N-1 目が覚めたら王都だった件
「おはよう」
誰かの呼ぶ声がする。
声が聞こえた方を見てみると、そこには青空を背に俺の顔を覗く幼馴染みのマリアがいた。
「あぁ、おはよう。マリア」
やあ、俺はノラ。
もうじき成人を迎えるしがない村人だ。
今は村外れの丘で楽しんでいた昼寝を幼馴染みに邪魔されたところさ。
ところで、今マリアは至極不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
おかしいな、その顔をしたいのは俺の方だと思う。
だってそうだろ? 人がせっかく気持ち良く眠っていたっていうのに、それを邪魔されたんだから。
まったく……どうして眉間にシワなんか寄せてるんだ?
心当たりが無いな。
そんな怖い顔をしていては村一番の美人が台無しだぞ。
マリアは俺のとぼけ顔を見るやいなや、
「そのわざとらしい顔やめて。ノラ、あなたもうすぐ成人するっていうのにいつまでそんな気の抜けた生活続けるつもりなの? 少しはソラの真面目さやサラの活発さを見習いなさい」
同じような小言を言われ続けて数年、流石に飽きた。
マリアは一々弟妹のことを比較に出すが、みんな違ってみんな良いではだめなんだろうか。
弟には弟の、妹には妹の良さがあるんだし。
な? だから俺には俺の良さがあるってことにならないかな。
まあそんなことを言ってもマリアの口煩さが増すだけだから言わないけど……
「別に良いだろ。俺は村の皆と笑い合いながらのんびり生きていくのが性に合ってる」
「はぁ……その考えを駄目とは言わないけど、仮にも元王国騎士を両親に持つ男でしょ。王都で名を上げようとか、そう言う野心の1つや2つ持ってないの? あなたは昔から……──」
王都か、興味無いな。
俺が生まれる前に両親が王都で騎士をやっていたらしいが、それも昔の話だ。
今は隠居して王都から最も遠いこの村でスローライフを送っている。
俺はむしろ両親の姿を見ているからこそ村に居たいと思っている。
両親を見ていると今が一番幸せという感じがするから。
はぁ……マリアも王都で冒険者になるとか言いってないで、ここでスローライフを謳歌すれば良いのに……
…
ピッ……ピッ……
「ここは……」
ベッドの上……みたいだな。
何か昔の夢を見ていたような気がする。
ん……? なんだこれ、体が動かない……。
「……」
ここは何処だ?
こんな天井には見覚えがない。
ぴよんっ……
見覚えのあるアホ毛だな。
と思ったのも束の間、小さな影が俺に被った。
「!?」
痛っ……!?
少しビクッとしただけで身体中に痺れるような激痛が走る。
なんだよ……一体何がどうなってるんだよ。
「起きた……ノラお兄ちゃんが起きたよぉ!」
小さな影から喜ぶ声が聞こえる。
聞き馴染みのある声だ。
ただ、その声にはいつものような活気はなく、今にも泣き出してしまいそうなほど震えていた。
「サラか……?」
俺は声を絞り出す。
「そうだよ! 良かったぁ……あっ、そうだ! 早くみんなに知らせてあげないと!」
そう言ってサラが走って離れていく。
「ヘブっ!?」
おっと、何かにぶつかったようだ。
「い、痛いよソラお兄ちゃん! 突然入って来ないでよ!」
「いやいや、そっちが飛び出してきたんじゃないか。だいたい、病院を走ったら駄目だって何度言ったら……──」
サラがぶつかったのは部屋に入ってきたソラだったみたいだな。
ソラは相変わらず真面目だな。
そして聞き捨てならぬ言葉が聞こえた。
ここが病院だって? なんだってそんな場所で俺は寝てたんだ。
少し状況を整理しよう。
ここが病院だというなら分かることも多い筈だ。
さてと、
口元に着けられている呼吸器……
体中に繋がるチューブ……
固定されている体の節々……
なるほど俺は患者らしい。
参ったな、何があったか何も覚えていないぞ。
ふむ……事件の匂いがするな。
まあそれはそれとして、
「ソラ……相変わらず手厳しいな」
「え?」
ガシャン
何かが落ちる音がした。
………
……
…
魔法という神秘の力が溢れる世界アグノツウズ。
人類は太古から聖竜の加護のもとに繁栄し、数千年にも渡り文明を発展させてきたという。
しかし、そんなにも長い歴史があるのに未だ謎多きこの世界は、きっと人間には測れない程に壮大なんだろう。
世界は現代までに様々な国がそれぞれの文化を営み栄えてきた。
中でも世界最古の歴史を誇る人間の国──ノレシア王国。
そんな国の最果ての、小さな村で俺は育った。
村での暮らしは充実していた。
スローライフ志望の俺には、年頃の者なら誰もが夢見る都会での活躍なんて全くと言って良い位興味の湧かないことだった。
だから俺は村での暮らしを手放すものかと幼馴染みのしつこい勧誘を躱し続けていたんだ。
だが今はどうだろう。
見知らぬ場所で目覚めたかと思ったら、なんとそこは王都だというじゃないか。
一体なぜ、どうしてこんな所に? と始めは必死に回想を重ねたが、そんなことは直にやめた。
何故なら思い出せないから。
医者曰く、俺は解離性健忘とかいう一種の記憶喪失状態らしい。
どうやら酷い事故にあったようで、ショックでその時の記憶が抜け落ちてしまったんだろうとの話だった。
全く困った話だよ。
そのせいで俺は2ヶ月近くも入院する羽目になったし、村へもすぐには帰れないし。
俺たち兄弟3人は暫くは王都に住むじいちゃんと暮らすことになっている。
「ノラよ、支度は済んだか?」
「うん。行こうじいちゃん」
今日、俺は退院した。
そして俺たちは、約4ヶ月後に控える王国祭が終わるまでの間を王都で過ごすこととなった。
なんでも、王国祭には故郷に残ったという両親とマリアも来るらしい。
どうせ迎えが来るならそれまで王都にいれば良い。
そう言うじいちゃんの提案にソラとサラが賛成したため、当面の間王都で暮らすことが決定した。
実は俺はさっさと村に帰りたがったんだが、そこはしっかり空気を読んで黙っておいた。
とまあ、そういう訳で故郷へ帰るまでの間をじいちゃんの所で厄介になることになったのである。
王都の暮らしは村でのノビノビした暮らしと比べると少し窮屈に感じる事もあるだろう。
もしサラが暇を持て余す様なら、俺が時間が空いたときに面倒を見てやろう。
ソラの方は普段から魔導書とにらめっこしているから故郷にいた頃と特段変わることも無いだろうし大丈夫かな。
肝心の俺はと言うと、どうやら病院で寝たきりでいる間に成人を迎えていたみたいなのでこれを機に冒険者になろうと考えている。
なぜなら冒険者になればその証がそのまま身分証としえも利用できるらしく、冒険者になることで得はあっても損は無さそうだったからだ。
一応、一定期間依頼を受けていないと登録抹消されるらしいが……俺は冒険者として生涯を生きていこうという訳ではないから別に良いだろう。
一生の内のほんの少しを冒険者として活動するだけだ。
張り切りすぎずほどよく稼いで多少の娯楽と故郷へのお土産を買うのを目標にしよう。
まあ、あれだ。
気楽に行こう。
2021/2/18 大きく修正致しました。
2021/9/30 再び大きく修正致しました。