N-5 初陣は波乱万丈?
迷宮、それは世界に5つ存在する未だ謎が解明されない古代遺跡。
建築者不明、建築時期不明、建築意図不明。
この不気味さが、冒険者の心を魅了した。
これまで数多の冒険者が迷宮の真相解明に挑み、その野心を打ち砕かれてきた。
結果として判明したことは、迷宮には地下に階層が続いていることと、中には魔物が生息しており階層が深くなるごとにその脅威度を増していることだけだった。
それ以外は一切不明なままである。
それは迷宮の付近で暮らす民に不安を与えていた。
そこで国王は年に一度、王都に一番近い迷宮を調査し国民に状況を報告することで民の安息を守っていた。
─迷宮・第1階層─
俺たちは順調に迷宮内を進んでいた。
一階層に生息する魔物は脅威度の低いからだろう。
ゴブリン、スケルトン、オークなど迷宮でメジャーとされてる魔物たちだ。
しかし、1つ問題があるようだ。
「妙じゃな……数が多すぎる。第1階層であれば魔物に接敵したとしてもせいぜい数回程度のはずじゃ」
そ、そうなのか。
なら確かに妙だ。
ここに至るまで数回どころかほぼ休み無しに接敵し続けている。
「何か異変があったのか」
「えぇ、これは何か不吉な予感がします……先を急ぎましょう」
「なら出し惜しみしてる場合じゃないのう。どれ……【剛拳・焔】!!!」
辺りの魔物が一瞬で一層された。
流石は大賢者。
道中の心配は無用だな。
危機感を覚えた俺たちは先を急いだ。
─第37階層─
「やっと着いたな……連絡が途絶えた階層へ」
ここへ辿り着くまで3日か。
道を知ってて尚ここまで時間がかかるとはな。
俺は迷宮というものを舐めていたかもしれない。
「正直休憩を挟みたいところですが、どうやらそんな暇は無さそうですね」
「そうじゃな。今までとは明らかに空気が違う」
「先を急ごう」
グラグラ……!
「「「!?」」」
地鳴りだと?
一体何処から……。
この階層の広さから見て足音にしては地鳴りが大きすぎる。
なら震源はなんだ。
「まさか、戦闘……?」
ギルドマスターの言葉に俺たちは顔を見合わせる。
「そうかもしれん! 震源を辿るぞ!」
それから俺たちは今の地鳴りの震源を探るため動き出した。
入り組む道を虱潰しに一本一本探し回る。
そして遂に震源を見つけた。
「見つけた……生きてる! この一本道の先だ!」
「おぉ生きておったか! というかノラ目がいいのう。儂にはまだ目視できんぞ」
「確かに凄まじい視力ですね。でも生きてて良かった……!」
見つけたはいいが不味いな。
冒険者たちは満身創痍に見える。
状況はやはり深刻のようだ……。
「ふたりとも。俺は先に行くよ」
俺はふたりに速度を合わせるのをやめ先を急いだ。
「なっ、なんて速さ……!?」
「それでこそじゃ!」
俺が見つけたのは巨大な魔物たちと戦う冒険者たちの姿。
まさか救難信号を出してからずっと戦っていたのか……? そんなことが可能なのか?
いや、今はそんな事どうでもいい。
不自然に続く直線の一本道。
まるで魔物が壁を突き破ったみたいだ。
分厚い迷宮の壁を突き破る程の魔物とは恐ろしいが、そのお陰でかなりの助走が確保できている。
刀に意識を集中しろ。
幸い魔物たちは俺に背を向けている。
不意打ちなら一体くらい倒せるだろうか。
いや、倒すことは考えるな。
冒険者たちに合流できさえすれば良い。
よし……ダメージは見込めないが一番鈍そうなのを斬ろう。
そして俺は抜刀した。
「【剣技・千日紅】」
ズバン!!!
俺の一撃でゴーレムらしき魔物は上半身と下半身が真っ二つになりその場に崩れた。
そのどさくさで冒険者たち側へ転がり込む。
冒険者たちは突然のことに困惑しているようだった。
ただ、それは俺も同じだった。
「刀身が赤いっ!?」
─数刻前─
迷宮内に形成されている小さな洞穴で、とある人物たちは会話を交わす。
「救難信号を送ってからどれくらい経った?」
「そうね。1週間は過ぎたかしら……」
会話を交わすのはガタイの良い強面の男と翡翠の様に綺麗な瞳を持つ美女。
「予想よりポーションの消費が激しい。どうするカリン」
「何もできないからバリケードを作って籠城してるのよ。どうするもこうするもないでしょ」
「それもそうだが……」
ダイルとカリンは共に王都を代表する冒険者パーティのリーダーであり、同時に迷宮の調査依頼を受けた冒険者である。
「Aランクが4体に、Sランクも1体。こいつらにいつまで持ち堪えられるかそろそろ怪しくなってきたな」
魔物はギルドによりF~SSSでランク分けされている。
ランクの高さは必ずしも魔物の強さと比例している訳ではなく、遭遇率なども絡んでくる。
魔物のランクは差し詰め討伐の難易度と言えるだろう。
例えば、メジャーとされているゴブリン系やスライム系は遭遇率も高く強さも大したことないため討伐レベルF~Dと低く設定されることが多い。
「アイアンゴーレムにウィッチスケルトン、キングゴブリンにトロル、それにSランクのガーゴイルまで居るなんて、下層ならまだしも……まだそれほど深く無いこの階層に揃っていい魔物じゃないわ」
「くそっ、こんなの半端な救援では話にならんぞ」
2人は不安を募らせ苛立っていた。
そこへ一人の男性が喝を入れる。
「2人共何を弱音を吐いているんすか! リーダーならこういう時こそ一致団結して士気を高めないと!」
ダイルとカリンより若めの好青年は、場をこれ以上悪化させてはいけないと言った。
「そ、そうね……悪かったわ。さっきから何故か魔物達の攻撃が止んでいる。今の内に体制を整えましょう」
「よし。ではサイガ、俺たち偉そうに説教垂れるからには何か策があるんだよな?」
サイガ、彼は今1番勢いのある冒険者パーティのリーダーである。
「うぇっ!? えっと……」
「どうせそんなこったろうと思ったよ」
「しかし妙なんすよね。今までも膠着状態は定期的にあったっすけど、さっきからこいつ等は何かを探してるような……」
「そういうことか……! きっと救援が近くまで来ていて魔物達はそれを察知したんだ」
「なるほど! ダイル先輩頭良いっすね!」
「救援が来てこの状況が打破できれば良いのだけどね。もし救援に来たのが烏合の衆なら被害が拡大するだけ。賢者様でも居てくれれば……」
3人はこの状況を打破できる存在が救援の中にいる事を祈った。
その直後、冒険者達は信じられない光景を目の当たりにする。
最初に気づいたのはカリンだった。
「……? 私ったら幻覚でも見てるのかしら。迷宮に子供がひとりで走ってるなんて……」
…
ズバン!!!
ゴーレムの巨体は見事に真っ二つになり大きな砂煙を上げながら地面に落ちた。
それと同時に冒険者側へ転がり込む。
「「「は?」」」
転がり込んだ俺に3人の冒険者が声を発した。
「えっ君。え!?」
「幻覚じゃない……!?」
「待て、状況が飲み込めん。君は誰だ? 救援か? それとも迷子か……?」
冒険者たちは突然の出来事に状況を飲み込めていないようだ。
まあ成人になったばかりの俺が1人転がり込んできたところで、殆どの人はそれを救援とは思わない……いや、思えないだろう。
ひとまずこちらの状況を説明しよう。
「驚かせてしまいすみません。二人はもう少しで来ます」
「あ、あぁ。あの大賢者様とギルドマスターが来るならこの状況を何とかできるかもしれないな」
「えっと、ノラくんだったっけ? 助かったわ。あのアイアンゴーレムが居たせいで私達の攻撃が通らなかったのよ。それを剣の一撃で沈めるなんて……」
「君も大胆なことするなぁ」
3人共それぞれ違う事を言っているが、揃って苦笑いをしている。
俺はまだ黒金丸の刀身が赤いことの衝撃が抜けきっていないのだが、ひとまずこの空気をなんとかしなければ。
「皆さん、まだ魔物は4体残っています。しかし運良く俺がアイアンゴーレムを不意打ちで仕留めれた事で攻撃が通るようになった。それなら一気に片付けましょう」
「その通りだな。坊主、俺の名前はダイルだ。気軽に呼んでくれ」
「私はカリンよ」
「俺はサイガ。よろしくなノラくん!」
おぉ、皆王都新聞で聞いたことのある有名人だ。
なるほどな。
こんな人達が救難信号を出せば国王もギルドも焦るに決まっている。
「よろしくお願いします。ではダイルさんのパーティはトロル系、リリィさん達はスケルトン系、サイガさん達はゴブリン系の魔物をお願いします。僕はガーゴイルを相手に時間を稼ぎながら、じいちゃんとギルドマスターの到着を待ちます」
「「「了解!」」」
聞き分けがいい。
3人とも俺の意図を理解してくれたようだ。
ガーゴイルはソラに借りた図鑑の情報によればSランクの魔物。
出来れば一番手強い魔物はこちらで相手をしたかった。
「さて問題は、じいちゃんたちが来るまで持ち堪えられるのかどうかだな……」
他の皆が戦闘を始める中、俺とガーゴイルは対峙した。
ガーゴイルはまるで自分の相手が俺だと分かっているように待ち構えている。
「他より知能が高い分こちらの作戦もお見通しってことか?」
ガーゴイル……こいつは思った以上に厄介かもしれない。
というか……
じいちゃんたちが遅い。
遅すぎる。
一本道をただ進むだけだぞ? まさかトラブルか?
「チッ……!」
ドゴォン!
猛烈な爆音とともに地面が激しく抉られた。
「流石にそこまでお人好しじゃないか」
戦闘が始まってしまった。
ガーゴイルは巨漢に似合わず俊敏らしい。
カウンターを仕掛ける暇も無い。
「グォオオオオ!」
攻撃を避ける方向を予測していたかのような追撃が来た。
立ち直りが早い……方向を読まれたのか?
ガーゴイルの爪が間髪入れず向かってくる。
ドゴォン……! ズドォン……!
「くっ!」
なんとか躱せるが、一度でも攻撃を受ければ終わりだ。
この猛攻がいつまで続くだろう。
なんていうか、俺はいつも攻撃を防ぐ側だな……。
キュイィィィィン……!
「なっ、しまった。ブレスか!」
身を隠せる場所は無し。
そもそも避ければ他の皆に被害が及んでしまう。
斬るしかない。
ガーゴイルは満を持してブレスを放った。
「【剣技・鳳仙花】!」
ドゴォォォン!!!
「「「!?」」」
【剣技・鳳仙花】。
無数の剣の残像を同時に残す事で攻撃を相殺する奥義の一つ。
使う度にド派手な破裂音がするからあまり使いたくないんだよな。
だが威力はレオの魔法に匹敵する上範囲攻撃は【千日紅】では周りへの被害が防げなかったからしょうがない。
それに狙いは相殺だけじゃない。
辺りには土煙が舞っている。
チャンスは一度きり。
ガーゴイルが【鳳仙花】による破裂音で動揺し俺の姿を追いきれていない今しかない。
集中しろ……精神を研ぎ澄ませ。
レオの時のような半端な力ではガーゴイルには傷さえつけることができないだろう。
もっとだ……もっと集中しろ……
──全てを斬り裂く力を!
「はぁああああああ!」
俺はガーゴイルの懐に飛び込み剣を振る。
「【剣技・千日紅】!!!」
俺は、ガーゴイルを両断した。
ヴォン……
突如、両断されたガーゴイルを中心に魔法陣が広がる。
「!? 自爆魔法陣か──」
ドカァアアアン!!!
「ふぅ。間一髪だったな!」
俺はダイルさんに担がれていた。
どうやらダイルさんが俺を爆発から助けてくれたようだ。
「あ……ありがとうございます」
俺がいたと思われる場所には巨大なクレーターが残っており、ガーゴイルは塵の1つも残っていなかった。
油断した……くそ、斬撃では倒せないからと直接斬りつけたが失敗だった。
一瞬反動の痛みが身体を支配して回避が遅れてしまった。
「凄いよノラくん! あのガーゴイルをたった一人で倒すなんて」
「本当にね。信じられない……」
どうやらダイルさんたちの戦闘も無事済んだようだ。
流石だな。
ただ……
「ところで大賢者様たちはいつ到着するんだ? もう決着がついてしまったぞ」
「俺も今その事を考えていました。少なくともここへ来るまでの一本道に魔物は居なかった筈なんですけど……」
何か嫌な予感がする。
こう、命の危機とは別の……経験上のじいちゃんに対する特有の予感。
そして悲しいことにその予感は見事的中した。
「ノラよ。よくやったぞい! よもやその歳でガーゴイルを単独討伐するとは。流石は儂の孫じゃ!!」
「いいえロフ様。ノラ様の実力は大賢者の孫という規格には収まらないかもしれませんよ……」
じいちゃんとギルドマスターがやっと現れた。
戦闘の形跡は……ないな。
ふたりともきれいな顔をしてる。
「じいちゃん。今まで何してたんだ? 到着が遅すぎて正念場はもう乗り越えたよ」
「もちろん知っておるぞ。ちゃんとこの目で見ておったからな!」
何故か自慢げなじいちゃんに対して、ギルドマスターは申し訳無さそうな顔をしている。
なるほど。
じいちゃんは孫の命の駆け引きを助太刀もせず端から傍観していたと。
そうか。