YUZU-ORIGIN-続編
一時は破綻しかけた関係をなんとか修復することのできた彼らは、今までの失った時間を取り戻すかのように日々着実にその距離感を詰めていった。
ゆず「ねぇー、チャイカ~。今日の夕飯ってカルボナーラ?」
チャイカ「正解。本当にゆずは鼻が良いわね。あ、アズマ醤油とって」
アズマ「あいよー。私、そしたらタマネギきるの手伝うわ」
多少のぎこちなさは残るものの、彼らは本物の家族に近づこうと、日々努力をしていた。
ゆず「そういえば、築は?」
チャイカ「築って…またゆずは呼び捨てにして…あいつは今日も馬車馬のごとく働いてるよ。全く…困っちゃうわ。」
アズマ「あの時から、私たちのために仕事とゆずの研究とを一生懸命やってくれているけれど…それにしても最近は働き過ぎじゃない?私、最近顔すら見てないよ?」
チャイカ「大丈夫よ。あんまり無理してるようなら私が止めるから。あんた達は余計な心配しなくていいの。それより今度会ったときにとびきりの笑顔を見せてやんな。それが一番あいつにとって嬉しいことだろうから」
アズマ「そっか。そうだよね。分かった!」
チャイカ「ほら!そしたら早く夕食にしましょ。アズマはその切り終わったタマネギこの皿の上によそって。ゆずは皆の分のお茶ついどいて」
アズマ「はいよ!」
ゆず「えー、わたし、お茶きらいなんやが?」
チャイカ「好き嫌い言わないの…ってゆず、それお茶じゃないわよ」
ゆず「え…あ、ほんとだ。目あんまり良くないから間違えちゃった」
はたから見ればいびつな家族。当の本人達もそのいびつさに気付いてはいたが、そこにはそのいびつさに負けないような彼らだけの絆が少しずつだが芽生え始めていた。
*
社「ただいま」
チャイカ「おかえりなさい。今日も…遅くまでご苦労様」
社「ああ、チャイカありがとう。」
チャイカ「それにしても…最近あんた働き過ぎよ。アズマもゆずも心配するくらいに」
社「はは、あいつら心配してくれてるのか。」
チャイカ「本人の前だと恥ずかしくて言えないのかもしれないけどね…本当はあんたのこと心配してるんだから、たまには早く帰ってきてあげたら?」
社「そうできるように善処するよ」
社は、あの日の約束を守るために、日々ゆずのメンテナンス作業が不要になるように研究に取り組んでいた。
社「今日こそは…」
しかし、何日たっても何時間費やしても一向に改善の気配が感じられない。最近はプログラミングの仕事も忙しいせいか、集中力も続かなくなってきている。
YUZU839号は、彼が自分の妻子を殺害した者にむけた復讐心を元につくりあげた動物と人間とのキメラであり彼の知識、時間を全て費やした最高傑作。毎日のメンテナンスが必要というデメリットはあるが、その分とてつもない破壊力を擁する。制作するのもやっとだった彼女を改造出来るだけの技術力は、今の社にはなかった。しかし、諦めるわけにはいかない。
一人遺伝子組み換えの作業に没頭していると、後ろから何者かが部屋に入ってくる。
京子「おやおや、随分と熱心に研究に取り組んでいるじゃないか」
社「お前はっ!」
声の方を振り返るとそこにはくつくつと笑う、一人の女性の姿が。彼女の名前は轟京子。世界有数の頭脳を有していながらも人間のクローン作成などのタブーとされている研究のみに没頭するマッドサイエンティストであり、社の妻子を殺害を命じた組織の一員であり、社を組織へとスカウトした張本人である。
京子「久しぶりだな、築。最後にあってからいつぶりだ?」
社「帰れ!お前と話すことなど何もない!」
京子「そうかっかしなさんな。今日は取引をしにきたんだ…正当なね。お前にとっても悪い話ではないと思うんだが…」
社「いいから黙れといっている!」
京子「お前、YUZU839号の改造に手こずっているらしいな?」
社「っ…どうしてお前がそれを…」
京子「私にかかれば手に入らない情報などないよ。それで…取引の内容なんだが…どうする?聞くかい?もう一度黙れと言われれば今度はおとなしく黙って帰るが?」
社「くっ…。内容だけ、でも、いってみろ…」
京子「ハハハ!素直でよろしいな。ではこちらも素直にいくとしようか…私がゆずをお前の思い通りに改造してやる。だからその代わりにお前はうちの研究室に来い」
社「そんな条件飲めるわけがっ!………」
京子「お前も少しは賢くなったようだな。いいだろう。一日だけ考える時間をやる。明日またここに同じ時間にくるから、その時に君の答えを教えてもらおう」
そういい残して、京子は研究室から立ち去っていった。
社は理性と感情のせめぎ合いに苦しんだ。自分の妻子を殺したような組織の人間に何かを頼むということもいやだったし、そもそも奴が素直に言うことを聞いてゆずの手術をしてくれるかも怪しかった。
でも、今自分に打てる手がないというのもまた事実。私は一体どうすればいいんだ…
答えのでない自問自答に社は飲み込まれていった。
*
ピンポーン
チャイカ「おかえりなさい。今日も遅かったわね」
社「ああ」
チャイカ「やっぱり働き過ぎなんじゃないの?ぼーっとしてるわよ」
社「ん、ああ!すまない。それよりチャイカ、夕飯の準備をしてくれ。今日はなんだか腹が減ってしかたない」
チャイカ「ふぅ…本当に無理はしすぎないでね。そこにかけて待ってて」
――少しの時間、沈黙――
社「あれ、こんな絵なんてあったけ?」
チャイカ「ああ、その絵は今日ゆずが描いてたやつよ。上手だったから飾ってみたの」
壁に飾ってあったのは、校舎で大勢の子供達と遊んでいるゆずが描かれている絵。
本当は学校に行きたいけれど、自分を気遣って言わなかったのだろう。もしくは、そういうことを言ってくれるほど打ち解けてくれていないのかもしれない。そんな身近なことにも気付けない自分に、社は嫌気が差していた。
社「そうだよな。あいつだって、普通の人間と同じ生活がしたいよな…」
その瞬間、社は自分を犠牲にしてでも、ゆずを幸せにしてやろうと決心したのだった
*次の日 社の研究室で
社「…来たか」
京子「やあやあ、答えは出たかな?社君」
社「ああ、もう覚悟は決まった」
京子「ほう…?と、いうことは?」
社「ああ、お前の条件をのんでやる。だから…ゆずを…普通の人間と同じ体にしてやってくれ」
京子「ハハハ!お前が頭を私に下げるとは。よっぽど、ゆずとやらが大切らしいな?いいだろう。今週の日曜日の夜にゆずを連れて私の研究所に来い。そこで直してやる。本当に私が直しているかどうか疑わしいのなら、遺伝子操作の時に立ち会ってもいいぞ?まあ、私が何をやっているのか君には理解できないだろうがね」
社「今週の日曜日だな…?」
京子「あぁ。日時と場所は間違えるなよ?それと…
対価は必ず払ってもらうからな」
*社自宅
社「ただいま」
アズマ「築!今日は早く帰ってこれたんだね!!」
社「ああ。それよりゆず!!今日はいい知らせがあるぞ!!」
ゆず「どうしたの?そんなに大声出して」
社「遂に…遂にゆずを治す方法が見つかったんだ!!」
ゆず「本当!?じゃあ、これからわたし普通に生活できるの?」
社「ああ、そうだ!メンテナンスもしなくてすむようになるし、学校にも通えるようになるぞ」
アズマ「やったね、ゆず!」
ゆず「うん!!」
アズマ「てことは…研究が終わったから、築これから早く帰ってこれるようになるね!」
社「ん、あぁ。それは…どうかな。…ほら!プログラムの方も忙しいし。」
そう言って俯く社の姿に、アズマはえもいわれぬ違和感を覚えたが、それを明確な言葉にすることは今の彼女にはできなかった。
チャイカ「とりあえず、家にあがんなさい。今日はこれからお祝いするわよ。ゆずの新しい誕生を祝うためにね」
本当は笑顔で迎えてあげなきゃいけないのに…アズマは心ではそう思っているのだが顔が上手く笑ってくれない。
でも、チャイカも笑顔で迎えてあげるのが一番喜ぶって言ってたし…
きっと何か困ったことがあったときは、築のほうからいってくれるだろう。そう信じて、できるだけ彼の前では笑顔でいるようにしようと心に誓った。
*ゆず、手術当日
社「ゆず、そろそろ行くぞ」
ゆず「うん!」
ゆず「そういえば、今日はママのところに行くんじゃないの?」
社「あ、ああ。色々と難しい作業があるから、今日は特別な所にいくんだよ」
ゆず「そうなんだ…それにしても手術後が楽しみだなぁ!学校ってどんなところ何だろう…?ちゃんと友達できるかな?…って、築?どうしたの、黙り込んで。調子でも悪いの?」
社「…いや、手術が上手くいくと良いなって思ってただけだよ」
ゆず「そんなの大丈夫だよ!築がやってくれるんだもん!失敗するはずがないよ!」
社「……」社はゆずのその何の疑いもない言葉に、何も言葉を返せなかった。
*
社「着いた…ここだよ」
ゆず「へぇー、こんなところに施設があったなんて…」
社「じゃあ、ゆずはそこのベッドに横になって」
ゆず「うん!」
社「麻酔、かけるからね。」
ゆず「うん!築、よろしくおねがいします」
(ゆずに麻酔をかける)
社「用意はできたぞ」
京子「そいつはお前が手術をすると思ってるらしいな」
社「ゆずにはお前と極力関わらせたくないからな」
京子「ふん…随分と用意周到なことで。だが、嘘は積み重ねれば積み重ねるほど後が苦しくなるぞ?」
社「そんなことをお前に諭される筋合いはない。」
京子「それはそれは。失礼したね。では、早速始めようか。あまり、時間を無駄にしたくないのでね」
*手術後
京子「終わったぞ」
社「本当にゆずは普通の人間になれたのか…?」
京子「証拠ならある。これを見ろ」
そう言って、京子は社にゆずの頭を見せた。
社「確かに…動物とのキメラではなくなっている」
京子「これ以上になにか証拠は必要か?」
社「いや…確かに手術は成功している…」
ゆず「うーん…」
京子「麻酔がとけてきたな…私がいては都合が悪いんだろう?今日はここでおさらばとしておこうか。この代償は…分かっているよな?」
社「ああ、もちろんだ。今更逃げも隠れもしないよ」
京子「それは楽しみだ…ハハハ!」
京子退室
社「起きたか、ゆず」
ゆず「築…そうだ!手術は!?」
社「安心しろ。無事成功したよ」
ゆず「本当!?じゃあ明日から学校行ける?」
社「明日はちょっと無理かもしれないけど…でもすぐに行けるようにするよ」
ゆず「やったー!!築、ありがとう!!」
社「よかったな、ゆず。…本当によかった」
*
間もなくして、ゆずは近くの中学校へと通い始めることになった。彼女はあっという間に友達を沢山作り、日々その日の思い出をチャイカやアズマ、時に社に語った。
一方、社は家族には何も言わずに京子の研究所で働くことになった。
想像していたとおり、京子の研究所には人手が少なく社は安月給で、週休一日の一日十五時間労働と、これまで以上に過酷な労働を強いられた。ただでさえ労働時間が多い上に、研究内容も社が忌避するようなものばかりだったため、社は精神的にも、肉体的にも疲労が溜まる一方だった。
給料の不足している分は貯金から切り崩してなんとかごまかし、ゆずとアズマのためにとその気持ちだけで必死に働いた。唯一の休日である日曜日も、疲労を悟られまいといつも以上に明るく振る舞い、可能な限り外出してゆずを今まで連れて行けなかった様々な場所へと連れて行った。
しかし、そんな無理に無理を重ね続け手に入れた平穏な日々は、そう長くは続かなかった
*とある週の日曜日
ゆず「ねぇねぇ、今日はどこに連れて行ってくれるの?」
社「そうだな…今日は…」
チャイカ「待ちなさい」
社「ん、どうしたんだチャイカ」
チャイカ「今日はお父さん疲れてるみたいだから、休ませてあげて。そうね…アズマ!」
アズマ「なにー?」
チャイカ「今日はあなたがゆずをどこかに連れてってあげて。お金は後で払うから」
アズマ「お金くらいいいよ。私も子供じゃないんだし…分かった!ゆず、どっか遊びに行こっか」
ゆず「うん!」
ゆずとアズマが退出
社「どうしたんだ?急に」
チャイカ「あんた…私達になにか隠し事してるでしょ?」
社「い、いきなりなんだよ…」
チャイカ「ゆずとアズマは欺けても私は欺けないわよ?」
社「おいおい…いいがかりはよしてくれって。本当に何も隠し事なんてないんだ」
チャイカ「オカマなめんじゃないわよっ!!」
社「っ!?」
チャイカ「確かに家族なら、親しい人になら何も隠し事をすべきじゃないなんて、そんなの理想論だって分かってるわよ!誰にだって、言えないことの一つや二つあるもんだし、相手の事を思って何かをひた隠しにしようとするその気持ちも分からなくもないわ…。でも、でもっ!!
それでも…何も言わずに一人で全てを抱え込んでいるあんたを目前にして、何も出来ないなんてのは…辛すぎるわ…少しだけでもいいから…私たちを、頼ってよ!!!」
チャイカの言葉を聞いた瞬間に、築はまるで背中に電流が流れるかのような衝撃を受けた。
社「そっか…私は本当に馬鹿だな。また、目の前にある大切な物を見落としていた…
今の私には、頼れる家族がいるんだった」
それから社はチャイカにことのあらすじを、何一つ隠さずに全て打ち明けた。ただ、言葉を紡いでいるだけなのに、嘘のように体が軽くなる心地がした。
チャイカ「そう…そんな事があったの…」
社「今まで黙っていて、すまない。」
チャイカ「ううん、こうして喋ってくれて嬉しいわ。いざとなったらうちのバーで働けば良いんだし、そんなに思い詰めなくてもいいのよ」
社「ありがとう…」
アズマ「ちょっと待ってよ」
チャイカ「アズマ、ゆず!?あんた達、なんでここに…」
部屋の入り口付近には、怒りの表情を浮かべたアズマとその後ろに隠れるようにして佇むゆずの姿。
アズマ「最初から怪しいと思ってたよ。社もチャイカも最近様子おかしかったし。…今の話、本当なの?」
チャイカ、社「…」
アズマ「ねぇ、答えてよ…お願いだから、答えてよっ!!」
社「あぁ、本当だ」
アズマ「そんな…」
ゆず「築…私のために…」
チャイカ「そんなに深刻な顔しないで。さっきも言ったけど、もしものときはうちで…」
アズマ「それ、本気で言ってるの?」
チャイカ「っ…」
アズマ「今の聞いた話からじゃ、そんな簡単にはその京子って人からは逃れられない気がするけど」
チャイカ「でも…それならどうすればいいの!?」
アズマ「それは…」
社「二人とも、やめてくれ。」
アズマ「築…」
チャイカ「社…」
社「二人ともありがとう。私のために一生懸命になってくれて。それだけで、その気持ちだけで嬉しいよ。心配はしないでくれ。今度から、しんどい時はしんどいって言うからさ…そしたら、またこいつ言ってるよって笑って聞き流してくれよ。それだけで、俺は今後も頑張れるからさ…」
チャイカ「あんた…」
ゆず「待って。」
アズマ「どうしたの、ゆず?」
ゆず「私が、あいつをやっつける。そうすればこの問題は解決するよ」
社「おいおい、馬鹿いうなよ…」
ゆず「わたしは本気で言ってるよ」
アズマ「駄目だよゆず!それは駄目!」
チャイカ「そうよ!そんなこと」
ゆず「だって…このままじゃやだよ」
社「…え?」
ゆず「わ、わたしは…お、お父さんともっと一緒に多くの時間を過ごしたいんだよ…」
社「ゆず…」
ゆず「やっとわたしにも家族という存在ができたんだよ。ずっと、わたしは八朔ゆずとして生まれてからずっと家族が欲しかった。その夢が、つい最近やっと叶ったんだよ。もう一度あの体に戻っても良い。学校に行けなくなっても良い。それよりもわたしは家族の方が大切なの!!」
社「…」
ゆず「ダメ、かな」
社「…分かった」
チャイカ「ちょっと!」
社「ただし、これだけは約束してくれ…無茶だけは、しないでくれよ」
ゆず「分かってるよ。お父さんじゃないんだし、」
社「ははっ、それもそうか」
アズマ「ゆず…」
ゆず「アズマお姉ちゃん、大丈夫だよ!信じて待ってて…!」
翌日、社はゆずをもとの状態に戻し、ゆずは京子の研究所へと向かっていった。
*
京子「おや?誰かと思えば社の人形じゃないか」
ゆず「人形呼ばわりしないで。私にはゆずというれっきとした名前があるわ」
京子「ほう?それはそれは。それで?そのゆずさんが私の所にわざわざ何のようで?」
ゆず「私のお父さんを解放して」
京子「お父さん?ふっ、ハハハハハハハハ!!」
ゆず「なにがおかしいの?」
京子「何ってそりゃあ、人形風情が血の繋がっていない社をお父さんなんて呼んでるんだ。笑うしかないだろう」
ゆず「血のつながりなんて関係ない!」
京子「ふっ。まあ家族ごっこならいくらでもしてるがいいさ。家族だの仲間だの絆だのと、実にくだらない。いずれにせよ、社をこの研究室から解放させる気はさらさらないよ。彼は同意の上で私の元で働いているのだから」
ゆず「それにしても…限度ってものがあるでしょ!お父さんはもう体も心もボロボロよ!」
京子「そんなこと、こっちが知ったこっちゃないわね。それで使い物にならなくなるのならそいつはそこまでってことよ」
ゆず「あなたには…心ってものはないの!?」
京子「まさか人形ごときに心についてとやかく言われる日がくるとはね…」
ゆず「何をしても…お父さんを解放する気はないのね?」
京子「そうさ。」
ゆず「なら…この力であなたを倒すだけよ」
京子「おっと、そんなことをしていいのかい…?」
死が目の前にあるというのに、不適な笑みを浮かべる京子の姿にゆずは不気味さを感じる。
ゆず「何を…笑っているの?」
京子「私がこの展開を考慮していなかったとでも思うか?」
ゆず「ど、どういうこと?」
京子「人形。いや、ゆず。お前がメンテナンス不要になるようになるように改造したのはこの私だ。せっかくお前の体を好きにいじれるというのに、社が裏切った対策をとらない道理はないわ。」
ゆず「っ!」
京子「話が分かってきたようだな。そう、あの改造の時に私はお前の体にある細工を仕掛けておいた…お前がその攻撃能力を使おうとすれば…お前は爆発する」
ゆず「そんなっ!」
京子「ハハハハハハ!いい顔だな!そう、お前は私を殺せはしない。分かったら今すぐここから出て行って自宅で家族ごっこにでも興じていろ」
ゆず「くっ…」
京子「さあ、お前は一体どうする!?」
ゆず「……」
京子「えっ…?」
直後、彼女らを大きな爆風が覆い尽くした。
*
社「あいつ、帰って来るの遅いな…大丈夫なんだろうか」
アズマ「私もそろそろ心配になってきたよ…様子だけでも、見に行ってみない?」
チャイカ「それはダメよ」
アズマ「どうして!」
チャイカ「アズマ、冷静になりなさい。今ここであんたが向かったところでゆずの足手まといになるだけよ。それに…無理はしないって、ゆず言ってたでしょ。彼女の言葉信じてあげなさい」
アズマ「でも…」
そのとき、テレビから緊急ニュースが流れ始めた。
ニュースキャスター「ここで、緊急ニュースです。東京都いちから区2434付近の施設サンジェルマンにおいて、原因不明の爆発事故が起きた模様です。今現在警察が被害者の確認と原因の解明に取り組んでおりますが――」
社「おい…これって」
アズマ「どうしたの?築」
社「この施設…間違いない…ゆずが向かった場所だ」
アズマ「そんな…!」
チャイカ「っ…」
アズマ「今すぐ…今すぐ向かわないと!!」
三人は急いで現場に向かう。野次馬をかき分け前にでると、そこには消防車、パトカーのすがたと跡形もなくなった工場の残骸のみ。
アズマ「う…嘘でしょ?そんな…だって…」
社「くっ…」
アズマ「ねぇ、ゆず…信じてって言ってたよね?あの言葉、嘘だったの?」
*数日後
あれから、数日が経ったがゆずがいなくなったことによるショックは、彼らを未だに絶望のどん底に落としいれていた。
チャイカ「ほら、そろそろ夕飯にするわよ。アズマ、タマネギよそって、あと皆の分のお茶もついどいて」
アズマ「うん…」
チャイカ「社も、ほら早く座って」
社「お、おお。すまない」
四人掛けのテーブルに座る三人の表情は、どことなく暗く、悲しい。本当は埋まっているはずのもう一つの椅子には、今は誰も座りはしない。
チャイカは、落ち込む二人を少しでも励ますためにいつも通りに彼らに接しているが、実は夜一人で泣いているのを社もアズマもしっている。
アズマ(ゆず、あんたが望んだのはこんな未来だったの…?)
ピンポーン
チャイカ「こんな時間に…誰かしら」
アズマ「私見てくるよ」
ドアを開けると、そこには服や体が所々ボロボロになっている一人の少女が立っている。
ゆず「あ…」
アズマ「ゆず…?ねえ、ゆずなの!?」
ゆず「アズマちゃん…」
煤けていて外見でははっきりとは分からないが、その声は紛れもないゆずの声。
アズマ「ゆず…生きてたんだ…良かった…!!」
ゆず「うん!わたしもまた会えて嬉しい!」
アズマ「そうだ、ちょっと待ってて。
チャイカ!築!ゆずが、ゆずが帰ってきたよ!!」
社「本当か!?」
チャイカ「ゆず、あんた無事だったんだね…」
ゆず「今まで心配かけてごめんなさい。本当は早くここに帰ってきたかったんだけど…」
チャイカ「そうよ、あんた、あの爆発をどうやって生き延びたの?」
ゆず「それは…」
*
YUZU839号は、動物と人間のキメラ。よって彼女はその取り込んだ動物の力を使うことができる。
彼女の体内に取り込まれていたのはサイの遺伝子。サイは、肉食獣の爪や牙さえも容易には通さないほどの硬い皮膚を有している。ゆずはその遺伝子の影響を受け、自身の皮膚の硬さを自由に調節することが出来るのだ。
ゆずは爆発に至るまでの経緯を三人に説明した。
社「ちっ、あいつ…やっぱり素直に言うことは聞いてくれなかったか…!」
ゆず「待って、お父さん。私が話したいのはここからなの。
わたしは、彼女を道連れにしようとした。けど、わたしが彼女を攻撃しようとしたとき、京子ちゃんの足が震えていたことに気がついたの。その時、わたし思ったの。ああ、強がってるけどやっぱりこの子もまだ子供なんだなって…きっと、今まで誰にも甘えられなかったんじゃないかなって。確かに今までに沢山ひどい事をしてきたんだろうけど、もしかしたら、万が一にでも彼女が改心するチャンスがあるなら今彼女を殺しちゃダメだ…なんて考えていたら体が勝手に彼女を助けようと動いてた」
社「…」
ゆず「結局爆発の後にわたしは瀕死状態だった。もう、放っておけばすぐに死んでしまうほどに
けど、京子ちゃんが…私の体を担いで助け出してくれたの。口では「お前に借りがあるままじゃ気持ち悪くて死ぬに死ねないわ」なんて言ってたけど、私嬉しかった。
その後彼女は私を、一人でここまで歩いてこれるくらいには修復してくれたの。」
社「そう…だったのか」
ゆず「それだけじゃないの。これ」そういってゆずは一枚の紙を社に差し出す。
社「これは…?」
ゆず「私の、戦闘能力のない私への戻し方…が書いてあるみたい」
社「本当だ…確かにこれに従えば」
ゆず「お父さん…許せない?わたしのこと。敵討ちできたのに、助けたから…」
社「いいや。そんなことないよ。むしろ私はそんな寛大な心を持ったゆずが私の娘であることを誇りに思ってる」
ゆず「なら…この選択は間違ってなかったのね…よかった」
*後日
アズマ「ゆずがサイの遺伝子を持ってたなんて…私知らなかった。」
ゆず「あはは、気持ち悪がられるの嫌だったから隠してたんだけど…わたし、頭に小さいけど角が生えてたの。今はもう生えてないけど。気持ち悪いでしょ」
アズマ「そんなことない!気持ち悪いなんてことないよ!」
ゆず「アズマお姉ちゃん、ほんとう…?」
アズマ「本当だよ!お姉ちゃんが妹を気持ち悪がるわけないじゃん!」
ゆず「…ならよかった」
アズマ「でも、その能力?みたいなやつ羨ましいな…」
ゆず「あんまりいいことばっかりじゃなかったんだよ?確かに皮膚の硬さ調節ができるし、耳も鼻もよくなるけど…目は悪くなるし角も生えるし」
アズマ「だからいっつもフード被ってたんだね…」
ゆず「うん、まあね…」
アズマ「でも、もう角もとれたんだし、フード被ってなくてもいいんじゃない?」
ゆず「うーん、なんかね、こうしてると落ち着くの。こっちに慣れちゃったみたい」
アズマ「そっか!」
チャイカ「ほら、あんたたち!夕飯にするわよ」
ゆず、アズマ「「はーい!!」」
社「今日は私の特性麻婆豆腐もあるぞ!」
ゆず「今日はご飯の時みかんジュース飲んでいいでしょ?」
チャイカ「ダメよ。お茶じゃないと。ほら、ゆずお茶ついで」
ゆず「えー?このお茶不味いからやなんだが?」
一度は壊れかけた彼らの絆。しかし、その困難は互いを信頼しあうことで解決され再び歪な関係の家族は本物たりえようと小さな、だけどもとても大きい意味を持つ一歩を踏み出し始めた。
彼らの行く先に、この先どんな困難が立ちはだかろうと、もう大丈夫。
*
これは社達がまだ知り得ない後日談。
京子は自分の過去の行いを深く反省し、これからは人のために生きていこうと心に誓った。
ゆずから別れ際に言われた、「せっかくかわいいのにそんなひどいことしてちゃ駄目だよ」という言葉を、彼女は忘れることが出来ずにいた。人に、かわいいなんて言われたことは、今まで人生の中で一度もなかったのだ。
そのときの嬉しさを世界の皆に知って欲しいがために、「カワイイ」の文化を広めるために、現在はデザイナーを目指しているとか、なんとか。
彼らが再会を果たすのは、また今度のお話。