや。
強盗団のうち五人が、雨戸の内側になにか置いている。というより撒いている。キナ臭い。黒い粉。背筋が冷えた。
――ますますとんでもねえ奴らだ。
梁のうえに腹ばいになったまま頭を巡らせる。東側と北側の明り取りは薄暗い。北側の先は隣の店で東側はこの店の裏庭だ。色吉は北側に向けて這い進む。
帳場の机の抽斗には護身用の短刀、いわゆるドスが置いてあった。隙を見てそれを――
という考えを、しかし摂津屋惣衛門は捨てることにした。
たっぷり五間は離れたところから、あの黒装束は一発で命中させた。
短銃はこの首領も持っているかもしれない。他の黒装束のうち何人が持っているかだってわからない。それどころか、長物を持っている連中だって他に懐に隠し持っていないとも限らない。
上方でさんざ荒らしまわったのに誰ひとり捕まっていないのは伊達ではないようだ。
相手にするには、質が悪すぎる。
上方の商売仲間からの忠告――絶対に逆らうな、奴らの指示なしに指一本動かすな――におとなしく従ったほうがよさそうだ。
店の中央に集められた人質のひとりに御家人の次男坊がいた。名を基格弥といい、評判の遊び人で傾奇者だ。ふだんはお茶っ引いな剽軽ものを演じているが、いざとなれば腕も相当に立つのだった。
――やれやれ、面倒なことになったものだ。
さっきはいきなりだったので油断していた。黒装束の奴らに唯々諾々と従ってしまったが、この格弥様になめた真似をしたことを後悔させてやる。
刀は取りあげられたが、脚にはいつも短刀を括りつけているのだ。とうとうこいつが役に立つときがきたのだ。
――まったく、こいつらもせっかく押し込みに入った先にこの格弥様がいるなんて、ついていない奴らだ。
そして格也にとってついていることに、外を撃った黒装束が目のまえにいて、短銃を胸にしまったところだった。こいつを押さえ、銃を取りあげ、他の連中を制圧する。
――やれやれ、面倒だが仕方ない。見廻り同心がいるが、縛られて役に立たないのでは仕方ない。
もっとも、あの薄ノロぶりではたとい縛られていなくとも役に立たないかもしれないが。
――おれがひと働きするしかないようだな。
基格弥は緊張を全身に張り巡らせ、しかし動作だけはゆっくりと立ちあがった。




