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Nola ~偽りの勇者~  作者: A_ria
一章 高潔のシンコウ者
5/19

N-4 暑い日

 場に流れる張り詰めた緊張感に息を呑む。


「おもてを上げよ」


 跪く俺に重厚な声がかかる。

 俺は恐る恐る言葉を出した。


「お目にかかれて光栄です国王様……」


 はあ、何故こんなことに……



─話は数刻前に遡る─



 雲一つない大空に太陽が輝き、その日差しは一段と強く王都を照りつけていた。

 こんなにも暑い日は王都に来てから初めて経験した。


「今日は依頼受けるのやめよう……」


 フレナに刀工を任せてから約2週間が過ぎた。

 今日に至るまで特に変わったことも無く、午前中は自己鍛錬に励み午後からは集会所で武器が無くても問題無い依頼をこなして一日を終える生活を送ってきた。

 そろそろじいちゃんに連絡が来る頃だからここ数日は少しソワソワしてるけどな。


 さて、鍛錬も一段落ついたし今日は家の中で涼むとしよう。


「ノラおにぃちゃーん! おじいちゃんが出かけるから支度してって言ってたよ!」


「っ! おーわかったー」


 恐らくエルドウィンさんから連絡が来たんだ。

 遂にか……今から高揚が止まらない。

 よし、予定変更だ。


 今日はフレナから貰う武器を一通り愛でることにしよう!


 俺は意気揚々と支度を済ませじいちゃんと合流した。


「おぉ来たか。それでは行くとしよう」


 家を出て俺は早速じいちゃんに話題を振る。


「俺ちゃんと武器使いこなせるかな」


「ん? あぁ……それに関しては問題なかろうて。ノラは剣の実力はこの広きアグノツウズの大地に置いても5本の指には入るだろう」


「それは依怙贔屓が酷いな、因みにマリアもそこに入ってるのか?」


「いいや、奴はあと一歩じゃな。まあ、マリアの場合はそれを補って余りある魔法の才がある。まっ、ノラが魔法を使えればマリアとて食い下がることもできまいて」


 俺には魔力がほぼ無いって言った張本人が今更何を言ってるんだ。

 そういえば根拠の裏付けが取れたマナ量の測定方法は無いらしいな。

 まあ、事実俺は生活レベルの魔法すら使えないから受け入れているけどさ……。


「俺は剣でマリアに勝ててるのならそれでいいよ……」


 評価を上げて落とされたようで釈然としないな。

 だけど一々気にしても仕方ない。


 そんなこんなで暫く歩いて居ると、じいちゃんがとある場所で足を止めた。


「よし、着いたぞノラ」


 着いた? どこが。

 ここはどう見ても灼炎じゃない。

 俺たちの目の前にはどデカい城門が聳えていた。





 という訳で、早とちりでなんの心の準備もなしに王宮へ連れてこられた俺である。


「余もそなたに会えた事を嬉しく思う」


「勿体ないお言葉です」


 俺はアルドリック王に再び頭を下げた。


 此処、ノレシア王国。

 世界三大国の一角にして人間の王が統治する国。

 同時に、古の勇者が興した最古の国としても知られている。


 現国王であるアルドリック=A=ロートルシアは歴史と文化、そしてノレシアの大地に住まう国民を重んじる英雄王として名高い。

 その武勇は然ることながら、政治においては敏腕をふるうという。

 国内での略奪行為を許さず、「王の御膳たる豊穣の大地において、罪は居場所が無いだろう」とまで称される程だ。


 とまあ、語れば切りが無いアルドリック王の逸話な訳だが……。

 今回そんな大物に俺が何故謁見することになったのか。

 重要なのはそこである。


「アルドリックよ。形式挨拶はそれくらいでよかろう」


「ん? あぁ、そうだなロフ殿。さてでは改めて……ノラくん! よく来てくれた。旧友の子に会えてこんなに嬉しいことはない」


「は、はぁ」


 しまった。

 余りの変わりように気の抜けた言葉しか出なかった。

 目の前にいた威厳ある国王は一変、今は気さくでダンディなおじさんにしか見えない。


「知っていると思うが君の両親とは古い友人でね。しかし、今では立場上簡単には会えなくなってしまった。そこでどうだろうか、村でのふたりの事を話してはくれないだろうか」


 両親の村での暮らしぶりを話すくらい別に良いんだが、もしかして俺が今日ここへ連れてこられた用件はこれなのか?

 少し肩透かしを食らった感じがするが、何事もないならそれに越したことはない。

 俺は快く両親の事を語り始めた。


 俺の両親は元騎士だった。

 それも両親ともに王族直属近衛騎士。

 近衛騎士とは王国直属騎士団の中でも最上位実力者が極少数任命される超精鋭騎士である。


 そんな両親は若き日の国王に気に入られ、立場に胡座をかき実力の伴わない老騎士を決闘で打ち負かした事で近衛騎士としての立場を手に入れたそうだ。

 いわゆる裏口だ。

 だが、いくら老騎士と言えど最低限の実力は持っていたこと、そして人望の厚かった国王の推薦と言うことで事は大きくならなかったらしい。


 近衛騎士長だった父アインハード、そして同じく近衛騎士だった母リリィは英雄王アルドリックと共に戦時中数多の戦場を駆け、当時の敵国からノレシアの三傑と恐れられていたという。

 そんな華々しい功績を上げ騎士爵の地位まで手に入れた二人は活躍の全盛期真っ只中、突如近衛騎士を引退し隠居したらしい。

 そのせいで一時優勢だった戦争の戦況がひっくり返りかけたそうだ。


 この話は父が武勇伝として度々俺に聞かせてきた。

 いつ聞いても恐ろしい話だと思った。

 全く、せめて事前に国王には話しておくとか、戦争が落ち着くか終わるまでは近衛騎士を続けるべきだっただろうに……。

 因みにその後の戦争は母方の祖父である大賢者ロフことじいちゃんが尻拭いをして何とかなったらしい。


 じいちゃんって実は凄い人なんだよな。


「──それで父さんが母さんに大目玉を食らって、家族でご飯を食べてる中父さんはずっと庭で正座させられてたんですよ」


「ハッハッハッ! 何時までも変わらないなアインハードの奴は。リリィも手厳しいのは相変わらずだ」



コンコンコン



 ドアをノックした音が部屋に響いた。

 国王が「良いところだったのに……」と不満げに入室を許す。

 すると開いたドアの向こうからイケメンと何処かの職員らしき女性が入ってきた。


「む、戻ったかクルト。ギルドマスターも忙しい中よく来てくれた。礼を言う」


 イケメンとギルドマスターは国王に深々とお辞儀する。

 恐らくイケメンの方は王子だな。

 クルトと言えばこの国の第一王子にして、王国直属騎士団──ノレシア騎士団の現団長の肩書を持つスーパースターだ。


 そして、女性の方はノレシア王国公認冒険者ギルドのギルドマスターだろう。

 ギルドマスターなんて呼ばれ方をするのはその人以外にいない。

 その節はお世話になりました……。


「父上、少し厄介な事になりました」


 クルト王子の言葉に国王は渋い顔をした。

 何が問題が起きたんだろうか。

 王子も顔を渋らせているところを見るに、本当に厄介なんだろう。


「大方の予想はついている。話せ」


 大きなため息をつく国王。

 一方じいちゃんは予想の範疇とばかりに淡々と茶をすすっている。

 少しは空気読んだらどうなんだ……?


「レオが騎士訓練場へ向かい、その際僕にノラ君を連れてくるように頼んできたのです」


 おかしいな、今俺の名前が出たように聞こえたぞ?

 レオとはレオンハルト第二王子のことだろうが……レオンハルト王子が俺を呼んでる?

 そんなのなにかの間違いだろう。


 国王はなぜ俺に申し訳無さそうな顔をするんだ。

 やめてくれ、嫌な予感しかしない。


「たわけに付き合っている暇は無い。よって打ち合わせはレオ抜きで行い、事後報告とする。良いな」


「わかりました父上」

「私も異議はありません」


 打ち合わせか……どうやらここからが本題のようだ。


 国王たちは俺がこの打ち合わせを知っている体で話を進めているからいまいち全容が掴めないな。

 俺が睨むと、じいちゃんはわざとらしく口笛を吹いて誤魔化した。

 全く……国王の御膳なんだから今回ばかりは事前に情報共有をすべきだろうに。


「あー……アルドリックよ。その事だが、レオの身勝手に付き合ってからの方が円滑に話が進むかもしれんぞ」


 決まりかけていた流れにじいちゃんが水を差した。

 そして国王は疑問の表情を浮かべたのも束の間、ニヤリと笑う。

 国王の不敵な笑みとか怖すぎるだろ。


「すまないがノラよ。レオの身勝手にやってくれないか。表情から察するにロフ殿からは何も聞かされていないのだろう。訓練場への行きすがらにでもクルトに説明させよう」


 さすが国王、気づいてたのか。

 配慮が素晴らしい。

 じいちゃんはしらばっくれているが、それは後で対応することにしよう。


「わかりました」


 ひとまず状況を把握するためにも今は流れに身を任せるべきだ。


「ありがとうノラ君。それじゃあ訓練場へ案内するよ」


 どうやらクルト王子と二人で訓練所へ向かうらしい。

 なんでも他の皆は先に打ち合わせに目処を建てるんだとか。

 そして、俺はクルト王子から今に至るまでの経緯を簡単に説明を受けた。


 クルト王子は話してくれた。

 大賢者としてじいちゃんが国王から特別依頼を受けたこと。

 その際にじいちゃんがどうしても俺を同行させたいと駄々をこねたこと。

 するとあろうことか国王はその要求を受け入れ、今日その特別依頼の打ち合わせをする事になっていたらしい。


 なるほどな。

 じいちゃんがしらばっくれる訳だ。

 つまり、この意味のわからない状況は全てじいちゃんが原因と。


 自分の仕事をしている姿を俺に見せたかったのか、はたまた俺の冒険者としてのデビューに泊をつけたかったのか。

 いくら考えたところでじいちゃんの行動の意図はわからない。

 しかし確かなのは、俺はじいちゃんのおかげで何やら大事に巻き込まれたらしいということだ。


「それでね、特別依頼には弟のレオも同行する事になっているんだ。だから、レオはたぶん君の力を試したいんじゃないかな? 君の祖父であるロフ殿から再三君の話は聞かされていたようだし……ライバル意識があるのかもしれない」


 クルト王子は少し嬉しそうに笑った。


「なるほど……ご丁寧に説明ありがとうございますクルト王子」


 この件に関してはもう考えるのを止めたほうが良い。

 いくら考えたところでどうも労力の無駄な気がしてならない。


「フフッ、クルト王子なんて畏まらなくても大丈夫だよ。きみは父上の親友のご子息なんだから、気軽にクルトさんとでも呼んでおくれ。わかったかい? 英雄さん」


「英雄?」


「ん? あぁ……未来の英雄ってことさ!」


 困ったな。

 俺はそんな大層な器じゃないぞ。

 取り柄って言ったら身体が普通の人より少し頑丈で傷の治りが早いってとこだけだしな。


 とはいえ、王子直々に呼び方を指定されては従わないわけにはいかないのか……?

 まあいい、クルトさんの俺への評価は後々改めてもらうことにしよう。

 今はレオとかいうもう一人の王子の件をなんとかしないと。


 俺はクルトさんとの会話を楽しみながら訓練場への道のりを過した。



─王宮・屋内訓練場─



「待ちわびたぞ兄上! こちらの準備はもう随分前に整っていたというのに!」


 訓練場には俺とクルトさん以外に一人しか居ないから、今喋っているのがレオンハルト王子で間違いないな。

 というか、レオンハルト王子は国王に容姿が良すぎじゃないか?


「クルトさん、母親似なんですね」


「ハハッ……よく言われるよ。君の方は輪郭や鼻立ちこそ父親のアインハードさんに似ているが、目元なんかはリリィさんにそっくりだ」


 ……。


「兄上の隣にいる者よ。貴様がノラだな」


 お、今度は落ち着いてるな。

 一度叫んで気が済んだか?

 なら一応返事くらいしておこう。


「そうだ」


「ならば武器を取れ! いざ尋常に……勝負!」


 やっぱ撤回。

 この王子全然冷静じゃない。

 おいおい……俺は今丸腰だぞ!


「その決闘待った!!!」


 レオが俺に向かって走り出した瞬間、それを静止したのは国王だった。

 それにじいちゃん、そしてギルドマスターも居る。


「父上! 何故止めるのですか!」


 レオンハルト王子と違い国王は落ち着いている。


「ノラに武器を渡して居ないだろう。決闘をするのなら相手への敬意と配慮を忘れるな。そして、レオとノラの決闘は公平にギルドマスターに見届けさせる」


「っ! 俺としたことが……ノラよ、すまなかった」


 そこか……。

 もう戦うのは避けられなさそうだな。

 それにレオンハルト王子にも悪気は無いのはわかったし、ここは俺も大人らしく寛容に謝罪を受け取っておくのが相手への敬意と配慮だろう。


 クルトさんの言った通りレオンハルト王子は俺の実力を試そうとしていて、国王たちはそれに乗じて俺の実力を見定めるつもりなんだろう。

 正直なところ、幼なじみの女の子と互角の実力である俺がじいちゃんが上げに上げたであろうハードルを超えられる気はしない。

 だが保険がましい事をいくら言っても事の行く先は変わらない。


 まあ……どうせやるなら勝ちを狙おうか。


 訓練用の木剣を手に持ち、ギルドマスターの指示のもと指定の立ち位置に立つ。


「それでは御二方とも用意はよろしいですね。ではレオ様対ノラ様の決闘……──」


 訓練場内の空気が一瞬にしてヒリつくような緊張感に包まれる。


「──始め!!!」


 血糖の火蓋が切って落とされた瞬間、レオンハルト王子が咆哮を上げた。

 そして俺との距離を一気に詰めてきた。

 雑そうな性格に反して身のこなしに無駄が無い。


 ただ、無駄は無いが動きは直線的だ。

 この分なら大抵の攻撃は防げそうだな。

 そしてレオンハルト王子は息のつく暇の無い猛攻を仕掛けてくる。


 大振りの一撃一撃が剣身を伝って体に響く。

 捌ききれない程ではないが、これでは木剣が折れて負けてしまう。

 頭上右から振り下げられる強撃を、剣身を滑らせ受け流すことで負荷を軽減させる。


 少しこのまま様子を見よう。



キィーン! キィーン!



 なんというか……単調だ。

 さっきから策が全く感じられない。

 このまま力で押し切れる気でいるのか?


 最初は響いていた強撃の数々も、今ではほぼ剣身に負荷をかけることなく受け流せている。

 これはこの勝負もらったな。

 レオンハルト王子が剣を振り上げた瞬間、隙きをついて脇腹を打つ。

 レオンハルト王子はダメージこそ少ないものの、カウンターに驚き距離をとった。


「くっ……やはりこの程度では駄目か!」


 まじか、あれだけの猛攻の後に息切れ一つ無しとはな。

 これは体力勝負は分が悪そうだ。

 短期決戦に作戦変更しよう。


 地面を思い切り蹴り一気にレオンハルト王子との距離を詰める。

 そして先程打ちつけたのと同じ場所にもう一度剣を振る。


 もらった──


 突如、俺の視界が光で眩んだ。


「【火球(ファイヤーボール)】!」


「なに!?」


 魔法!?

 態勢を捻り間一髪躱しながらギルドマスターに視線を移す。

 そうか、ルール違反じゃないのか。

 なるほど、確かに俺たちは剣を持ったが魔法が禁止なんて言われていない。


 とんだ奇襲だ。

 なら俺も奇襲をかけさせてもらおう。

 体を捻った勢い利用し今度はレオンハルト王子の手首を狙う。


「なにっ!? ぐっ、舐めるな!」


 しかしそれはギリギリの所で防がれてしまった。

 ギルドマスターに目線をそらしたせいでタイミングが一瞬遅れたか。


 俺たちはきしり直しとばかりに同時に距離を取ると、膠着状態になってしまった。


「レオ! お前の力はそんなものか!」


 国王から野次が飛んでくる。

 すると、それを横目に見ていたじいちゃんが対抗して


「ノラは甘いのう。そんな軟な攻撃ではタフなレオはいつまで経っても倒せぬぞ」


 煽るじゃないか。


 だが確かに、さっきの一撃は当てられるものだった。

 攻撃が防がれたのは単に目線を外したからだけじゃない。

 俺は一国の王子に攻撃を与えることを躊躇したんだ。


 さて、どうしたものか……。


 レオンハルト王子を傷つけて勝利するのはあとが怖すぎてとても出来るもんじゃない。

 ならどうする。

 幸い剣術は俺の方が上の様だし、レオンハルト王子剣を弾くなりして戦意を削ぐか?


 この思案していた時間が命取りだった。


「どうやら近接では埒が明かないようだな……ならば! ハァアアアアア!」


 レオンハルト王子が更に距離をとると、あろう事か剣を両手から離したのだ。

 そして、両手に力を込め始める。


 しまった、魔法を使う気か!


 訓練場内はたちまち灼熱の様な暑さになる。

 まずい、レオンハルト王子の本業は魔法だったか。

 魔法発動までにはまだ猶予がありそうだが、どんな魔法が来るのかが不明な以上迂闊には動けない。


「馬鹿な、レオ! そんな魔法屋内で撃ったら──」


「まあそう早まるでない。この状況こそノラの真価を見抜くには丁度良いわい」


 クルトさんとじいちゃんが何か話しているようだが、ここからでは聞こえないな。

 国王とギルドマスターは何も言わず決闘を見つめている。

 まあ、大したことではないんだろう。


「決闘中によそ見など……その余裕が命取りだぞ! 【奥義・炎獅子の咆哮(ニーダーブレンネン)】!!!」


 瞬間、巨大な火属性魔法が視界を覆った。

 目くらましを兼ねた大規模攻撃か……!?

 いや違う単に魔法の威力が凄まじいだけだ!


 まともに食らったら無傷では済まないか……。


 刹那、俺は魔法へ剣を振り下ろす。


「【剣技・千日紅(センニチコウ)】」


 【剣技・千日紅】

 俺の生み出した剣技の1つ。

 極限に高めた集中力で、剣筋が軌道が残像として残る程素早く剣を振り抜き相手の攻撃を粉砕する。

 一連の動きはすべてが理にかなっており、じいちゃん曰くこれは一度見たら目に焼き付いて二度と忘れないとのこと。


 出来れば剣技は使いたくなかった。

 だが、相手が奥の手を使うのであれば、俺も使わなければ負けてしまう。

 全力を出さずに負けるのは一番あってはならない事だ。


 俺の斬撃は一瞬にしてレオンハルト王子の魔法を圧倒し、その衝撃波は勢いが失われることレオンハルト王子に直撃した。


「なに!? ぐあっ……!」



ドゴォオン!



「あっ」


 レオンハルト王子が凄い勢いで吹き飛ばされ背にしていた壁に激突する。

 いや、大丈夫。

 全力と言っても殺す気では振ってないし……木剣……。


 !?

 まじか、まだ立てるのか。

 これは長引いたら本当に一発貰いそうだ。


「すまないがしばらく寝ていてくれ」


 俺はレオンハルト王子との距離を詰め、剣を振り上げる。


「そこまで! この勝負、ノラ様の勝利です」


 剣を振り下ろす間際、ギルドマスターによって勝敗が決された。

 俺は木剣を手放し、膝をつくレオンハルト王子に手を差し伸べる。


「我の負けだ……」


 レオンハルト王子は悔しさに震えながら声を振り絞った。

 俺はそれを聞いてやっと緊張が解け、自然と表情が緩んだ。

 大した奴だ。


「いい勝負だった。楽しかったよ、レオ」


「む。我はこれでも王子なのだぞ?」


 レオは静かに笑い、差し伸べた俺の手を握った。


「素晴らしい決闘だった! ノラよ、話には聞いていたが想像以上だ。こんなあっさりレオが負けてしまうとは思わなかった。その実力恐れ入った」


 国王は大げさだな。

 まあでも、ひとまず期待には応えられたようなので一安心か。

 しかし、その隣で当然だと言わんばかりに鼻を高くしているじいちゃんには後で痛い目を見てもらわないとな。


「レオ。お前はいずれ兄と共に国を背負って立つ男だ。これをバネに更なる精進に励むのだそ」


「っ……はい!」


「よし、では決闘にも決着が着いたところでやっと本題に移れるな。手数だが皆もう一度応接室へ移動しよう」


 そうだった。

 本題はじいちゃんへの特別依頼の件だったな。





「それでは、今回の特別依頼についての打ち合わせを行います」


 応接室へ移動した後、ギルドマスターの進行で打ち合わせが始まった。


「特別依頼の内容は、迷宮の調査へ向かった冒険者たちの()()です」


 特別依頼という名に相応しい重要そうな内容に、俺は思わず固唾をのんだ。

 ギルドマスターが重々しい態度で話を続ける。


 迷宮とは、太古に突如出現したと言われる未だ謎の多い建造物だ。

 迷宮は世界に5つあり、内2つはノレシア王国領内に存在している。


 まあ、それはそうと少々引っかかることがある。

 「迷宮へ向かった冒険者たちの救出」という一見何の違和感も無い言葉。

 恐らく俺が冒険者についての知識がなければ、ギルドマスターの話を淡々と聞いていただろう。


 だが俺はフレナに武器を発注してから今日に至るまでの間、ソラから本を借りて冒険者についての大まかな知識を得ていた。

 だからこの字面の違和感には反応せざる負えなかった。


「救出とはどういうことですか? 俺の記憶では冒険者が迷宮に入る時は自己責任というのが鉄則と認識していますが」


 冒険者は迷宮の攻略に限って、原則全ての責任は自己責任となる鉄則がある。

 その鉄則は過去に起きた事件に由来する。

 大雑把に説明すると、迷宮の中で脱出困難となった冒険者パーティを救出する為に、有志で集まった数十人を超える冒険者たちが救出に乗り出したにもかかわらず、漏れなくその冒険者たちは全滅し、結局事の発端である冒険者パーティも帰らぬ人となったという事件。


「仰る通りです。しかし、今回は少し事情が違うのです」


「その説明は私からしよう」


 今までしかめっ面で黙っていた国王が口を開いた。

 ここで説明されるからには王国絡みのことだとは察していたが、国王直々の説明となると想定より重い事態なのだろうか。


「今回の件には私が関わっているんだ。私は年に一度ギルドを通して冒険者を雇い、王国領内にある迷宮の調査を行っていてるんだが、今回迷宮の調査へ向かった冒険者達が迷宮内部からの救難信号を最後に連絡が全く取れなくなってしまったのだ」


 国王は簡潔にことの経緯を説明してくれた。

 確かに国王が調査を依頼した冒険者が音信不通となれば、何もしないという訳にはいかないのだろう。

 因みに音信不通になってからは一週間が経っており、一刻も早い対応が必要とされているらしい。


 更に国王は、王都から程遠くない距離に存在する迷宮を定期的に調査することで民の不安を軽減しようとしていること。

 そして、毎回調査には高い実績の持つ冒険者のパーティが複数雇われることを説明してくれた。


「話はわかりました。ただ……それはもう亡くなられている可能性もあるって事ですね?」


 言いたくはないが迷宮で一週間も音信不通となれば、生存は絶望的だろう。

 俺の言葉にはさすがの国王も静かに唸る。

 室内に沈黙が流れる。


 その沈黙を破ったのはギルドマスターだった。


「例えそうであっても、今回の件は国王からギルドを通した正式な依頼であり、個人としての自己責任の攻略とは事情が違うため安否の確認を行わなければならないのです」


 ギルドマスターは歯を食いしばるように言う。

 よく見るとギルドマスターの目元にはクマが出来ている。

 相当責任を感じているのだろう。


「うむ。つまり王国屈指の実力者たちを救助できる人材は限られているから儂を頼ったと。これはノラを推薦して正解だったぞい」


「全く持って同感だ。ノラ君は想像を遥かに超えていた。依頼をこなすには十分な実力だろう」


 買い被り過ぎな気もするが、じいちゃんのサポートという点に置いてはあながち間違ってないかもな。


「話はわかりました。しかし他の人材はどうするんですか? 意図を察するに少数精鋭を望んでいそうですが、流石に俺とレオを含めた3人では厳しいかと」


「私が同行します」


「!?」


「ふふっ、驚いているようですね。安心してください。これでも私は元Sランク冒険者ですから、足手まといにはなりません」


 いや、そこじゃない。

 ギルドマスター直々にと言うことはその間ギルドはトップが不在ということだろう。

 それはまずいんじゃないか?


「私は現在実務は担当していませんので数日ギルドを空けるくらい問題ありませんし、その程度で問題が起きるようならそれまでです。そして、今回の責任の一端は私にあるので私は責任を持って依頼に同行させていただきます」


 まるで心を読まれているかのように俺の疑問は打ち消された。

 国王やじいちゃんは何も言わないところを見ると、心配はいらないという事なのだろうか。

 なら俺がこれ以上口出しすることじゃないみたいだな。


 その後色々話あった結果、



 出発は今日になった。

 聞いたときは耳を疑ったが、状況の深刻さを考えれば寧ろ遅いくらいだ。


 それにレオは行かないとか言い出すし大変だった。

 結局メンバーは俺、じいちゃん、ギルドマスターの3人。

 時刻は正午、迷宮の入り口に集合することになった。


 食料や治療ポーションなどは政府側が既に用意してくれていており、俺たちはそれを受け取り次第一旦解散になった。


 各々準備を整え現地集合。

 となれば俺が取るべき行動は……





─東区・商店街─



「き、着心地はどうでしょう……」


「最高です。とても防具とは思えない程に動きやすいです」


 俺はひとり冒険者専門の仕立て屋に来ていた。

 店員は俺の言葉を聞いてまるで命の危機を回避したように安堵している。


「こちらはあの『灼炎』から提供して頂いた希少鉱石、ヒヒイロカネの魔鉱石を私達の独自製法で繊維状に加工し編み込み仕上げたノラ様専用の衣類系防具でございます。着色はロフのご要望でした」


 今の説明を聞いて尚普通の服か疑ってしまう。

 ん? 着色……? まあいいか。


「ありがとうございます。この店で仕立ててもらえて良かったです」


「とんでもありません。大賢者様に多額の前払金を頂いたからこそ出来たことです。我々としても貴重な体験をさせてもらって感謝しています」


 この後数分感謝の言い合いになり、最終的に俺が折れた。

 それはそれとして、じいちゃんには特に感謝しなくては。

 今日の迷惑は目を瞑ることにしよう。


 じゃあ、次に行くか。





 俺は『灼炎』に入店する。

 すると、エルドウィンさんが威勢のいい声で出迎えてくれた。


「よく来たなノラ! フレナは工房に居るからそこへ行くと良い。例のものが仕上がっているぞ」


 エルドウィンさんに促され工房に立ち寄ると、


「あ! よく来たねノラ!」


 デジャヴか? さっきも見たなこの対応。


「じゃあこれ。全力で暴れといで! 必ず期待に応えてくれるよ!」


「あぁ、本当にありがとうな。今度改めてお礼する」


「そんなのいいって。私は好きに武器を仕上げられて満足してるんだから。ほら、急いでるんでしょ? 突っ立ってないで早く行きなさい!」


「そうだな。またな、フレナ」


「うん、またね。何かあったら遠慮なく連絡してね!」


 急ぎの用があるからとダメ元でフレナに連絡してみてよかった。

 駄目なら父さんの剣を使おうとは思っていたが、せっかくの初陣だから俺の装備が完成しているならそれが一番良い。


 まだ刀身も抜いていないこの刀。

 全身が重厚感のある黒で装飾されている。

 フレナの言っていた通りきっと俺の期待に応えてくれるのだろう。


 まずいな。

 これから深刻な事態の対処をしなければいけないのに、胸の高鳴りが止まない。

 そうだな……名刀には名前が付くこともあるそうだし、この刀は名刀に違いないから名前でもつけとくか。


 この刀にはヒヒイロカネが打ち込まれているよな。

 ヒヒイロカネは確か世界で一番強固な鉱石だ。

 そして刀にセイバーのような名前は合わないだろうし……よし決めた。


 この刀の名前は黒金丸だ。



─王都近郊・迷宮前─


 約束の時間。

 俺はじいちゃんと合流し、無事迷宮前へ到着した。

 道中じいちゃんが「儂のバウムクーヘンが……」と小声で呟きながら落ち込んでいたのは、気づかないふりをしておいた。


 今重要なのは迷宮だ。

 迷宮からは得たいのしれない不気味さを感じる。

 半端な人間ではすぐにでもこの場から逃げ出してしまいそうだ。


 しかし魔道具とは便利なものだな。

 いくらここが王都近郊だとはいえ、それなりに距離はあるにも関わらず一瞬で移動できるとはな。


「お、ギルドマスター様もご到着じゃな」


 っ!

 空から光が迫ってくる。

 端からはこんな風に見えてるのか。


「すみません、お待たせしてしまったようですね。では早速ですか参りましょう。事は一刻を争います」


「うむ! 気を引き締めて行くとしよう」


「あぁ……勿論だ」


 此処からは命の保証は無い。

 そしてどうか無事でいてくれ……!

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