四
多賀屋には娘が一人いるだけだった。そのお美津ももう十七、そろそろ婿を取って多賀屋の跡継ぎ修行でも、という話になった。
親戚関係を見渡してみても、どうもちょうどいい、というか釣り合うのが見当たらない、ということで、奉公人のなかから、となりそうな雰囲気だった。それを奉公人たちも感じとって色めき立った。
なんとなく浮かれざわめいている奉公人たちのなか、玉吉はいつもと変わらず責任をこなした。お嬢さんに釣り合いそうな奉公人は多賀屋に七人ほどいて、すでに二十代半ばになっていた玉吉もそのうちのひとりだったが、玉吉よりも二つほど若い六助という番頭がお似合いだと周りのものは目していた。
そんなある日、当主の惣兵衛に呼びだされた。あらたまって主人の座敷で向かいあって持ち出されたことは、婿入りの話であった。
「わたしのようなものなど」
玉吉はとまどった。六助だろうという周囲の見当に、玉吉も異論はなかったのだ。
「これはわたしの所望でもあるが、美津の願いでもあるのだ」
惣兵衛の言うところでは、玉吉が訪ねてくる父親にしばしば小銭を渡していることはお美津も心得ていた。そのうえで、
「たいへんな親思いということに美津は感銘を受けていたのだ」
「いえ、とんでもない」
いやいやだったんでございます。
「小遣い銭など手にしても、自分のために使ってしまう小僧も多いなか、丁稚のころより親の援助とは、わたしも感心していたものだ」
「おそれいります」
それも賭場に消えてしまうのですが。
その年、玉吉は多賀屋に婿入りした。
お嬢さんと当主のある種の誤解による棚牡丹だった、という引け目を感じていた玉吉は、それまで以上に必死に働いた。十年のちには惣兵衛の名を継いだ。
「自分で言うのもなんでございますが、多賀屋を今の大きさにしたのはわたしの力が大きかったと思います。商売の規模は今では十倍ほどになりました」
多賀屋惣兵衛はあいかわらず穏やかで、特に気負った様子もなかった。「ごぞんじのように、わたしは酒、女、賭けごとを問わず、道楽といったものを一切いたしません。ただただ、商いが好きなのでございます。これは父を逆様に見習ったためで、これだけは感謝していいところかもしれません」
「親父さんはますます金をせびりに来るようになったんじゃござんせんか」
色吉が初めて口をはさんだ。
「それがなぜか、来なくなったんでございますよ」
惣兵衛はすっかりぬるくなった茶を飲んだ。「いえ、本当に困ったときには来たんですが、それまでのように頻繁に来ることはなくなりました。そうして来るときも、こそこそと裏から、それこそわたしが丁稚のころにそうして欲しいと思っていたようなかたちで来るようになりましてね。親分のおっしゃったとおり、大きな家に婿入りしたんだからたかりがひどくなることを覚悟していたんですが、父は父で、却って臆してしまったようですね。ひとの心の不思議なところです」
「なるほど」




