N-6 洞穴の交流
魔物を倒し正念場を乗り切った俺たちは、暫くバリケードの中で休息をとることとなった。
「ノラくん。ちょっといいかしら」
洞窟の壁に腰掛け休んでいると、カリンさんが話しかけてきた。
一体何の用だろう。
「私、ロフ様に孫が居るなんて知らなかった。あなたは今までどこで何をしていたの? それ程の実力があるのなら大賢者の孫ってことは抜きにしても噂になってもおかしくないと思うのだけれど」
何か大袈裟だな。
だが一応答えるとするならば、それは俺の故郷が田舎で、俺自身が今まで幼馴染と小競り合いをしてただけで大したことをしていないからだろう。
「確かにな。王国広しと言えど王都に噂の一つも入ってこないのは引っかかるな……」
「そんなの大賢者って地位があれば隠すのなんて容易いんじゃないっすか?」
ダイルさんとサイガさんまで来てしまった。
まずい、早いところこの話題終わらせろと本能が言っている。
「それは俺がそういう話とは無縁だったからかなと。今までは魔物と戦うなんて故郷で父さんの狩りについていくくらいでしか機会が無かったですから。王都にも最近来たばかりで、最近冒険者登録を済ませたばかりだったんですよ」
しまった、話を広げてどうする!
俺の失態は致命的だった。
3人は目の色を変え……いや、鋭く光った?
「それは本当か!? なら俺のパーティに来ないか? 冒険者について、分からないことがあれば俺が1から教えてやるぞ!」
「いやいや、ノラくんはまだ若いんだから俺のパーティが1番相性良いよ! 是非俺のパーティへおいで!」
「ちょっと、声をかけたのは私よ。ノラくん、こんなむさ苦しい男たちのところは嫌よでしょう? 私のパーティで可愛がってあげるから……ね? 私のところに来ましょう?」
詰め寄りが凄い。
困ったな。
俺はそんなに冒険者活動に力を入れるつもりは無いし、それにせっかくパーティを組むなら仲間は自分で集めたいんだよな。
「これこれ3人とも。ノラが困っておるではないか」
そう言ってじいちゃんは「助けてやるから加勢しなかったことはチャラで頼むぞ」と言わんばかりに目配せを送って来た。
助け舟のつもりなのだろう。
チャラにはならないが助かるよ。
「誘いは嬉しいんですが……すみません。仲間は自分で探したいので皆さんのパーティへは入れません」
俺の言葉に3人は顔を見合わす。
「え〜残念だなぁ。まあでも、俺たちノラくんの意見を無視して暴走しちゃってたみたいだ。ごめんね。仲間探しは大変だから頑張るんだよ!」
「あぁ、すまない。仲間を探すのも冒険者の醍醐味の一つだからな。ノラ、何かわからないことがあれば頼ってくれ。いつでも力を貸そう」
「そうね。ノラくんを仲間にできないのは少し残念だけど、仕方ないわ。良い仲間を見つけるのよ?」
聞き分けの良い人たちで助かった。
「ところでお主等はまだ調査を続けるのか? 儂らは依頼を達成したので外へ出ようと思うのじゃが」
じいちゃんが3人に問う。
確かに、皆はこれからどうするんだろう。
「我々も一度帰還しようと思います。今回のイレギュラーな事態を早急にギルドマスターに報告しないと……ん? ギルドマスター?」
ダイルさんが首を傾げた。
あぁ、そういえばギルドマスターならこの場にいるな。
「報告なら問題ありません。魔道具を使い私の方でギルドにはもう報告を終えているので。ただ……やはり一度帰還するが無難でしょう。音信不通時期を含め一ヶ月近くもトップ冒険者パーティが王都に居ないわけですから、そろそろ通常依頼の方も溜まってる頃です」
「まったく……マリーダは私達の疲労は無視ってことかしら?」
「こら、今はギルドマスターよ」
「まあまあ、いいじゃないっすか! こうして五体満足で帰れるんだから!」
トップ冒険者は大変そうだ。
ともかく決券落着だな。
話もまとまって、冒険者達は帰る支度をするのであった。
すると、じいちゃんがギルドマスターと気になる話をし始めた。
「しかしここの迷宮は1番攻略が進んでいた分今回の出来事は面を食らったのう」
今俺たちが居る『第2迷宮』は王都に1番近く迷宮攻略が盛んに行われる為、攻略された階層は他の迷宮より深く135層まで進んでいた。
「そうですね……37階層であればC級冒険者のパーティでも来れます。結果論ですが今回被害にあったのが彼らで良かったです」
本来100層辺りから遭遇すると言われているSランクの魔物がわずか37層で出現と言うのは前例が無かったらしく、ダイルさん達は不意をつかれる形で追い込まれたそうだ。
因みにAランクの魔物ですら70~80階層辺りから現れるようになるらしいから、ダイルさん達が不意をつかれるというのも無理はないだろう。
「俺達は100階層辺りまで攻略した事があるが……その辺りになってくると魔物といかに戦わずに進めるかの勝負になってくる。今回無理矢理戦闘になったのは相当堪えたな」
ダイルさんはそう言って笑っていた。
「笑い話になって良かったわね。けどノラくんっていう原石を発掘できたし今回は満足だわ」
「そうっすね。俺たちSランクの魔物まだ倒した事無いのに……まだ生まれたてのひよこ状態のノラくんに先を越されちゃうなんて、期待のルーキーなんていつまでもチヤホヤされてらんないな!」
サイガさんは若くしてAランク冒険者にまで上り詰め、最近王都で活躍してるそうだ。
カリンさん曰く、期待のルーキーと呼んでいるの者は居ないそうだが、確かに今後の期待はされてるらしい。
因みにダイルさん、カリンさんの階級はSランクで、マリーダさんも元Sランク冒険者だそう。
まあここら辺の話は長くなるのでまた機会があればということにしようか。
「さて、そろそろ出発するか。ノラくん……いや、ノラ。今度一緒にご飯でも食べよう」
ダイルさんはそう言ってパーティメンバーの元へ戻っていった。
「じゃあじいちゃん。俺たちも出発しよう」
「そうじゃな」
じいちゃんは魔導具袋から、転移用の魔導具を取り出した。
魔道具には大きく分けて魔力を込めなくても使える物と、魔力を込めなければ使えない物の2種類に別けられる。
前者は生活補助魔道具、後者は冒険者補助魔道具だ。
そしてとある理由で冒険者補助魔道具はその殆どが一人用のものであるらしい。
「じいちゃん、俺のは?」
すると、俺の言葉にじいちゃんの顔色がみるみる青褪めていく。
ちょっと待ってくれ、なにかの間違いだよな?
流石にそんなことはありえないだろ。
「……」
え、嘘だろ……。
「違うんじゃノラ! おぬしが魔力を多少は流せるのは先日の冒険者登録の件で知っておったが、どうしても魔法が使えないっていう情報に引っ張られて用意を忘れてしまったんじゃ!」
「じゃあ俺に一人で来た道を戻れって言うのか!? それを渡せ! そっちの落ち度なんだからじいちゃんが自力で帰れよ!」
「それは嫌じゃ! 1つしかないなら足の早いおぬしが自力で帰る方が効率的じゃろう!」
「それは双方に落ち度がない時の話だろ! いい加減にしろ!」
ギャーギャー! ギャーギャー!
「ど、どうしたんすかふたりとも!」
「なに? 何があったの」
俺とじいちゃんの言い合いに驚いてサイガさんとカリンさん駆け寄ってきた。
「いえ、じいちゃんが俺の分の転移魔導具を忘れたみたいで……その癖それは俺が魔法を使えないからとか好き勝手言い訳するのでつい……」
じいちゃんは仕方ないの一点張り。
なあ、大賢者さん。
器が少し小さいんじゃないか???
「ん? 待って待って……今なんて?」
ほら、じいちゃんの余りのずぼらさをカリンさんが理解できなかったみたいだぞ。
「えっとですね。じいちゃん……祖父が魔導具を忘れて」
「うんうん。その後?」
その後?
「俺が魔法を使えない──」
「それは本当なの!?」
「嘘だろ!?」
耳がっ……。
サイガさんとカリンさんは固まってしまった。
「なんだ、どうしたんだ騒がしいぞ」
「そ、それが……──」
ダイルさんが騒ぎを聞きつけ戻ってきた。
ふたりはダイルさんに事情を話す。
「はあ!?」
状況が悪化した。
俺はそこからしばらくの間質問攻めを食らう羽目になった。
「本当に魔法が使えないのか?」
「はい」
「と言う事はガーゴイルを魔法無しで倒したってこと?」
「は、はい」
「魔力が無いんじゃなくて魔法が使えないの?」
「はい……」
い、今のはいらなかったんじゃないか?
ちょっと傷ついた。
そんな俺の心境などお構い無しに質問攻めは続くのだった。
そして、いつの間にかじいちゃんの姿は消えていた。
数日分の食料、ポーションと共に「頑張れ」との置き手紙を残して……。
─王都・ギルド集会所─
「では、この魔道具に触れてください」
俺はギルドマスターに言われるままやたらゴツい魔道具に手を触れた。
それを見守るのはギルドマスターはもちろんのこと、他にはカリンさんにダイルさん、そしてサイガさんの迷宮で出会ったパーティのリーダー達。
皆が固唾を呑んで見守っている。
実は質問攻めを受けた後、どうしても俺の話が信じられなかった3人はギルドマスターに俺の魔力を調べるよう迫ったのだった。
ギルドマスター事情を事の顛末を把握していなかった為はじめは戸惑っていたが、話を聞くうちに興味を持ったようで快く了承された。
こうして俺を置き去りに話は落ち着き、今に至るという訳だ。
そうそう、迷宮での出来事からは2日が経っている。
だって俺が王都に帰ってきたのは今日だからな。
じいちゃんには後できっちり埋め合わせをしてもらおう。
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〈ステータス〉
名前/ノラ
種族/人間
年齢/15歳
魔法/闇属性, 土属性,水属性,風属性,火属性,光属性
情報/魔力吸収体質,解離性健忘,魔力神経損傷,活動限界
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魔道具に俺の情報が表示された。
「ツッコミどころが多すぎる。なんだこのデータは」
「こ、これに間違いはないんすよね?」
「この魔道具に限って不具合はないと思うけど……」
解離性健忘か。
ストレスやトラウマなどの精神的な影響で一部の記憶が抜け落ちる症状だな。
それは医師からの診断で把握してる。
問題は……
「俺は魔法が使えるのか!?」
「なにぃ!?」
じいちゃんが声を荒げながら部屋に入ってきた。
まるで外から中へ入る機会を伺っていたんじゃないかと疑うレベルだ。
そして慌てた様子でデータを凝視する。
「ほ、本当じゃ! 良かったのうノラ!」
本当に良かったのか……?
魔道具を通して判明した俺の情報は、下手したら今までの俺の人生を否定するような代物だった。
一体何がどうなってるのか理解できない。
「ははっ……なんだ、ただの宝の持ち腐れじゃないか……」
それ以上言葉が出てこなかった。
俺はどうやら魔法を6属性も扱える潜在能力を持っていたらしい。
なのに今まで魔法を使えたことはない。
これは宝の持ち腐れ以外の何物でもないだろう。
はぁ……思わず力が抜けてしまう。
そうだな……少し昔話をしようか。
俺は生まれたのは王都から程遠い田舎だった。
今思い出しても幸せな暮らしを送っていたな。
ノレシア王国最南のはぐれ村で生を受けてから、俺は両親をはじめたくさんの愛を貰いながらすくすくと育っていった。
一般的に魔法が発現すると言われている5歳までは……。
この時期の親は、ある日突然発現する魔法で事故が起こらないよう我が子から目を離すことは許されない。
では俺はどうだったか。
今までの話で察しがつくと思うが、俺は魔法が発現しなかったのだ。
ただ、魔力が無いわけではなかった。
つまり無いのは才能だった。
皆が俺を憐れんだが、それでも俺は幸せだった。
村が魔法を重要視していない特殊な環境だったことが幸いしたのだろう。
他の土地で生まれていたら苦労は免れなかっただろう。
だが、魔法が使えない事実は間違いなく俺の中にコンプレックスとして残り続けた。
騎士として名を轟かせた両親や、大賢者である祖父、そして幼馴染が皆天才と称される魔法使い。
コンプレックスが植え付けられるのに十分すぎる環境だった。
特に幼馴染──マリアの才能は圧倒的だった。
自我を持ち始めた頃には既に魔法を扱え、5歳になる頃には常人が持つのは2つが限度と言われていた『魔法原祖6属性』を全て持っていた。
因みに、世界で唯一の大賢者と呼ばれるじいちゃんでさえ『魔法原祖6属性』──主属性のうち4属性までしか持っていない。
そんな天才と暮らす中で俺は魔法に対するコンプレックスを持ったが、同時に魔法を諦める理由も貰った。
マリアほどの天才と比べればどんな大魔法使いもただの人に見えてしまうからな。
だから俺はそれ以来剣の腕を磨き続けた。
剣は独学で、生み出した剣技には花の名前をつけた。
母の趣味だったガーデニングを日頃から手伝っていたこともあり身近だったし、凝った名前を付けたところで虚しく感じるのも嫌だったからだ。
次第に剣の腕を両親や祖父に認められるようになり、俺は自分のアイデンティティをようやく手に入れた。
そうして、紆余曲折あったが今に至った。
しかし、こうして秘めた潜在能力を見せつけられると魔法を使ってみたくなってしまう。
せっかく諦めたって言うのに、この結果はある意味残酷だ。
どうしたものか。
「ノラ、そう悲観することはないかもしれないぞ」
「そうね。ノラくんが魔法を使えないのは恐らく"魔力吸収体質"のせいじゃないかしら」
ダイルさんとカリンさんが興味深いことを言う。
「あっ、俺わかったっすよ! つまり魔法を発動する為に必要な自分の魔力を外へ放出するってことをその"魔力吸収体質"に邪魔されてるって事っすね!?」
「っ!」
そういうことか!
ならその体質をどうにか出来れば俺も魔法が使えるように……いやまて、そんなのどうやって克服すればいいんだ。
「なるほどのう。"魔力吸収体質"とは初めて聞いたが、それを自覚今なら魔法を使う糸口を何か掴めるかもしれん」
「……なら──」
「じゃが! まずはしっかり休んで体の疲れを取るんじゃ。それと魔力神経の件も何とかせねばあるまい。まあ、つまりノラは暫く療養じゃな」
はやる俺にじいちゃんが釘を差す。
皆も頷いていた。
しょうがないか……ここで無理をするメリットは全く無い。
「じゃあそれはそれとして……」
俺は笑顔でじいちゃんを見つめる。
「よくそんな堂々と俺の前に顔を出せたね。迷宮での件で話があるん──」
「さっ! 今日は解散じゃ! いやぁ一件落着して良かった良かった!」
そう言ってじいちゃんは逃げていった。
じいちゃんってやつは……まあいい。
どうせ家に帰ったらそのうち顔を合わせるんだ。
身内以外のいるここで話をしなかった事をじいちゃんは必ず後悔するだろう。
…
「ただいま」
思い腕を上げ何とか玄関のドアを開ける。
約1週間ぶりの帰宅。
ここへ帰ってきてやっと一段落ついたのだと安心する。
「おかえりノラお兄ちゃん! はつしごとって言うんだっけ……えっとね、とにかくおつかれさま!」
「あぁ、ちゃんと良い子にしてたか?」
「もちろん!」
ほんとかな……?
まあ、後でソラにでも確認しよう。
「おかえり兄さん。あれ、なんか元気ないね」
「ちょっとな。まあ、疲れているだけだよ」
「そう? きっとおじいちゃんのことだから兄さんに無茶させたんだね。本当にお疲れ様」
「あぁ、ありがとう」
ソラとサラの顔を見て安心したのか激しい眠気が襲ってきた。
これは相当疲れが溜まってるな……。
俺は今日はもう横になるとソラに伝え、自室へ戻った。
そして、ベットに横になって程なくして俺は眠りについたのだった。