S-7 サラとソラのおかいもの
ときは遡り、ノラとロフが迷宮へ足を踏み入れてから3日目。
丁度ノラがガーゴイルと戦っていた頃、
「んんんんんん……暇!」
サラは不満そうに言った。
「サラ……僕の部屋に来てまでそれを言いに来たの? 頼むからおじいちゃんと兄さんが居ない間に面倒ごとは起こさないでね」
ソラはため息混じりにサラに大人しくするようお願いする。
サラは失敬なと言わんばかりにほっぺをフグのように膨らませている。
そして、
「しないよ! 今ソラお兄ちゃんの部屋に来たのはね。ほら、おじいちゃんにお小遣い貰ったでしょ? お菓子買いに行こ!」
サラとソラは、ロフから退屈になったら何か買っても良いという名目でお小遣いを貰っていたのだった。
「はあ……まあそれなら良いけど。僕の分は本を買うのに使うからね」
「うん! ふんふーん何買おうかな〜」
ご機嫌な調子でサラはソラの部屋を後にした。
身支度のために部屋を出て行ったサラを見送った後、ソラは一言、
「嫌な予感がするなぁ……」
こうして、やんちゃ娘と生真面目坊主の凸凹コンビによる王都のお買い物が幕を開けた。
…
ガヤガヤ……ガヤガヤ……
「ソラお兄ちゃんすごいねしょうてんがいって!」
「こら! 勝手に突っ走らないで戻っくるんだ。ちゃんと地図を見ながらじゃ無いと道に迷っちゃうんだから」
商店街に着いた二人はそれぞれ違う反応を見せた。
興奮してはしゃぐサラに対して、ソラは未知の領域と言わんばかりに地図にかぶりついている。
「あれはなんのお店!?」
「居酒屋だね。あっちはたぶん繁華街だから行く必要はないよ」
「へぇ〜!」
見たことの無いお店や施設にやや興奮気味のサラが、何かを見つけ突然一直線に走り出す。
「こら勝手に走るなって言ったじゃないか!」
サラの進行方向の先にはでっかく『ラテスウェイ』と書いた看板のたったお菓子屋があった。
ソラはサラの行動に半ば呆れつつ後を追う。
「まったく……」
ソラは店に入る直前になんとかサラに追いついた。
「遅いよソラお兄ちゃん! 早く入ろ!」
若干息切れしているソラに対してサラはピンピンしている。
「サラ、お菓子って何を買うつもりなの?」
ソラの問う。
「ケーキ! あとクッキーも食べたいな〜。あ、でもでもキャンディも捨て難いし……」
サラはお小遣いをソラの分まで使い切るのでは無いかという程候補を上げた。
ソラはそれを聞きながら渋い顔する。
そして、
「サラ、ケーキを買いたいなら僕の買い物を先に済ませよう。サラが先にお菓子を買ったら帰るまでに溶けちゃうかもしれないからね」
「むむむむむ。わかったよソラお兄ちゃん……」
もっともらしい事を言ってサラを納得させたソラは、心の中で安堵するのだった。
これで本を買うお金が無くなる心配は無い、と。
二人はお菓子屋を後にした。
そして本屋につき、ソラは若干興奮気味で色々な本を物色する。
その時間実に30分。
サラには堪難くつまらない時間だった。
「ソラお兄ちゃんまだぁ?」
「うん。もう少しで買う本が決まりそうなんだ」
このやりとりももう10回を超えた。
「よし。これに決めた!」
やっとの事で買う本を決めたソラは会計に向かう。
そしてお金を払い、お釣りをもらうときだった。
「あ、すみませんちょっと待ってください」
「ソラお兄ちゃん。お釣りは私が受け取るからゆっくりでいいよ」
ソラが買った本が普通の本よりサイズが大きかったため、ソラが魔道具袋に本を入れるのに手惑い、サラがお釣りを受け取った。
「ありがとうサラ。じゃあお釣りを渡して……あれ?」
サラの姿が消えていた。
「しまった!」
ソラは思わず声を上げ、本屋を飛び出した。
「最短距離で行こう……」
ソラは地図を開き素早く現在地と目的地を確認するとサラより早くお菓子屋につく為全力で走る。
「げっ」
ソラを出し抜きお菓子屋へ着いたサラは、どういう訳か店の前で自分を待ち構えていたソラに驚愕した。
「随分と元気な事をするじゃないか」
「え、えへへ〜。速いねソラお兄ちゃん、私びっくりしちゃった」
結果から言うとソラは間に合った。
先回りをして鼻歌交じりに走って来たサラを待ち構えていたのだ。
「サラは来た道を戻るくらいしか出来ないから僕は近道をしたんだよ」
「何それずるだよ!」
「ずるいのはどっちだ。せっかく浮いたお金でサラにご褒美を買ってあげようと思ったのに……こんな事をする悪い子には何もあげません。さ、お金を返すんだ」
兄に勝てる妹など存在しないとばかりに流暢に言葉を垂れるソラにサラは抵抗したが、その抵抗も虚しく駄々のすべてを完璧に論破されサラは渋々お金を差し出した。
「はい、お金……」
ふてくされるサラ。
「うん。あれ? 少ないよサラ、全部出すんだ」
サラから渡されたお金は銅貨が3枚。
明らかに、あからさまに足りなかった。
「それで全部だもん」
斜め下を向きながら早口で言う。
「そんなわけ無いよ、計算が合わないし第1サラのお釣りを受け取る姿は僕も見てたんだ。醜い抵抗は止すんだ」
サラは少し黙ったあと口を開いた。
「ソラお兄ちゃん、あたしがここに着くの遅いと思わなかったの?」
サラが意味深なことを言い出した。
ソラは、確かに自分がいくら近道をしたにしても、サラの到着は遅かったと思い返す。
「ん? それはサラが少し道に迷ったから……」
サラのことだから道にでも迷ったのだろうと結論付けたソラの額には汗が流れる。
「お菓子屋さんは1つじゃないよ?」
サラはニヤッと笑った。
「サラ! 買ったものを見せるんだ!」
ソラは慌ててサラを捕まえようと手を伸ばすが、
「あたしを捕まえたらね!」
そう言うと、サラは地面に小さな火属性魔法をぶつけ煙幕を作った。
ボンッ!
「げほっげほっ、くそ。サラ! どこだ!」
煙幕が晴れた頃にはサラの姿は無かった。
ソラは血相を変えて家に向かって走り出した。
「ふふん、詰が甘いよソラお兄ちゃん…。」
そう言ったのは店の物陰に身を隠していたサラ。
実はサラが遅かったのはソラの言ったとおり普通に道に迷っただけで、別のお菓子屋で既にお菓子を買っていたと言うのは全くのハッタリだった。
しかし、自分の読みが外れた事を焦ったソラはサラのハッタリに引っかかった。
そして土地勘のないサラは家に帰るしかないと踏んだソラは自宅に向けて走り出したのだった。
サラが起こした煙幕で服が汚れた状態で。
チリンチリン……
「お姉さんこれください! あとこれも!」
「かしこまりました。おひとりでお買い物ですか?」
「うん!」
「まあ、1人でお買い物なんて偉いですね。これは当店からのサービスです。」
「わあ! ありがとうございます!」
邪魔者が居なくなったお菓子屋で思う存分買い物を済ませたサラは意気揚々と家族が待つ自宅に帰るのだった。
…
ガチャン!
「どこだサラ!」
「サラならまだ帰ってきてないぞ?どうしたんだそんな服をボロボロにして」
「に、兄さん……!」
家に帰るとサラはまだ帰って来ていなかった。
ところが、ノラが迷宮から帰ってきていたのだった。
ソラは自分の失態をノラに知られる事が恥ずかしく事情を話すのを躊躇っていると数分後サラが帰ってきた。
「お帰りサラ」
「あっ、帰ってきたんだねノラお兄ちゃん! あれ? ソラお兄ちゃんどおしたの? 服がボロボロだよ???」
「サラ……お前は後で僕の部屋に来るんだ」
とぼけるサラに憤怒寸前のソラを見たノラは大体の状況を把握した。
そしてソラに目を合わせた後、
「ありがとなサラ。お兄ちゃんにお見上げを買ってきてくれるなんて気が利くじゃないか」
「えっ、ノラお兄ちゃん? これ違っ…」
ソラにはノラが救世主に見えていた。
そして自然にノラの話に乗っかり、
「なんだサラ、兄さんへのお土産だったのか〜。それを早く言っておくれよ」
「え、あの……」
ノラはそのまま戸惑うサラからお菓子を受け取ると自室に戻って行った。
「さて、サラ。あれが兄さんへのお土産ならなんで僕に魔法を撃ったのかしっかり事情を聞かないとね?」
「はわわわわ……」
こうしてサラは説教の末晩ごはん抜きになり、二人のドタバタ劇は無事(?)幕を閉じたのだった。
※お菓子は後で返され皆で食べました。