一
神田下白壁町の太助は、与太助の異名にもとらず、いくつかの賭場に入り浸っている。たいていは下級旗本の中屋敷か下屋敷だが、なかにはなまぐさ坊主のいる寺もあった。
その賭場の何軒かで奇妙な老人をちょくちょく見かける。
おそらく八十は越えていて、装いからしてかなり裕福なようだが、自分では遊びもせずに、ただ賽振りや賭客たちを、その勝負の様を見ているだけだ。口も手も出さず、ただ見ているだけだ。
年からいっても用心棒ではないだろうし、好きなときに来て好きなときに帰っていくところから、見張り役というわけでもなさそうだ。そもそも眺めているだけで、目を光らせているわけでもない。
おとなしそうな年寄りで特に変わったところもないのだが、ただいつも片手を懐手していた。そしてそれは懐手ではなく、実はそちらの手がないことに、太助もあるとき気がついたのだが、それだけがやや変わったところ、といえなくもない、という程度だった。
博打場の人間も老人のことを気にしている様子もない。構うわけでもなく、好きなようにふるまわせている。いつしか太助も老人のことを気にしなくなっていた。




