十一
「あの町方、陰では面同心などと呼ばれておりましてな、気味悪がるものも多いようです。ただ見た目は不気味だがぶらぶらとと御府内をうろつきまわるだけなので、町方ぐるぐるなどとも揶揄されて、まあ能なしだと目されておるようですな」
慈按が是坊に報告している。「この春から勤め始めたようですが、なにしろあの外見だから最初は町の連中も怖がっていたが、じきに歩きまわるだけでなにもしない、木偶の坊と知れたのでいまじゃあ気にするやつはおらぬようです。名前は羽生多大有」
すると段之重の目が光った。まったく文字通りの意味で光ったのだった。
「羽生か。あの羽生か。あの羽生なのだろうな」
段之重は笑みを浮かべた。
「いっしょにいた手下の優男は、色吉という名の小者です」
「このあいだつけてきていた間抜けな小者は、あれは仲間なのか」
「あいつですか」
慈按の顔に抑えきれない笑みが浮かぶ。「彼奴はそう、同心羽生の先代の供をしていた小者の息子のようで、やはり親の跡を継いで小者になったようです。色吉とはよくつるんでおるようですな。名前は与太助」
「あの木偶同心といい、優男と間抜けの小者の組み合わせといい、たいしたやつらではないが、しかし、あの羽生か」
是坊の頭に、あの晩のことが浮かんだ。
備中からしつこく自分を追って江戸まで出てきて、そのまま住み着いてしまった間抜け者、いまは同心になっているという羽生背兵衛をからかってやるつもりだったのだ。
だから奴の同僚の娘を狙い、奴がまえを通ったときに笑い声をあげてやった。
ふつうの奴ならば恐怖で足がすくんでしまうはずだった。
ところが。
是坊にとって、思いだすたびに屈辱に身が震えるのだった。
奴は意外な足さばきで向かってきたと思うと、おれの頭と胴体を両断しやがったのだ。すぐに質太郎が駆けつけたからその場を逃れられたものの、危ないところだった。満月から少しでも欠けている夜だったら絶命していたかもしれぬ。
翌日、同心が屋敷を訪ねてきたので会ってやった。驚愕の顔で自分を見る背兵衛にやや溜飲をさげたが、しかしこの程度ではまだまだ気は晴れたとは言い難かった。
家来どもがうるさいので羽生を挑発することは以降しなかった。とはいえ獲物をあさるのに、わざわざ江戸から離れたところまで出かけなければならない羽目になったのは屈辱だった。
最後の生贄を奴にわかるように因縁の場所に捨ててやり、一矢報いたが、だがまだまだ、段之重の気は収まったとはいえない。あれほどの屈辱を味わされたことは長い、文字通り途方もなく長い今生においてあれ一度きりだ。
またあの一族が絡んでくるというのならばおもしろい、望むところである。あいつらを苦しめ、屈辱を与えてやろう。さてどうしてくれようか。
是坊の顔はゆがみ、獣のように並びの悪い乱杭歯がむき出しになった。




