N-2 灼炎の鍛冶職人
ノレシア王国には2つの正義が存在する。
一つは王政直轄の軍事組織であり、国の平和を守る為に正義を貫くノレシア騎士団。
そしてもう一つは、民衆の平穏を守る為に正義を掲げる冒険者ギルド。
両者は時に衝突はあれど、この数十年互いを補うように協力関係を築いているらしい。
とまあ、これ以上は割愛するとして……
騎士と冒険者は度々比べられる関係にある。
今は夢見る子供たちの将来なりたい職業ランキングの2トップということでピリついているらしい。
主に野次馬がだけど。
まあ、俺は冒険者になるよ。
理由は簡単。
俺が騎士にはなれないからだ。
絶対なれない訳じゃないが、騎士になる為には原則6年以上の専門機関での教育が義務付けられている。
だから暇を潰しながら小遣い稼ぎをしようなんて腑抜けた魂胆の俺ではとてもなれるものじゃない。
そもそも猶予が半年もないんだからそれだけで選択肢の外だ。
それに比べて冒険者は冒険者ギルドに所属するだけでいい。
うまく行けば1日で手続きが終わる。
俺にとってこんな適職は他にないのだ。
という訳で。
善は 急げと言うし、 早々に冒険者ギルドの本部へ手続きしに行こう……
と思っていたら、外出直前じいちゃんに見つかった。
「げっ……」
俺は思わず苦い声を上げる。
「なんじゃ? そんな都合の悪い顔をして」
そりゃあ悪いに決まっている。
じいちゃんは孫煩悩だ。
そんな人に、俺がじいちゃんと同じ冒険者になろうとしてるなんて知られたら大騒ぎされるだろう。
しかもじいちゃんは冒険者の中でも大賢者と呼ばれ別格視されている国の英雄だ。
冒険者になろうとする俺、大賢者であり子煩悩なじいちゃん。
こんなに相性の悪い組み合わせはない。
せめて、せめて冒険者になるまでは穏便に行きたいんだ……。
「いや、ただ散歩に行こうとしてただけだよ。じゃあすぐ戻るから……」
「待て」
「な、何?」
「冒険者ギルドの本部には儂も連れて行った都合が良いぞい?」
このじいちゃんのしたり顔は金輪際忘れない。
─冒険者ギルド・本部─
「すみません、冒険者になる為の手続きをしに来たんですけど」
俺は受付嬢に話しかけた。
「畏まりました。それではこの用紙に必要事項をご記入ください。」
後ろでじいちゃんがウズウズしているのが気になって仕方ない。
「その後は情報の整合性の確認などが取れた後、担当の者が早ければ今日中、遅くても一週間以内にギルドカードと必要書類をお届けに上がります。最後になりますが、犯罪歴や過去に登録抹消の経験がある方に関してはその限りではありませんのでご了承くださいね」
なるほど、ちょっと聞いてなかった。
まあ、事務的対応だろうしいいか。
「その手続きの事なんじゃが……儂の孫でも必要かのぉ?」
あぁ……。
「大賢者様!? えっと……ただいまギルドマスターに連絡を取りますので少々お待ち下さい!」
受付嬢が慌てだしたことで、ロビー全体の注目がじいちゃんに集まった。
ザワザワ……
そうだよな、ただ付いて来るだけで済むわけなかったんだ。
そのドヤ顔やめてくれない? 無性に腹が立つんだけど。
後ろで見知らぬ人に「あれ、わしの孫」って言ってたの聞こえてたからな。
「大賢者様。ギルドマスターが代わってほしいと……」
受付嬢が恐る恐る通信具を差し出してきた。
そりゃそうだ。
いくら何でも手続きをすっ飛ばすなんて冒険者ギルドの沽券に関わるだろう。
こんなに出しゃばってくるなら力尽くでも一人で来るんだったよ。
「代わったぞ。久しぶりじゃのぉ儂が王都に戻ってきた以来だったか……この前話した……そうそううちの孫がの……うむ、よろしく頼む」
どうやら要件を話し終えたらしい。
そしてじいちゃんは通信具を受付嬢へ返すと、
「よし、1時間後に出直すぞい。ギルドマスターが手を回してくれるそうじゃ」
そうですか……。
じいちゃんの求めている反応は分かってる。
よし、ここはなるべく平静を保とう。
「そう、わかった」
「え、ノラ? 儂結構凄い事したと思わぬか。ノラよ、おーい……──」
…
「ノラお兄ちゃん! 大変だよぉ!」
広間でくつろいでいると、サラが大慌てで駆け寄ってきた。
またか……。
こういうとき、サラの発言は決まってる。
「今日のお菓子が無くなっちゃったの! さっきまでは確かにあったのに……これは誰かの陰謀に違いないよ!」
はい出ました。
私はお菓子をつまみ食いしました宣言。
確かに陰謀には違いないな。
お菓子をつまみ食いした癖に、昼に食べる自分の分が欲しくて俺から搾取しようとしているんだから。
普段なら妹のねだりを無碍にするほど幼稚ではないが、俺が退院した翌日からこれとは頂けない。
え、なぜ俺が知っているかって? それはソラから被害報告を大量に受けているからだよ。
俺が退院したらサラが標的を変えるかもと前もって言われていたんだ。
じいちゃんが居れば新しいお菓子を用意してくれたんだろうが、そのじいちゃんは野暮用とかでさっきイソイソと出掛けていった。
となればここは一つお灸をすえておこうか。
いつまでも甘やかしていても将来に悪影響だしな、うん。
「ナンダッテー!? ソレハタイヘンダ! それで、今日のお菓子は何だったんだ……?」
「んーとね、バウムクーヘンだったよ!」
嘘だな。
サラ、俺は実は知っているんだ。
今日のおやつが俺の大好きなザッハトルテだということをな!
ん? 何故かって? まあそれは良いだろ……。
※ノラは朝食後匂いに釣られて確認済みである
「それでバウムクーヘンは何処にあったんだ? 現場を確認したいから連れてってくれ」
「え!? えっと、わかった……」
あぁ、渋い顔をしてらっしゃる。
あからさまに渋い顔をしてらっしゃる。
だがそんな顔をしても無駄だ。
誰かさんの陰謀はしっかりと暴かせてもらおう。
…
台所につくと、サラは露骨にあたりをキョロキョロし始めた。
さて、サラがどうするのか見ものだな。
「こ、ここにバウムクーヘンがあった筈なんだよ!」
しばらくキョロキョロしていたサラだったが、やがて動きを止め諦めるように思い切り下の戸棚を開けた。
そしてそこには目を疑う光景があった。
「馬鹿な、本当にあるだと……!?」
そんなまさか……今日のお菓子は上の戸棚にあるザッハトルテの筈だ!
実際今もほのかにカカオの香りを感じるのだ。
第一サラも上の戸棚を気にしていた。
だが、事実サラが開けた戸棚には確かにバウムクーヘンが保管されている。
ではこれは何か。
あ、そういえばバウムクーヘンはじいちゃんの好物だったな……。
「ね? 一人分しかないの。おじいちゃん用かなと思って他の棚も確認したんだけど、無かったから絶対ここに人数分あったと思うの。このままじゃだれか一人しか食べられないよ……」
勝ちを確信したサラの舌は回る回る。
そして饒舌で話し終えたと思ったら、今度はオレを上目遣いで見つめてくる。
嘘に嘘を重ねるとは、罪深いぞサラ。
バウムクーヘンはじいちゃんの好物であり、それが一食分丁寧に戸棚を分けて保存されている。
つまり、バウムクーヘンはじいちゃんがこっそり一人で楽しむためのものに違いない。
ふむ……。
我ながら名案が浮かんだ。
「そうだな。ここは兄としてバウムクーヘンはサラに譲るよ。じいちゃんには俺から伝えておく」
バウムクーヘンはな。
「やったぁ! ノラお兄ちゃん大好き!」
「で、その口についてるチョコはなんだ?」
「ふぁっ!? しまった!」
「はい、有罪」
「○△$#□●%&¥☆?!」
墓穴を掘ったサラは言葉にならない叫び声を上げた。
パチン
指を鳴らすとソラが現れ、慣れた手付きでサラを拘束する。
「程々にな」
サラを説教する為、自室へ連行していくソラに耳打ちする。
するとソラは笑顔で、
「大丈夫だよ。少しお話するだけだから……」
と言っていた。
だけど目が笑ってなかった。
サラよ、達者でな……。
「帰ったぞ!」
そして俺は帰宅したじいちゃんと共にもう一度ギルド本部へ向かうのだった。
…
「それではノラ様。こちらが冒険者の証であるギルドカードと、それに伴う必要書類でございます」
俺は受付嬢からそれらを受け取った。
どうやら手続きはすっ飛ばしたんじゃなくて、してあったらしい。
じいちゃんは無責任にも俺が冒険者になると随分前からギルドマスターに話をしていたらしい。
まったく勝手な人だ。
「それでは冒険者として活動していくに当たっての重要事項をいくつか説明させて頂きます」
「はい。お願いします」
俺の返事を待ってから、受付嬢は書類に沿って語り始めた。
「まず、依頼に関しては冒険者ギルド集会所にてのみ受諾可能です。集会所以外での依頼に関しては、ギルドは一切の関与をしていません。よって所謂個人依頼に際し生じるトラブルにはお気を付けください」
逆に言えば集会所で受けた依頼に関してはギルドが責任をとってくれるということだな。
集会所を通した依頼なら、依頼主は達成報酬を拒んだり下げたりはできないし、冒険者は依頼を誤魔化すことはできない。
これは安心のシステムだな。
「また、命の危険が伴う依頼に関しましては原則自己責任となっておりますので、受諾を考える際には慎重に判断する事を推奨いたします」
実に冒険者らしいルールだ。
冒険者の敷居が低いと言われる所以はここにあるんだろう。
確か依頼期限が過ぎてから消息不明状態が一定期間続くと殉職として処理されるんだっけ。
「しかし、いつの時代にも無謀な者はいる者です。力を試したい、名を挙げたいという野望に惑わされ実力に見合わない依頼に命を落とした冒険者は少なくありませんでした。そこで近年当ギルドは他国の技術者との共同研究を重ね、その成果として新たなシステムを導入致しました」
他国か……どこの国と共同研究してるか気になるが秘匿義務もあるだろうし教えてはくれないだろうな。
まあ、北のアーストリア王国か西のグリンブルク王国あたりだろう。
あそこはノレシア王国と同じく人間の王が治める国だからな。
「新たなシステム。それはギルドカードに内蔵された生命コードと、冒険者の階級制度です……──」
ちょっと話がハイテクになってきた。
この話は後でまたゆっくり確認しよう。
いや、別に1回じゃ理解できないとか、話を聞くのがだるいとかじゃないからな?
「──以上で説明を終了させていただきます。それでは最後に……ノラ様、ギルドカードに魔力を流してください」
そう来たか。
実は魔法苦手なんだよな。
でも魔力を込めるだけだし……魔力がないわけじゃないし……
ヴゥーン……
ダメもとで魔力を込めようと力を入れて見ると、ギルドカードは一瞬鈍く光った。
良かった、反応があるってことは成功したみたいだ。
「おめでとうございます。これで生命コードが起動されました。そしてノラ様は今を持って冒険者と認められました! 今後の活躍をお祈り申し上げます!」
「イエス!!!」
突然じいちゃんが隣で叫んだ。
びっくりした。
なんだよじいちゃん。
急に大声出さないでくれ、驚いて喜びそこねたじゃないか。
俺は今からこのギルドカードに内蔵された生命コードが途切れるまで冒険者としての活動を許された。
生命コードが切れるときはギルドカードが失効されるとき、つまり引退とか死ぬとかそういうときらしい。
仕組みは説明されてもピンとこなかったけど、ギルドの技術が進んでるのだけは分かった。
さて!
なにはともあれ俺はこれで冒険者だ。
この後はすぐにでも活動に必要なものを買いに行こう。
出費はじいちゃんが負担してくれるらしいし、贅沢はせずとも必要なものはどんどん買おうと思う。
俺は意気揚々と本部を後にした。
「よし。では行くとしようかのう!」
「え?」
「え? じゃないわい。これから必要なものを買いに行くんじゃろう? まさか儂が金を出すのに一人で行こうとしてたんじゃあるまいな」
あ、そっか……。
そう……だよな。
そりゃあじいちゃんも一緒だよな……。
─東区・商店街─
「まずは鍛冶屋に行くぞい!」
「鍛冶屋? 武器だったら職人ギルドで目星をつけてからの方が……」
「儂は大賢者じゃ。王都で一番の職人くらい知っておる」
「なるほど……」
これはあれだな。
冒険者登録の時と同じ流れだ。
どうやら俺は孫煩悩な大賢者のおかげで普通のスタートは切れないらしい。
若干の喪失感を抱えてじいちゃんの後を歩いていると、いつの間にか目的地に着いていた。
店頭大きく『鍛冶屋 灼炎』と書かれた看板を構えた鍛冶屋。
何処となく敷居の高さを感じる。
「そうだノラよ。先にこれを渡しておく」
じいちゃんは突然一本の剣を渡してきた。
「……! これって」
「とりあえず渡しておこうと思っての。あやつにはもう必要ないものじゃからな」
手渡されたのは父さんの剣だった。
必要ないってどういうことだ?
というか父さんの剣があるなら武器は調達しないのか。
ちょっと残念だな。
カランカラン……
「来たぞエルドウィン!」
じいちゃんが来店早々大声を響かせる。
「ちょ、店でいきなり大声は──」
「待っていたぞ!!!」
キィーーーン……
じいちゃんのそれを遥かに上回る大声が俺の言葉を容易にかき消した。
耳がぁ……
そして俺たちの前に出て来たのは、筋骨隆々の大男だった。
2021/2/18 大きく修正致しました。
2021/10/01 同じく大きく修正致しました。