〜1.女の子〜
ガラガラと森を進む1つの馬車があった。馬車は一目見ただけで良い物と分かる、上質な物だ。その周りには、多くの騎士が馬に跨って守るように囲みこんでいた。
この馬車は、王都から領地へと帰る途中だった。本来ならば、1週間後に帰る予定だったが、急遽予定が早まり、馬車に乗っているのは幼い娘とお付の侍女の2人だけ。
そんなわけで、森の整備は行き届いていなかった。結果、馬車は森の奥に入るとすぐに盗賊に襲われた。
「盗賊だ!!馬車を囲め!!」
「お嬢様をお守りするのだ!!」
騎士達が優秀だったこともあり、すぐに盗賊達は壊滅に陥った。まだ3歳になったばかりの子供に、盗賊を見せないためでもあったのだろう。
騎士達は、可能な限り盗賊を生け捕りにし、盗賊達を結んだ紐を馬車へと繋ぐことにした。しかし、あともう少しで盗賊を縛り終えることができるというとき、1つしかない馬車の扉がガチャリと開いた。
「お嬢様!!」
中に一緒にいた侍女が叫ぶ声に、騎士達は何事かと振り返った。するとそこには、馬車の乗り降りするための足場から楽しそうに飛び降りる、女の子の姿があった。
血溜まりの横に着地した女の子。そして、見慣れた騎士隊長を見つけ、足を一歩踏み出した。足が地に付くと同時にヴォンと地面に魔法陣が描かれた。
女の子は目を見開き立ちすくむ。魔法陣の光はどんどん強くなっていく。
「お嬢様……!!」
こちらに向かって走ってくる騎士隊長の声に、女の子は手を伸ばした。
しかし、あともう少しで手が届くというとき、光が一気に強くなった。女の子は必死に隊長の元へ行こうとするが、足が地面に縫い付けられたようになり動けない。
「お嬢様ーッ!!」
光がフッとかき消え、そこには誰もいなかった。
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「あなた、ご飯できましたよ」
「分かった」
さて、さっきの森とは違う森のことだ。森のすぐ側に1つの家が建っていた。少し大きめのその家には、一組の老夫婦が住んでいた。近くの街でも仲がいいことで有名なこの老夫婦は、子供がおらず、二人でひっそりと暮らしていた。
昼食を食べようとしていたときだった。
「……あら?」
微かに音が聞こえて動きを止める。しばらくすると、また小さくコンコンと聴こえてきた。
今度はしっかりと聞こえた二人は扉を開けた。
するとそこには、小さな女の子が立っていた。ニコニコとしているその子は、髪は葉や枝が絡まり、着ていたドレスは所々破れて土で汚れていた。
「まあ、こんな小さい子が何故こんなところに?」
「保護者はどこだ?」
ここは森のすぐ側だ。子供が来る場所ではない。周りを見渡しても、保護者と思われる大人どころか、人一人見当たらない。
老夫婦は色々とふしぎに思ったものの、とりあえず聞いてみるのが1番だと思い、しゃがみこんで女の子と目線を合わせた。
「こんにちは。どこから来たのかしら?」
「…?」
女の子は首を傾げた。よく聞こえなかったのかもと、今度はゆっくりと話しかける。
「どこから、来たの?」
「……??」
しかし、女の子の首が余計に傾いただけだった。どうしたものかと老夫婦は顔を見合わせたが、女の子はすぐにハッとしたような顔になる。
「ファミン!!」
「ファミン?そんなところあったかしら?ねぇ、どっちの方から来たの?」
「ファミン!!」
「場所じゃなくて方向よ。ほ、う、こ、う」
「……??ファミン!!」
ずっと同じことを言う女の子に老夫婦は困り果てた。
「好きな食べ物はある?」
警戒しているのかもしれないと、関係ないことから話すことにした。が、
「ファミン!!」
「好きなお花は?」
「ファミン!!」
「寒くないかしら?」
「ファミン!!」
女の子はファミンとしか言わなかった。
「……なぁ、もしかしてファミンって名前なんじゃないか?」
ずっと黙っていたお爺さんが、ふと思いついたように言った。
「名前?……あなた、ファミンって言うの?」
すると、女の子はパァッと顔を輝かせて、大きく頷いた。
「あら、そうなのね。変わった響きだけど、綺麗な名前ね」
女の子――ファミンは、嬉しそうにニコニコとする。
「外は寒いでしょう。中へどうぞ」
お婆さんは、ファミンを中へと誘う。もう春とはいえ、まだ肌寒い。子供だと風を引いてしまうかもしれないと思ったのだ。
体が冷えて冷たくなっていたため、お婆さんは、ミルクたっぷりの温かいミルクティーを入れてやった。ファミンは、コクコクと美味しそうに飲んでいる。
しばらく経っても人はやってこなかった。この家の近くには、誰も住んでいない。近くの村や街までは、馬車で一刻半かかる。子供の足でここまで来るのには、相当の時間がかかる。保護者がいるはずだと考えたのだ。
しかし、数日経っても人はやってこなかった。
捜索願が出ているかもしれないと、街へ3人で行ってみたが、そんなものは騎士団の詰め所にも冒険者のギルドにも有りはしなかった。
そうして協会のシスターや騎士団の騎士たちに言われて、二人はファミンを孫として育てることにしたのだった。