一
柳原堤下の小料理屋桐里で、色吉は太助と飯を食っていた。といっても太助のほうは酒肴をつまむていどだ。色吉は例によって呑んでいない。
「ところで話は変わるけどよ、上方のほうで暴れてた押し込み団の話、聞いたことあるか?」
太助が言った。
色吉はちょっと考えて、「そういや、ずいぶんまえだが物騒な強盗団がいるってのはどっかで聞いたことがあるような気がしないでもねえな」と言った。
「鬼黙団とか名乗ってよ、二十人とも三十人とも言われてる強盗団で、これと目を付けた大店に夜昼かまわず押し込んじゃあ大金奪って逃げるんだとよ」
「キモクダンたあ、どういう意味だえ」
「それが、鬼も黙る団と書くのよ」
「そいつぁおっかねえな」
「おっかねえのは名前だけじゃあねえ。上方で蛇みてえに恐れられてたのは、ちょっとでも逆らうような動きをしたり言ったりするやつにはすぐに手を出して、怪我アさせるわ、どころか殺しちまうことにも全くためらいのねえってところよ」
それまではどちらかといえば冗談話の続きのつもりでにやにやしながら聞いていた色吉が真顔になった。
「さる大きな呉服屋に真っ昼間に鬼黙団が押し入ったと思いねえ」
太助が続ける。「どいつも頭巾や手拭いで覆面して、顔を隠してる。そいつらが手あたり次第、店の者も客も見境なしに捕まえて刃物を突き付けて、頭領らしき奴が店主に蔵の鍵をよこせと迫った。客のひとりが逃げようとしたところ、手近にいた団の奴がぶすっ、とひと刺しだ。店主が震えあがって、どうかお助けを、と命乞いする。頭領がもいちど蔵の鍵を出せと言うと、どうかお助けを、と繰り返す。三度目はなかった。頭領は店主をぶっ刺すと、番頭に蔵の鍵はどこだと訊いた。番頭が震えながら鍵を差し出すと、鬼黙団の連中はそれとばかりに庭に消え、蔵を開けてそこにあった金銀財宝を持ち出した」
「金銀財宝ってのはなんでえ」
「千両箱なんぞの類だろう、細かくは知らねえ。押し入ってから連中が店の金を持ち出すまであっという間で、町方だの目明しだのが駆けつけたときにはとっくに影も形もなかったとさ。だいたいどこもこんな調子で襲われて、昼でも夜でも手口は変わらなかったらしいぜ」
太助は茶碗の酒をあけた。
色吉も茶をひとくち飲んだ。
「たしかに物騒剣呑だな。だがおれが話を聞いたのはかなりまえだぜ。そうだ思いだした、おれが十手を預かったころに与力の山方様にご挨拶にいったさいに雑談がてら聞いたんだから、もう一年半もまえだ。なんで今ごろそんな話をするんでい」
「それがここんとこ、一年ばっかりかね、出てねえらしい。大坂じゃあ町方の詮議や店の用心がそうとう厳しくなったって話だからな」
「ふうん、じゃあ団の奴らも大金手にして解散したってことかね。もう遊んで暮らせるほど荒稼ぎはしたろうからな」
「それがそう甘いもんでもねえのよ」
太助はふたたび、手酌で注いだ茶碗の酒をあけた。「ここ半年ばかり、東海道、中山道で護摩の灰だの胡麻の蠅だの宿場荒らしが多発してんのよ。いや、ちゃんと調べりゃもっとまえからかもしれねえ」
「それがどうしたい。べつに普通のこったろう」
「いつもの年よりも多いらしいのよ。おいらの見たとこじゃ、鬼黙団の奴らが江戸に下ってきてるんじゃねえかと見てるのよ。いっぺんに移動すると目立つから、小さく分かれてきてるんだが、おとなしく旅だけしてりゃあいいものを、悪党の悲しさ、つい手癖の悪いのが出ちまうんだな」
与太助と呼ばれる男にしては調べができすぎだ。勘もよすぎる。色吉はひとつうなずいて、
「で、親父さんはなんて言ってるんだ」
と訊いた。
「うん、親父の見るところ、御府内でも派手にやらかそうとしてるんじゃねえかと」
太助の父親、簾蔵は、今は隠居しているが現役のころは息子とは大違いの切れる岡っ引だった。この親子は「鷹が鳶を生んだ」と言われていた。
「だからおめえもよ、せいぜい用心してくんな」
これは春先のことだったが、その後いろいろと面倒な事件が続き、この話は色吉はおろか当の太助もすっかり忘れてしまった。




