N-3 少年、少女と出逢う
「……く来た……! お前……ラ……!」
待ってくれ、今ちょっと鼓膜が行方不明なんだ。
あーーー揺らすな揺らすな。
ちょ、本当に吐きそう……。
…
「いやぁ悪かったな。つい興奮してしまった」
「いえ……ちょっとびっくりしただけなので大丈夫です……」
今俺の目の前でヘラヘラしている男は、どうやらこの鍛冶屋の店主のようだ。
おかしいな……確かじいちゃんが呼んだエルドウィンなる人物は相当な歳だと聞いている。
けどその名を呼ばれて出てきたのは渋めの中年男性位の相貌をしたおっさんだ。
「何だ坊主。この筋肉が気になるか?」
「ボケるのも大概にせんか。お主が実年齢よりも若く見えすぎて困惑しとるんじゃよ」
全く持っておっしゃる通り。
てか、本当に鍛冶職人か? どう見たってそこ等の冒険者よりは迫力あるぞ。
じいちゃんの周りには常識ってものが無いのかよ。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はエルドウィンだ。一応王都1の武器職人として名が通ってる」
「ノラです。祖父がいつもお世話になってます」
王国一番の武器職人エルドウィン。
確か彼に今依頼をすると、完成する頃にはあの世行きと言われるまで予約が溜まってるんだっけ。
あれ、そういえば俺たちが来たのって……
「じゃあ話しておった件なんじゃが、何とかなりそうか?」
「もちろんだ。お前がノラの事をしつこく熱弁してきたおかげでこの状況は予想できたからな」
これはあれだな、疎外感だ。
俺の装備の話をしているのは分かる。
けど話がトントンに進みすぎて状況にまだ馴染めてない。
「おぉ、流石じゃな。では早速話を詰めていこうではないか」
「そうだな。では……フレナ! 来い!」
誰だ?
出来ればこれ以上登場人物を増やさないでほしいんだけど……。
まあいいや……今は流れに身を任せるのが得策そうだし。
エルドウィンがフレナという人物を呼ぶと、少しして店の裏から女の子が出てきた。
歳は同じくらいだろうか。
背は俺と同じくらいで女性にしては少し高く、肌は薄く褐色で少し色っぽい。
「なーに? お祖父ちゃん」
「おう来たか。フレナ喜べ初仕事だぞ!」
「えっ、本当!? やった!」
エルドウィンの言葉に飛び跳ねて喜ぶフレナ。
初仕事って事は俺の装備を作ってくれるのはこの子ってことか?
すると、じいちゃんが口を挟む。
「おいエルドウィン。お主が手を付けてくれるんじゃないのか」
「生憎だが俺はそんなに暇じゃない。だが安心しろ、腕はこの俺が保証する。なんせ俺の孫だからな!」
「ほう、お主もとうとう世代交代を考え始めたか」
「ふん。言っとけ」
「ではノラよ。そういうことらしいので儂らはここで世間話でもしてるから、後の事はフレナとするがいい」
「あ、うん」
あ、丸投げ……?
それは随分無責任じゃないか。
って、俺たちを放っておいて世間話を始めないでくれ。
「えっと、あなたはノラくんだったっけ……。とりあえず工房行こっか……?」
「あ、あぁそうですね……」
戸惑いは抜けきらないが、俺たちも動かないと状況は変わらない。
あの無責任大賢者め、後で覚えておけよ……。
俺たちはひとまず工房へ移動した。
…
「まずは武器からね。ノラくん、あなたの希望を聞かせてくれる?」
早速だな、まあそれが目的だし当然か。
希望か、使える武器であれば何でもいいが流石にそれでは漠然としすぎて失礼だよな。
というか、武器なら俺は父さんのがある。
「そうですね。武器に関しては父から譲ってもらったものがあるので、暫くはそれで事足りるかなと思ってるんですよ」
「そうなの? あぁその手に持ってる剣の事ね。ちょっと見せてくれる?」
俺は快く承諾した。
フレナは父の剣をまじまじと観察すると、何やら渋い顔をし始めた。
「これは駄目ね。魔剣として完成してる」
「魔剣? というか、完成してたら何か不都合でもあるんですか?」
「不都合なんてものじゃないわ。うーん……見たところノラくんはそういう知識に疎いみたいだし、この際だから簡単に説明してあげる」
「ど、どうも」
魔剣か……俺は魔法が使えないから学ぶのを早々に放棄したんだよな。
実は魔法に関する事においてはサラよりも無知だったりする。
まったく、同年代から基礎知識を教わることになるとは情けない。
「この剣は一級品よ。多分貴方のお父さん相当な使い手だったのね。ただ、いえだからこそノラくんにこの剣は扱えないわ」
父さんは確か元ノレシア騎士団の副団長だったらしいからな。
剣も良いものを使ってたんだろう。
「それは俺が実力不足だからですか?」
「いいえ、そんな事は関係ない。問題は魔鉱石ね」
「魔鉱石……」
ちょっと黙ろう……。
「魔鉱石っていうのはね──」
フレナの話は長かったから要約してみよう。
まず、最初に説明されたのは魔鉱石についてだった。
魔鉱石とは魔力に適応した鉱石のことらしい。
魔力はこの世のあらゆる物に干渉し影響を与えられる。
だが、鉱石は物質としての純度が高い為に他の物よりも魔力の影響を受けづらいらしいのだ。
簡単に言えば鉱石を魔鉱石にするには膨大かつ良質な魔力が必要ってことだな。
その代わり、魔鉱石は鉱石とは比べ物にならないほど頑強で美しいらしい。
現代の技術では人工的に製造することが現実的ではない魔鉱石。
そんな希少な物を使用し鍛えられる剣が魔剣と呼ばれる。
これが通称真魔剣。
はい、ここで突然出ました真魔剣。
これは次に説明する魔法剣と呼ばれる魔剣と区別する為の言葉だ。
まあ、大抵の人は魔剣と一括にするらしいけどな。
魔剣とは、自身の魔法を増強すると共にマナに対する耐久度に特に秀でた剣のことだ。
真魔剣と魔法剣の違いは根本的な素材とそれに伴う性能の格。
真魔剣が魔鉱石を素材にしているのに対して、魔法剣は魔法石を核に製造しているらしい。
魔法剣は柄の部分に魔法石を埋め込み、剣身に緻密な魔力回路を刻むことで真魔剣と同質の能力を獲得することに成功したらしい。
そして魔法剣に刻まれた魔力回路は使い込まれ潰れるにつれて魔力浸透率を上げ性能が上がるという。
難点と言えば、真魔剣には性能で遠く及ばないと言ったところだろうか。
実際のところ製造に時間がかかり量産ができず高価になりがちな真魔剣よりも、量産体制が整っており比較的安価での取引が可能な魔法剣の方が流通しているらしい。
ただ、それでも一流の職人が鍛える真魔剣の方が優れているからそれを求める者も多く、棲み分けは出来ているんだとか。
俺はここまでで若干説明に飽きた。
「それで結局魔剣が完成されてるって……」
嬉々として知識を披露していたフレナは我に返ったような表情を浮かべた。
それから少し恥ずかしそうに、
「ゴホン。魔法剣の完成は詰まるところ回路が完全に潰れた時なんだけどね、真魔剣の完成は持ち主の属性が宿ることなの」
なるほど……?
「つまりはどういうことですか?」
「この剣は見たところ風属性と光属性が宿っている。ということは、それ以外の属性を付与できないってことなの。真魔剣は一度属性が宿ると、宿った属性以外は反発してしまうのよ」
そんな厄介な性質があるのか。
魔法……いや、魔力は奥が深い。
しかし、俺には魔法の才能がないからな……。
「言いたいことはわかりました。けど、やっぱりオレは父の剣で十分ですよ。俺は魔法が使えませんから」
「んー、でも使えるようになったら困るかもしれないでしょ? それにせっかく冒険者になったんだから、自分の武器くらい持ってなきゃ!」
「……そうですね」
魔法が使えるようになったら……か。
こっちは割と悩んでいるのに簡単に言ってくれる。
それに魔法を使えないことに突っ込まないなんて、フレナは変わってるな。
「よし! じゃあ話は戻るけど、ノラくんの希望を聞かせてほしいな」
「そうですね……今までは片手剣を使っていたので、片手剣かそれに似た武器が好ましいですかね」
女の子は俺の返答に黙ってしまった。
まだ漠然としすぎていたか、申し訳ないな。
「……そういえばさ、ノラくんって何歳?」
唐突だな。
何か関係があるんだろうか。
「15歳ですけど」
「えっ、なんだ同い年じゃん! もう、敬語なんて使うから変な緊張しちゃった。同い年ってわかったからには気楽にタメ口でいこう!」
「あ、あぁわかった」
歳は近いと思ってたけど同い年とは思わなかった。
そうと分かれば相手が望んでるんだし敬語で話す必要はないか。
「じゃあまた話を戻しまして……ノラは片手剣以外の武器は使った事ある? ほら、大剣とか双剣、鞭とか弓とか……」
「殆ど無いね。両親が元王国騎士だったから、最初に稽古をつけられたときから片手剣を使っているんだ」
「なるほど。なら無難に行くなら片手剣が良いのかな……ちなみに片手剣を使っていて不便なことは無かった?」
不便なことか。
特段困ったことはなかった気がするけど……あぁ、1つあった。
「あー、剣身がすぐ使い物にならなくなるのは不便だったよ」
フレナの表情が一瞬渋ったように見えた。
それもそうか。
鍛冶職人にとっては武器の消耗が激しいことは喜ばしくは無いだろう。
「うーん大体わかった。ひとまずここにはいろんな武器があるから、片っ端から感触確かめてみよう。もしかしたら片手剣よりも相性の良い武器が見つかるかも」
それだと希望を聞いた意味が無くないか……?
いや、けど確かにそれは良いかもしれない。
片手剣よりもしっくりくる武器が見つかるならそれに越したことはないしな。
フレナに促されるがまま、俺は主に片手剣に用途の近い武器の感触を確かめた。
結果、正直どれでも良いという感想に落ち着いた。
強いて言えば双剣、大剣、刀の3つが片手剣と同じくらい使えそうだったかな。
そして一連の流れを含め散々悩んで気づけば1時間が経っていた。
「ノラ。あなたの武器は刀に決まったわ」
うーん。
何故?
正直刀は一番無いと思ってた。
フレナは俺が刃こぼれが気になるって話していたことを忘れているんだろうか。
「刀……どうしてまた」
「私が打ちたいから!」
そっか。
なら刀にしよう! ……となるとでも思ってるのか?
アホなんだろうか。
「だってノラはどれ触っても変わりなさそうな反応だったしー……それなら私の打ちたい武器で良いかなって。その方が気持ちも乗るし良い物が作れるかもしれないじゃない?」
お、おぉ……なんと清々しい言い訳だろう。
刀って確か遠い国に伝わる伝統的な剣だったよな。
製法が複雑って聞いたことあるし挑戦したいんだろう。
初仕事でそんな難易度の物に手を付けて良いのかは……まあいっか。
「良いよ。刀で」
「おねがい! 何でもするから……え?」
「だから良いよって。フレナが刀を打ちたいんだろ? 幸い俺には拘りがないから折角ならフレナの好きなようにすればいいよ」
それにまず断る理由もないからな。
むしろ話の落ち度頃を出してくれて助かったくらいだ。
「あれ、おかしいな……私はノラが輝いて見えるよ」
「それに何でもしてくれるらしいしな」
「ゔっ……わ、わかった」
フレナは一息呼吸を落ち着かせると……
「ありがとうノラ! 必ず最高のを仕上げてみせるね!」
フレナが勢いよく抱きついてきた。
おい、何の為に一息ついたんだ!?
てか力強……
「わ、わかったから離れてくれ。フレナの家族はみんなスキンシップが好きなのか?」
「もう、女の子に抱きつかれたんだから素直に喜べば良いのに」
「はぁ……」
その後俺たちは武器のより詳細な構想を話し合ったり、世間話を交えたりした。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていった。
─数時間後─
「よし、じゃあ私はしばらく作業に籠もるね。何かあったらここに寄ってくれればすぐ対応するよ」
正直最初はどうなることかと思った。
だが、終わってみれば武器は決まったし、フレナとは打ち解けられた。
これもじいちゃんのお陰ってか?
フッ……
……なんか癪だな。
「ありがとな」
俺はフレナを抱き寄せた。
「えっ、なに!?」
「さっきのお返しだ。さて、そろそろ戻ろう」
「あ、はい……」
思ってたより話し込んだせいで結構待たせてしまった。
工房に差す日差しがいつの間にか赤みを帯びていた。
早く帰らないとサラがぐずり始めて面倒くさいことになりかねない。
店奥の工房からじいちゃん達のもとへ戻ると、丁度世間話に落ちがついたところだったらしくそのまま解散の流れになった。
「じゃあノラ。武器が完成したらロフに連絡を入れるから、1〜2週間くらいを目安に気長に待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「それでは失礼するぞい」
エルドウィンさんとフレナは店の前まで見送りに来てくれた。
「ノラ。またね」
夕日のせいか、フレナの顔が心なしか赤く見える。
「あぁ、またな」
こうして『灼炎』を後にした。
「そういえばフレナ、お前同年代の友達が欲しいって言ってたよな。ノラとは友達になれたか?」
「おじいちゃんのせいで恥かいた……」