七
旦那はいったい、どういうつもりなのだろう。発条小屋に土左衛門を運びいれようってのか。
色吉が羽生の意図を図りかねているあいだに、予想通り一行は例の河原にやってきていた。発条小屋のほど近くに戸板を横たえさせる。
羽生が色吉のほうにもの言いたげに顔を向けたので、下人どもに駄賃を配った。かれらは礼を言って去っていった。
羽生のほうを振り返ると、隣に思永が立っていた。駄賃を配っているあいだに多大有が連れてきたようだ。
「$☆#*……!」
悲鳴のような獣じみた奇声を発して思永が駆け寄ってくる。首のところまで来たと思うや、なにかに気づいて多大有を振り返った。「旦那さま……」
と、そのときにはもう羽生は思永の黒箱を持っていた。
思永はまた奇声をあげてそれを受け取った。どうやら歓喜の声のようだ。土左衛門の頭の横に置き、開ける。
色吉は見たくないと思いながらも目をそらせなかった。箱の中から出てきたのはやはり生首で、頭を剃った入道顔の目を閉じている。妙なことにまったく腐敗の様子がない。
思永はそれを土左衛門の首につなげた。すると入道はかっと目を開き、なにごともなかったかのように身を起こした。あまりのことに色吉は無感動になっていた。
「%@▽&」
低い声だがやはり奇声で思永に話しかけた。
「$☆#*」
思永も奇声で答える。しかしすぐに、「ギザナデ、この人たちにもわかる言葉で話して」と土左衛門に言った。
「▲¥∩↑――」
「ギザナデ」
ギザナデがなにか言いかけるのを、思永が厳しい声でさえぎった。
「シエさま、よくぞご無事で」
ギザナデが不承不承そう言った。色吉はおまえがよく無事だったなと思った。
「ギザナデは、舟が故障したときに重さを減らすために飛び降りたのです」
思永が羽生と色吉に言った。「ただしあとで再生できるように頭部だけは残しておきました」
色吉は気絶しそうになるのをなんとかこらえた。
「シエ様、舟はどこにあるですか」
「旦那さまの小屋の裏に」
と妖艶な目で羽生を見た。「旦那さまが運んでくださったの」
「直せましょうか」
ギザナデは立ちあがり、羽生のまえに歩いてきた。やはりおそろしく上背があり、多大有を見おろすかたちになった。「これ、そこへ案内せえ」
「ギザナデ」
思永が冷たく言った。
「失礼ながら、シエ様は黙っていてください」
「なにか身にまといなさい、見苦しい」
ギザナデは素裸だった。羽生が、ギザナデが土左衛門だったときに覆っていた筵とわらひもを渡してやると、ギザナデはおとなしくそれを体に巻き付けた。
羽生はギザナデの態度など気にした様子もなく発条小屋に向かって歩きだす。
小屋の横の、ススキが高く生い茂るなかに思永の茶釜舟は以前に見た位置のままのところにあったが、以前はなかった梯子が立てかけてあった。
ギザナデが羽生を追い越して舟に駆け寄り、
「おお、※§ゞ◎もなしにかようなところに打ち捨てられて」
それから振り返って羽生に襲いかかった。「貴様、よくも」
おそろしく大きな拳固を振りおろす。
「ギザナデ、やめなさい。旦那さま……!」
多大有はギザナデの太い手首を片手で受けとめると、つかんだままゆっくりと降ろさせた。ギザナデは目を丸くしてされるままになっていた。
そのとき、ギザナデの背後でぎぃという音がしたと思うと、茶釜上部の硝子障子が開いた。
「なんの騒ぎかと思えば、おぬしらどうした」
歩兵衛がなかから顔を出した。横からもう一人顔を出したのはなんと和賀見額参だ。
「貴様ら、なにをやっておる。よくも¶Å◇を!」
振り向いたギザナデがこんどは舟に向かおうとするのを羽生はそのうしろ首をつかみ、無雑作にうしろに振り払った。ギザナデは四、五間も吹っ飛ばされ尻餅をついた。
「ご隠居さま……」
思永が歩兵衛を見あげ、辞儀をした。
「思永さん、舟を和賀見殿に見てもらっていた。勝手をしてすまぬ。こちら和賀見額参殿じゃ」
思永が辞儀をすると、額参も首をうなずかせた。
「なにか、わかったですか」
「うむ、なにかの台座の部分が焦げて、線が溶けておった」
額参が言った。「竹を継いでおいたが、むむ、これで直ったやらどうやら」
二人は顔を引っ込めた。
多大有が梯子を支えると、思永が登っていく。多大有が色吉に顔を向けたので、心得て色吉も登っていった。
釜の内側にも梯子が作りつけてあったので、簡単に降りることができた。羽生もすぐに降りてきた。




