五
太助が子分の卒太と根吉とともに堤下の小料理屋にあがると、奥にひとりで座っていた年寄りと目が合った。その年寄りが軽く会釈をしてきたので、太助も頭をさげ返した。いつも賭場で見かける老人であると、すぐにわかった。
周りがあいていたので、太助たち三人は老人のそばに座った。老人は酒とつまみをとっていた。太助たちも似たようなものを注文した。
「まあひとつどうぞ」
太助たちの酒がつけられるまでのあいだ、老人が自分の徳利から注いでくれた。
「こいつぁすいやせん」「おそれいりやす」「いただきやす」
自分たちの酒が届いたら返杯する。
初めは遠慮がちだったが、すぐに酒の勢いも手伝って親しく話すようになった。
「ふだんは料理をする小女がかよっておりましてな、こういう処には来んのです。今日は小女が風邪をひいたので、外に出てみたのです」
年寄りは熊吉と名乗った。そういえば賭場で「熊さん」と呼ばれているのを聞いた覚えがあった。近所の庵にひとりで住んでいるとのことだった。
「住まいも小女も、すべて倅が用意してくれたものでしてな」
それから年寄りは謎のような言葉をぼそぼそと付け加えた。「まあ、倅といっても今はわしの倅ではないのだが」
いつしか熊吉老人の身の上ばなしを、太助とその子分どもは聞くことになっていた。
若いころは腕のいい大工だったが、利き腕を失うような大怪我をして仕事ができなくなり、博打にはまってしまったこと。
追い打ちをかけるように女房を失い、ますます賭博狂いが進行してしまったこと。
ひとり息子がいたが、大商店に丁稚奉公に出て、しばしば自分を援助してくれたこと。そしてその自慢の息子は大商店の養子となり、跡を継いだこと。
「そのとき、わしはもう見捨てられると思いました。そんな有名な大店の当主の実の親が、このような博打狂いでは世間体が悪いから、切り捨てられると……」
しかし、そうはならなかったのだ。息子は熊吉を見捨てるどころか、そのころ莫大な額になっていた借金をすべて清算したうえ、たまっていた長屋のつけも片づけてくれた。さらにそのうえ、こぎれいな庵まで熊吉の住処として用意し、身の回りの世話をする小女まであてがったのだ。




