七
熊吉は庵から賭場通いを続けたのだった。なにしろ今では、大店の主人に収まった息子から潤沢な小遣いをもらっているのだ。
懐がずいぶんと温かいものだから、張り方が大胆になり、熊吉は昔よりも勝つことが多くなった。周りの見る目も変わった。一目置かれている、というのはなんとも痛快で、だからはじめのうちは熊吉はいそいそと博打場に通ったものだった。
もちろんときには大負けすることだってある。
あるとき、ひどく負けが込んで持ち金が足りず、だいぶ借りを作ってしまった。いくらやっても挽回できず、逆にかさんでいく一方なので、とうとうあきらめて帰ることにした。おそるおそる賭場につけを申しでると、昔ならば血走った目でにらみつけてきた胴元がにこにこと機嫌よく鷹揚にうなずいた。
「かまいませんよ、多賀屋さんからの預かり金から出しますから。ここに熊さんの判子をもらえますかえ」
あらかじめ惣兵衛が方々の賭場に相当の額を預けて、熊吉の金が不足してもそこから出すように、と手を回していたのだ。だから次にその賭場にいっても借りはなく、また一から勝負を始めることができた。どこの博打場にいっても同じ調子だった。
「勝負……いや、それは勝負なんて呼べるもんじゃあござんせん」
熊吉老人は言った。「勝とうが負けようが、わしの懐にはちっともかかわりない。あったまりも痛みもしねえ。なんというか張り合い、ってもんが全くなくなっちまったんでさ」
ほどなくして熊吉は自分で打つのをさっぱりとやめてしまった。ただあちこちの賭場に現れては、未練がましく他人の勝負を見物しているのだった。




