N-8 辻褄の解れ
迷宮から戻った6日後。
じいちゃんのもとへ、ギルドマスターから特別依頼の報告書が出来上がったので確認してほしいとの連絡があった。
そしてじいちゃんは俺に絶対安静を言い渡すと、いそいそとギルド本部へでかけて行った。
「暇だ」
鍛錬も今は控えないと周りがうるさいし、部屋でゴロゴロするくらいしかやることもない。
たまにはソラの相手もしてやりたいんだが……一度俺が顔を出せば口うるさい母親のごとく即座に自室へ送り返されるだろう。
あーあ、何かこの空間から俺を連れ出すような事は起きないものか。
ドドドドドドド……!
な、なんだ……この騒がしい足音は。
ソラでは無い。
だがサラにしてもこんな足音を鳴らすわけがないし、じいちゃんだって外出中だ。
一体誰だ?
ゴンゴンゴンゴン!
荒々しくドアが鳴る。
「ノラよ! 居るか!?」
暑苦しい声が俺を呼ぶ。
空耳だな。
だってあいつがこんな所に来るなんて、いや、来れる筈が──
「寝ているのか? 仕方ないな。我が起こしてやるか」
「ここには誰もいない。他をあたってくれ」
冗談じゃないぞ。
いくら暇だとはいえサラよりも騒がしい奴を部屋になんて入れられるか。
「そうか! 邪魔するぞ!」
ドアが開いた。
そして意気揚々と部屋に入ってくるレオ。
俺は静かに天を仰いだ。
「何の用だよレオ」
「お見舞いだ! 色々持ってきてやったぞ!」
俺からすればただ賑やかしに来たようにしか見えないぞ。
というか、突っ込みどころが多すぎる。
「どうやって入ったんだ?」
「友だと伝えたらサラという少女が喜んで入れてくれたぞ」
サラか……。
「一人で来たのか?」
「もちろんだ。友の家に来ただけだからな」
果たして国王は許したのだろうか。
いや、仮にも厳格な国王が王子が一人で外出する事を許しはしないだろう。
ということは無断という事になる。
これは後でまた騒がしくなりそうだ。
「それで、俺たちはいつ友になったんだ?」
「ハッハッハッ! あれだけ闘志をぶつけ合い、熱い握手も交わしたんだぞ。今更何を言っているんだ」
やっぱりそこか。
まあ、俺たちはその一度しか顔を合わせたことが無かったし当然といえば当然だな。
一方的に決闘を挑んで来ておいて調子の良いやつだ。
「まあ、言いたいことはわかった。じゃあ俺は茶菓子を持ってくるから適当にくつろいでいてくれ」
俺は腰を上げた。
「なに? それなら我も持ってきているぞ」
レオはそう言ってすぐにでも語り合おうと俺を止めてきた。
だがそういうわけには行かない。
なぜなら俺は一度絶対に部屋を出なければならないからだ。
「おもてなしだ。友が来たんなら常識だろう?」
「そういうものか! それなら頼んだぞ!」
よし。
これで王宮へ連絡ができる。
レオには悪いが、騒ぎになるのはごめんだ。
と言っても、俺は田舎出身で友達も少なかったからな。
友達ができたのは喜んでおこう。
迎えが来るまでの間は楽しんでもバチは当たらないかな……?
俺は王宮へ連絡を入れた後、茶菓子を持って部屋に戻った。
そして目の前の光景にあ然とする。
「なんで増えているんだ……」
部屋に戻ると、何故かサラがレオと楽しげに談笑したいたのだ。
「あっ! おやぶん、ノラお兄ちゃんが戻ってきたよ」
おいおい、もう懐いてるぞ。
それになんだ親分って……。
この分ではサラを部屋から出すのは難しいか。
こうなってはもう仕方がない。
「来客用の茶菓子を持ってきたが、サラは食べすぎるなよ?」
「はーい!」
サラは元気いっぱいに返事をした。
その返事が信用できればどんなに良かっただろう。
俺は密かにソラが助けに来てくれることを願っていた。
…
コンコンコン
「兄さん、お客さんだよ」
来たか。
案外楽しかった談笑もこれで終わりだな。
「そうか。入れてくれ」
俺が返事をすると、ドアは素早く開いた。
そして同時に騎士数名が一気に流れ込んできた。
「な、お前たち! 何故ここに!?」
レオはまたたく間に拘束される。
しかし、レオが目一杯の抵抗をする為騎士たちは慌てた様子だ。
「俺が呼んだんだ。突然王宮から王子が居なくなるなんて騒ぎになるに決まってるからな」
「そうですよ。そんなことになれば我々近衛騎士は皆責任を問われるんですから。ちょっ……暴れないで!」
一人色の違う鎧を着た女性騎士は、国王があと一歩で緊急事態宣言をして王都は閉鎖される所だったということを教えてくれた。
危ないところだった……。
「兄さん。僕は王子ってもっと威厳のある人だと思ってたよ」
「俺もだ。だけどクルトさんは人格者だから心配しなくていいぞ」
レオを目があった。
しまった、聞こえてたか?
「わ、我はノラに王都の外へ出ないかと提案をしていたんだ!」
は?
おいおい、何を突拍子ことを言い出すんだ。
束の間、レオがサラに視線を送る。
「そ、そうだよ! おやぶんはノラお兄ちゃんが自然の空気を吸って気分転換できるようにって話を持ってきてくれたの!」
先手を打たれた……まさか二人が連携するとは。
これでは俺が何を言っても少数派だ。
事情を知らない純粋なソラは「そうなの?」と俺に聞いてくる始末。
「それは本当ですか?」
ここで俺が否定すれば、この場がもっと騒がしくなりいよいよカオスになる。
そんなことになればわざわざレオの目を盗み王宮へ連絡した意味がない。
「……本当です。その為にレオの近衛騎士を護衛に付けて王都の近隣の平原へ連れて行ってくれるとの話だったのですが、レオは名案だと浮足立ち一人で飛び出してきてしまったと言っていました」
俺が無理矢理話の辻褄を合わせる。
すると苦しげだったレオの表情には威勢が戻り、その通りだと自慢げに言い放った。
何がそのとおりだ!
「なるほど。……。そういう事ならば最低限の理屈は通ってますね」
「そうだろう! そして幸運なことに人員は今揃った。あとは父上に一声報告を入れて出発するだけだ」
都合の良いやつめ。
だが明らかに目が泳いでいる。
まあ、嘘をつくのが下手なんだろうな。
王宮に連絡を入れたレオは、なにやら王妃から叱りの言葉を受けたようで傷心気味になっていたが、どういうわけか外出許可貰いその後のやり取りには生気が戻っていた。
「よし。では行くとしよう!」
「はいはい! 私も行きたい!」
レオの言葉に食い気味でサラが反応した。
「サラ、お前はすぐにはしゃいでハメを外すからだめ──」
「もちろん良いぞ! それとソラと言ったな。お前も来い。人数は多い方が楽しいからな!」
「そ、そんな僕は──」
嫌がるソラは俺が説得した。
サラが一緒に来ることになった今、ソラには絶対に居てもらわないと俺の体が保たない。
「では改めて出発だ!」
「おー!」
俺たちは遂に王都の外へと出発した。
その際、おもむろに女騎士がこちらへ近づいてきて挨拶をくれた。
「先程はレオ様の面目を保っていただきありがとうございます。私はルイーサと申します。今後もレオ様が何かやらかせば顔をあわせることになると思いますので、そのときはまたよろしくお願いしますね」
どうやら俺たちの嘘は当然のようにバレていたみたいだ。
まああんな見るからに苦し紛れなものを嘘だと見抜けないほうが珍しいか。
ルイーサさんたち近衛騎士も大変そうだな。
後で知った話だが、ルイーサさんの鎧の色が他の騎士と違うのは、ルイーサさんが正式な近衛騎士ではないかららしい。
なんでもルイーサさんは元々ノレシア騎士団の副団長で、若くして副団長まで登りあげたその実力を買われレオの教育係を任されてしまったらしい。
なんて不憫な……。
…
─王都近郊・ノレシア平原─
「わあ! こんなに走り回れるの久しぶりだよ!」
「ハッハッハッ! お前は元気が良いな! ノラとソラとは大違いだ」
大違いで悪かったな。
さっきからレオとサラははしゃぎっ放しだ。
近衛騎士の心配そうな気配がひしひしと伝わってくる。
「おやぶん。ノラお兄ちゃんったら王都に来てから変わっちゃったの。前は剣技とかお願いしたら見せてくれたり一緒に走り回ったりもしてくれたのに、今は私のことを見守るだけでなーんにもしてくれないの。なんかちょっぴりつまんない」
確かに言われてみればそんな気もする。
サラはそんなふうに思っていたのか。
「ほう、何か心境の変化があったのだろうか。しかしノラの技は凄いな! 剣技だけで魔法を圧倒してしまうのだからな! 我の渾身の魔法を破られたときは酷く動揺したものだ」
「でしょ! それにノラお兄ちゃんの技は綺麗なの。まるで踊ってるみたいに技を次々出せるんだよ! あっ、でもねでもね、ノラお兄ちゃんってばネーミングセンスだけは本当にないんだよ〜」
「あぁ、知っているぞ。先程聞いた赤い刀身の刀に『黒金丸』と名付けたという話は傑作だった!」
「おい、俺のリラックスの為に外に来たはずだろ。お前らがはしゃいでたら到底リラックスなんて出来やしないぞ」
俺の気にしていることを好き放題言うな。
流石に傷つきそうだ。
「あ、すまないすまない。ではサラよ。我らは少し離れたところで続きをやるとするか」
「はーい!」
レオたちは騎士たちの目に届く範囲で俺から離れて行った。
よし、これで騒音問題は解決だ。
あとの問題は俺の横から頑なに離れないソラだけだ。
「ソラ、別に故郷にいた頃も魔物とはたまに遭遇してたんだからそんなに怯えなくて良いんじゃないか?」
「強い兄さんや脳天気なサラは何ともないかもしれないけど、ここは紛れもなく王都の外でいつ魔物が出るかわからないんだ」
確かにソラの言うとおり街の外ではいつ魔物と出くわすかは分からない。
ただ今いるのは王都近くの平原だ。
見晴らしが良いから魔物の接近には簡単に気づけるし、いざとなれば王都に逃げ込めば良いとは思わないか?
「安心してください。魔物は滅多なことが無ければ都市近郊へ近づいてくることはありません。そしてこの平原に生息している魔物は草食で大人しい魔物ばかりですよ」
ソラはそれを聞いて平静を取り戻したのか、恥ずかしそうに俺から距離をとった。
急な事態で少し混乱していたのだろう。
そして体感で1時間が経った頃、ソラとルイーサさんの3人で雑談を楽しんでいた俺たちは、未だに走り回っているレオたちの近くを歩いている冒険者に目が止まった。
「珍しいな。ソロの冒険者か」
ルイーサさんが呟く。
ソロの冒険者事態は珍しくは無いらしいが、王都の様な都市においてはソロの冒険者は滅多にいないとのことだ。
確かに、都市ではソロで受けられる依頼が少ないってじいちゃんが言っていた。
「そうですね。あとこれまずくないですか? あのままじゃサラたちのかけっこの範囲内に入っちゃう……」
ソラの言うとおりだな。
ただあの冒険者、妙に目を惹かれる。
その冒険者は、フードを深く被っている為外見からの情報は限られているが何やら独特の雰囲気を放っている。
温暖なノレシア王国に見合わない格好をしているのは少し違和感があるが、何かポリシーでもあるんだろう。
冒険者の服装にツッコミをいれるのは野暮だ。
おっと、それより今は目先の問題を何とかしないとな。
「レオは大丈夫だと思うが、サラは気づかずぶつかってしまってもおかしくないな。今のうちに声をかけとくか──」
ボフッ
「「あっ……」」
遅かった。
俺たちが注意喚起をする前にサラが冒険者にぶつかってしまった。
そしてその衝撃でフードが脱げる。
「え?!」
ソラが王都に来てから一番でかい声をだした。
「どうした? まあいい。とりあえず謝りに行かないと」
俺は走ってサラたちの元へ急いだ。
そしていざサラたちの元へ着いてみると、例の冒険者と既に打ち解けかけていた。
なんか今日はこんなのばっかりだな。
「あっ、おやぶんと白いお兄ちゃん、ノラお兄ちゃんが来たよ」
白いお兄ちゃんとは冒険者の事だろう。
「すみません。うちの妹が失礼を」
ひとまず謝ろう。
「ノラお兄ちゃんとはそういうことか。俺はどうも日の光が苦手でな、注意が散漫になっていたから別にそちらの身内が悪いわけでは……?」
白い冒険者は突然黙り込んだ。
そして何故か俺をジッと見続けてくる。
なんだ? 俺の顔に何か着いているのか?
「お前は何者だ? 気持ち悪い奴だな……」
は?
初対面なのに随分な言いようだな。
いや、落ち着け。
あくまで俺はサラの件を謝りに来ただけだ。
今下手に突っかかるのは悪手だ。
「ふむ、今の暴言にも反応無しか。そうだな……」
白い冒険者はまたも黙り込むかに思えたが、今回は違った。
白い冒険者がニヤリと笑う。
ゾクッ……
全身に悪寒が走った。
俺はサラとレオをこの場から離そうと手を伸ばしたが、紙一重間に合わなかった。
白い冒険者が伸ばした手が、俺より先にサラに届いたしまった。
「えっ……?」
サラが吹き飛ばされた。
血飛沫と共に勢い良く数メートル以上飛ばされ倒れるサラ。
「サラ!!!」
その姿を見た瞬間、激しい頭痛が俺を襲う。
あまりの激痛に膝をついてしまった。
動けない俺の代わりにレオがサラに駆け寄る。
「お前……俺の妹に何しやがる……」
痛みを堪えながら声を絞り出す。
怒りによって血走る眼球で捉えた白い冒険者の表情は、まるで大発見をした子供のように無邪気な笑顔だった。
俺の意識はここで途絶えた。