六
昼間。
羽生の市中見廻りに色吉も付き従っていた。
向両国から両国橋近くまで来たとき、たもとに人だかりができているのを見て、色吉は嫌な予感がした。
土手を見下ろす野次馬のざわめきのなかから、
土左衛門……。
という言葉が聞こえてきたからだ。
「おいまさか、勘弁してくれよ」
色吉は駆けだした。
と、人込みのなかから卒太と根吉が出てきた。ふたりとも青ざめているのを見て、色吉は頭に血がのぼって自分は逆に赤くなっているだろうと思った。汗が噴き出てくる。
「ああ、色吉親分、いいところに」
「太助の親分が……親分が……」
色吉はものも言わず土堤を転がるようにくだった。
「どいてくれ、北町同心羽生様のお通りだ」
川縁で輪になっている十人ばかりの野次馬をかき分け、その中心に土左衛門を見つける。
ああ、こいつはいけねえ――。
巨大な土左衛門だった。仰向けに寝かせられているが、水を吸って膨張したからでなく、もとが異常な巨人だったのだ。素裸のうえにかけられているむしろが、胴体の一部しか覆い隠せていない。
そしてさらに異常だったのは、その土左衛門に首がなかったことだった。
いや、よく見るとさらに異常なことがあった。その首の斬り落とし跡が、腕や足の切り落とし跡のようにしぼれているのだ。死んだ後でこのように傷口のふさがるはずもない……
「どうでやすか」「親分、往生しとりますか」
卒太と根吉も、ふたたび降りてきておそるおそるといった体で近づいてきた。
「莫迦野郎、これのどこが太助なんでえ!」
心配させられた腹立ちからか、安堵の裏返しなのか、色吉は声を荒げた。
「え、違うんで?」
太助の子分ふたりは声をそろえた。
「は?」
色吉は勢いをそがれた。「いや、というかむしろ逆になんであれを太助だと思っちゃったりしちゃったんですかおまえら」
「だって、ずいぶんと太ってやしょう」
「それに、肝心の首がないから、親分じゃないとは思わなかったんで」
「は?」
またしても色吉は詰まった。「親分じゃないと思わなかったから、って、あれが親分になるのか」
「そりゃ、親分じゃなくなけりゃ親分でやしょう」
色吉は目眩がしてきた。
「いや待て、そもそも首がないから親分じゃないと思わないってのがそもそもおかしいでしょうが。だいたいからして太助はあんなにでかくないだろうでしょうが」
土左衛門は、首のない状態でも羽生と同じくらい上背があった。
「だって、土左衛門はふやけるでやしょう」
「ふやけると大きくなるでやしょう」
「背まで伸びるわきゃないだろ!」
太助の子分たちと色吉が話している横で、羽生は身振りで下人どもに指示して、土左衛門を戸板に乗せさせ、運ばせた。まえに立って先導する。
太助の子分どもの相手をやめて色吉も土左衛門を運ぶあとに続いた。さらに卒太と根吉もついてきた。
土左衛門の四股は戸板から大きくはみ出して、下人どもも運びづらそうだ。
ひょっとして……。
首のない土左衛門からの連想だった。
お思永さんの持っていた箱。
あのなかに男の生首が入っている、と言っていたのは……そう、和賀見額参だった。なんとかいう本に出ていたとかなんとか。
まさか本当に、この土左衛門の首を、お思永さんが持っているんではなかろうな……。
いや、この土左衛門は腐敗具合からして死後それほど経過しているとは思えない。そもそも腐敗していなかった。どんなに長くてもせいぜい一日がいいとこだ。間尺にあわねえ。
先を行く羽生は番屋にも番所にも寄らず……どころか番所からは遠ざかるこの道はどうやら発条小屋のある河原に向かっているようだ。
昼間のご府内は人通りも多かったが、心得たものでみな道を譲ってくれるので土左衛門を乗せた戸板はすいすいと進んでいった。




