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続色吉捕物帖  作者: 真蛸
化獣(ばけもの)
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 次の日、色吉は土堤で殺されていた女、お蘭について探るため浅草にいた。いつになく真面目な太助に刺激されたのかもしれない。

「知らねえな、そんな女のこたあ」

「ずいぶん入れあげて通ってたって聞いたぜ」

「だれに聞いたんだよ。そりゃおれじゃあねえよ」

 係りあいをおそれてとぼける者もいれば、

「お蘭ちゃん目当てで通いつめてたのによう。いってえだれがそんなひでえことを。親分さん、仇をとってくんねえ」

 と、正直に言うのはいいが役には立たない者もいた。

 三日ほど足を棒にしたあとの夕暮れ、そろそろ旦那の退勤の供のために番所に向かおうとしたときだった。

「もし、親分さん」

 声をかけてきた女がいた。広小路からたどって、吾妻橋のたもとだった。振り返って顔を見るとずいぶんと若い、きれいな女だった。

 橋をすこしはずれた川べりの道っ端で立ち話をする。川を渡る風がさわやかになってきた。

「お蘭ちゃんのことをおたずねなんですね」

「へえ、なにかご存じなんで」

「いえ、あたしのほうが聞きたいんです」

「娘さん、あんた、まず名前を聞かしてもらっていいかえ」

「え……あの、あ、浅といいます」

「お浅さん」

 色吉はお浅を見つめ、にっと笑った。「さっき、お蘭ちゃんとおっしゃったが、あんたも桐やで働いてんですかい?」

 桐やというのはお蘭の勤めていた水茶屋だが、こんな娘がいなかったことは承知のうえで訊いた。

「いえ、あたしは……違います」

 娘は目を伏せる。年はお蘭と同じくらいなのだろうが、ずいぶんと初心うぶなようだ。

「どういう知りあいなんで?」

「あの、ええと、小さいころに近くに住んでて」

「幼なじみ、ってことでやすか」

「幼なじみ……ええと、そうかな、うん、そうです」

「失礼でやすが、あんたはなにをやってんですか」

「あの……ええと、両国で、小屋に出てて……」

「小屋……」

 色吉はそれ以上は突っ込んでは訊かなかった。初心に見えても、いかがわしい芸をやる娘はいくらもいる。「それで、聞きたいことってえのはなんですえ」

「はい、あの、お蘭ちゃん、亡くなったって聞きました」

 色吉はうなずいた。

「どうして死んだのか。こ……あやめられた、って聞いたんですけど」

 色吉はうなずいた。

「でもだれに、どんなふうに死なされたのか、教えてくれないんです」

「下手人はいま探索してるとこでさ」

「お願いします。見つけて、お蘭ちゃんの仇を」

 色吉を上目遣いに見て、ふたたび目を伏せた。「それで、ひどい死にかただったの、ですか」


「ちぇっ、是坊ぜぼう様のお使いだよ。文句があるなら是坊様にお言い」

 お常がそう言うと、おかみさんとお清とお菅の三人は見えないところで顔をしかめた。お菅が小さな声で、「どうだかわかったもんじゃないよ」と言ったが、他の二人も同じ思いだった。

 是坊様というのはここの常連だが、今日はいない。旗本の次男坊であちこちの盛り場をふらふらしているらしく、常連といっても来るときは来るが来ないときは来ない、と要するにまったく動きが読めないのだが、来たらいつも大枚を落としていってくれるので上得意だった。お常は気に入られているので、そう言われるとおかみさんでも黙るしかない。

 店の終わったあと、お常は両国の観世物通りを歩いていた。このあたりはまだ人通りでにぎわっている。小屋の多くはもう閉まっているが、お常はそのうちのひとつの裏口の戸を叩いた。昼間にはおもてに「けものつかひ」の看板が掲げられていた小屋だった。

 戸が開き、なにやら押し問答ののち影が出てきた。お常と影はそのまま裏口のまえの露地で立ち話を始めた。

「聞いたんだよ、三月にお幹ちゃんが、そんでこないだはお蘭ちゃんが腹を裂かれて喰われてた、って」

 お常が影――同じ年頃の娘だった――に言った。

「あたしの仕業だってのかよ。あたしと、権太の仕業だって」

 もうひとりの娘は、寝間着を着て髷ももう崩していた。

「わからないよ。だから訊いてるんだ。どうなのさ」

「そんなことするわけないだろ」

「だって、腹を引き裂いて、臓物を食われてたんだよ。岡っ引だって野良犬の仕業かもしれないって言ってたし」

「なら、野良犬の仕業なんだろ」

「だって、やられたのはお幹ちゃんとお蘭ちゃんなんだよ」

「だからって、あたしを疑うって。なんだってあたしがそんなことするんだよ」

「だから、是坊様を、ひとり占めしよう、ってんだろ」

「フン。あたしはあんたらとは違うんだけど」

 それから思いついたように、「そもそもそんな理由なら、あんたも危ないってことじゃないか」と言った。

 お常はそう言われて初めてその可能性に思い至ったらしく、身を縮こまらせた。

「ちぇ、安心しなよ、あたしじゃないって言ってんだろ。あたしはあんたらとは違うとも。あんたらと違って、あたしは是坊様には芸をお見せしてんだ。是坊様のご寵愛を一身に集めようなんざ思っても――」

 娘は言葉を切って目を見開いた。「それなら、あんたがいちばん怪しいじゃないか」

「なに言ってんだ、あたしが腹引き裂いたり、臓物を食ったりできるわけないじゃない」

「是坊様をひとり占めのためにお幹とお蘭を殺した、ってのはあんたが言ったんだよ。そうだとすると、あんたがいちばん理由があるってこと」

「だから、あたしには無理だって言ってるだろ」

「それが通るんなら、あたしにだって理由がないんだから下手人じゃないよ」

「だって、あんたにならできるじゃないか」

「だからできるからやった、ってんならあんただって理由があるからやっただろ、っていえるだろ?」

「だからあたしには腹引き裂くなんて無理だって言ってるだろ」

「だからあたしには腹引き裂くなんて理由がないって言ってるだろ」

「でもあんたにならできるじゃないか」

「ああ、いらいらしてきた。できるからやったというなら、じゃあもう面倒だ、あんたを殺してやろうか」

「ひいっ」

 お常は青くなって逃げだした。

「ちくしょう、腹立つ、二度と来んじゃないよ!」

 娘はいったん小屋のなかに戻り、すぐにまた出てくるとお常の消えたあとに握っていた塩をまいた。

「ちくしょう」

 娘は息を荒くしてその場にへたり込んだ。涙がにじんでいた。小屋のなかから狼が出てきて、その頬をなめた。

「権太……」

 娘は狼の頭から首、背中にかけてさすってやる。


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