一
和賀見額参と向かい合っているのは五十を過ぎているが色の浅黒い精悍な男だ。いましも額参は男の身の上にまつわる悲惨な話を聞かされたところだった。
「このようなおかしげなけだもの――というべきか化け物とでも呼ぶべきか、わたしにはわかりませんが――について聞かれたことはありましょうか」
男は羽生背兵衛と名乗った。そしていまは北町奉行所の同心であると。深川は小名木川沿いにだいぶ下ったところにある、額参の小庵をたずねてきたのだった。
「なぜそんなことをこのわたしに聞くのかな。一介のからくり細工師にすぎないこのわたしに」
「和賀見先生はいまでこそ細工師などされておられるが、その昔は漢学、蘭学、処々古今東西の学問を究められたと聞いております。医術にも、それからことに奇妙な生き物や言い伝えなどにも詳しいとか」
若いころに密かに国を出て、唐を皮切りに遠く蘭方まで足を延ばしたという噂も、背兵衛は聞いていた。
「先生はやめてくれ、おぬしみたような大きな弟子をとった覚えはないでな。それに、細工師など、と見くだしたものでもないぞえ」
「これは失礼つかまつった」
背兵衛は頭をさげた。「で、いかがでありましょうか」
額参は人づきあいのいい男ではないが、なぜか目のまえの同心にはさっき初めて会ったときから気易さを感じていた。
「うむむ。おぬしの言ったのとまったく同じではないが、似たような話ならばいくつか聞いたことがある」
だからか、追い返しもせず長い話を聞いてやり、知る限りのことを惜しまず教えてやるのだった。「そういう獣のなかには、斬ろうが首をはねようが命を奪うには至らず、また蘇えってきてしまうものがいると、ものの本で読んだことがある」
「それでは、とどめを刺す方法はないのでしょうか」
「似たような獣の話であって、その獣に当てはまるかどうかはわからぬが」
額参は腕を組んだ。「短銃――西洋式の鉄砲のことだが――に銀でできた弾を込めて、心の臓を撃ち抜けば仕留めることができる、とは耳にしたことがあった」
同心は希望に明るくなったが、しかしすぐに難しい顔をして考え込んだ。
「銃……銀の弾……でござるか」
そののちもしばらく話し込んだのち、背兵衛は額参に何度も頭をさげながら帰っていった。