二十
「バケモノの首は、不思議なことにしばらくしたら毛がなくなって是坊の野郎の顔に戻ってやした。そんでその退治を」
色吉が言った。「あの慈按ってえ従者だか中間だかの手柄にしてやるのは業腹でしたがね」
数日ののち、夜、いつもの歩兵衛の座敷で、例によって事件の報告を終えたところだ。
「だけど、バケモンとはいえお武家をやっつけちまったなんてことがわかって旦那が面倒に巻き込まれて面倒なことになると面倒だと思いやして」
うむうむ、と歩兵衛はうなずいている。「ようやってくれました」
そう言ってもらい、色吉はほっとした。
「宇井野の旦那も、さすがに町方が旗本のことに口をはさむわけにはいかない、ってんで、バケモンの死骸と慈按の野郎を是坊の本屋敷の中間どもに運ばせて――なにしろ下屋敷には老爺と女中っきりいねえもんで――あとはお家にお任せってことにされやした。ただ、娘を襲ってたけだものは、ご存じの通り宇井野の旦那が退治したってことになってやす。まあ御府内を安心させるためなんで、あっしも文句はねえです」
歩兵衛がうなずく。
「そんで、風の噂じゃあ、是坊家の江戸の下屋敷に住んでいた是坊家次男の段之重は病死ということで公儀には届けられたようで」
色吉が続ける。「慈按指照っつう従者も死んだようです。表向きは主人と同じ、病死ってことになってやすが、まあバケモンとはいえ主人を殺したんだから、腹を切らされたか、それならまだいいほうで、あるいは他の中間にでも斬られたんでしょう」
歩兵衛はうなずいた。
「ところ留緒ちゃんのことですが、聞いたところ、是坊には襲われるようなこともなかったようで。そこは安心したところでさあ。もちろん慈按の野郎にもです。是坊のばけもんが言ってた通り、生娘の臓物が欲しかったということでやしょう」
「ふむ」
「そんで屋敷でなにをやってたかってえと、とにかくきつく体を動かすそうで、女だてらに木刀の素振りを百回二百回とやらされ、広い庭を何百周と駆け回らされ、もうへとへとになるそうなんで。さすがに理縫ちゃんは見てただけで、留緒ちゃんをがんばれがんばれ応援していたそうなんですが、やめたいと思ってもなぜか是坊には逆らえないんだそうです。そのうえ、屋敷にいきたくない、と思っても足が勝手に向いちまうとか」
「是坊というのは、なにか不思議な力をもっていたようじゃな」
「へい。まえに殺された娘たちがそろいもそろって怠け癖があったというのも、そんなことをやらされて疲れてたんでしょう。これで今度の事件のはなしは全てでやすかね」
歩兵衛はうなずき、ふたりはそれからしばらく黙ってそれぞれの物思いにふけっている様子だった。
「ところで不思議といえば」
沈黙を破ったのは色吉だった。「是坊は首だけになっても死なないようなことを言ってたんですが、そんでほんとにそんな勢いだったんですが、旦那があっさりケリをお付けなさったのはちいと不思議ですね」
色吉はあのときのことを思いだして改めてぞっとした。地面に落ちた首が話しはじめたとき、色吉は恐怖のあまり気絶しそうになったのだ。背後に留緒とお浅がいたからなんとかこらえたが。
「うむ」
と歩兵衛がうなずいた。「親父殿の話では、月夜の化け物を退治するには銀の鉄砲玉で心の臓を撃ち抜く要があるらしい。しかし鉄砲は御法度だし、そもそも手に入れる方法がない。かわりに親父殿は特別な刀を差しておった。鍛造するときに、銀を織り込んであるそうな。和賀見額参がやってくれたようじゃ。そしてその刀は、のちにわしが受け継ぎ、それから今では多大有が腰にしておるよ。効き目はあったようじゃの」
〈了〉




