八
釜のなかは外から見るよりも広かった。ほぼ中央に浅いすり鉢のようなへこみがあった。これが額参のさっき言った台座なのだろう、焦げとなにかを竹で繕ったあとがあった。
「◎○Φ!」
思永が感嘆の声をあげた。
「おそらくこの台座になにかを嵌めるとそれが動力源となり、動くのではないかとおもうのだが」と額参が言った。
思永はうなずいた。「その通りです」
頭上で音がしたので見あげると、ギザナデが釜のうえに現れたところだ。入り口をその巨体でほぼふさいで、こちらを覗きこんでいる。
また誰かに襲いかかるのか、と色吉は身がまえた。
しかしギザナデは雲のようにふわふわと降りてきて、そのまますっぽりと台座に収まった。ごうん、と舟が音をたて、ぐんぐんぐん……と機械の動く音が低く船内に響きはじめた。なにやら不安をあおる重低音だ。
「ドウリョクゲンはギザナデなのです」
思永が言い、深く頭をさげた。
「皆さま、いままでお世話になりました。わたしはクニに帰らなければなりません。ご隠居さま、ほんとにありがとうございました。和賀見様、舟を直していただきありがとうございました。色吉さん、ありがとうございました。旦那さま……思永は旦那様の妻にしていただき幸せでした」
え、そうなのか? と色吉は思永と羽生を交互に見た。羽生は思永にうなずいた。「思永はこれからもずっと、旦那さまの妻です」
思永は微笑んだ。
「理縫ちゃんと留緒ちゃんに最後に会う・ないのだけが心残りですが」
思永がそう言うと、羽生が消え、またすぐに現れたときには両側に理縫と留緒を連れていた。
「理縫ちゃん、留緒ちゃん、ありがとう。もっと遊びたかった」
ふたりはきょとんとしている。
「さよなら」
と思永が言うと、詳しいことはわからぬまでも思永が去るという状況は理解したらしい。
「お思永さん、行っちゃうの?」
「いったうの?」
やだやだ、とふたりとも泣き出した。
「ごめんね。旦那さま、ありがとう」
思永の目からも涙がこぼれていた。
歩兵衛が理縫を抱きあげ、色吉が留緒の手を引いて、茶釜舟から降りた。
全員が降りると、舟は宙に浮かびあがり、空を走るように西に消えていった。
色吉は口をあんぐりと開けてそれを見送った。舟ってのは川や海を泳ぐもんだと思ってたが、空を飛ぶたあ、異国の舟ってのは恐ろしいもんだ。
と、また光るものが空に現れた。何日か以前に色吉が見たものと同じだ。ぺっとなにかを吐き出すと、釜舟と同様に空を走って消えていった。
吐き出したものは羽生が受けとめたが、それは行方知れずだった太助だった。
「親分!」
「無事でやすか」
卒太と根吉が駆け寄ってきた。
「そういえばおまえらいたのか」と色吉が言った。
地面に降ろされた太助はふらっとしたもののすぐにちゃんと自分の足で立った。
「竜宮城へ行ってきたぜ」
太助が言った。
「なに寝ぼけてやがる」
「ほんとだぜ。まあほんの一刻ってとこだが、ほんとにあるんだなあ。亀を助けた覚えはねえが、よっぽどふだんの行いがいいんだろうな」
さんざ心配したこっちの身も知らず、へらへらと妙に自慢げだ。
「ほんとなら、玉手箱を見してみねい」
「おっと、乙姫様が、人違いの詫びだとかなんとか言って、そんで金銀財宝が入ってるとか言って箱を渡してこようとしたんだがよ、そうはいくか、爺さんにされちゃたまんねえ、きっぱり断ったぜ」
人違い……ひょっとして太助は、おれと間違われたのか、と色吉は気づいた。
異人たちは思永をとられたと考え、仕返しにおれをさらおうとして……
となると箱はほんとうに金銀が入っていたのだろう、もらっておけばよかったのに、と思ったが、
「そうか、そいつは機転を利かしたな。さすがは太助親分だ」
と太助の背中を叩いた。
〈了〉




