二
歩兵衛が、「こういうことなら額参殿に訊くに限る」と言うので、色吉も供することにした。額参はいまは浅草に住んでいるという。
「あれ、旦那は行かないんで?」
羽生が違う道に別れて行ってしまったので、色吉は迷った。市中見廻りに戻るのであろう。
「なに、かまわん。こっちにいらっしゃい。彼奴はどうも額参殿が苦手のようじゃな」
話には聞いていた和賀見額参だが、色吉は会うのは初めてだった。
総髪も髭も真っ白だったが、印象は若々しかった。
「それは馬琴などの書いた本に出てくるうつろ舟だな。他にも、つい先年に出た随筆集にも似た話が載っていた」
歩兵衛の話を聞くと額参はそう言った。「常陸の国の浜辺にいま聞いたような舟が流れ着いて、なかにはいま聞いたような、言葉も通じない異人の女が乗っていたという話だ」
箱を抱えていたというのも本に出ていた話どおりだった。おそらく異人の女は、結婚後に不貞をはたらいたため、その愛人とともに罰せられた。愛人は殺され、女は舟で流されたのだ。箱の中には愛人の首が入っているのだろう、だから片時も離そうとしないのだ、という話になった。お上に知らせるといろいろと面倒になりそうだったので、女を舟に戻して、も一度沖に流してしまった。
「だがな……」
額参は、どうも作話くさいと見ていた。「あの辺に、『はらやどり』だの『はらとのはま』なんていう地名はない」
どちらも馬琴の本や随筆集に出てきた土地の名だという。
「それに言葉が通じないというわりに女の身上が詳しく語られすぎだ。いや、そもそも面倒だから沖に戻したってんならもっと知られないようにしそうなものなのに、こうして本にして出版されちまうのはおかしいだろう」
しかし、だ。と額参は腕を組み、くるくると目玉をあちこちに動かしながら続ける。
「歩兵衛殿の言ったことが本当ならば、いや歩兵衛殿が言うのだから本当なのだろうが、ひょっとすると本に出てくる話も本当なのかもしれん。流されたうつろ舟の女がここまで流れてきたのならば面白いが、しかしあれは四十年以上も前の話だから、それはそれでおかしなことになるな」
そのうちに訪ねるよ、と額参は言って、しかしなんの結論もないまま、歩兵衛と色吉は額参の小庵を辞した。




