如何にして成り上がりを目的としてランクSSSにまで至った冒険者が現状に絶望するようになったか
特定の作品を貶めるような意図は、一切ございません。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ、おっさん」
冒険者としての仕事を求める受付にて、何やら不満の声を上げている男が一人。
年の頃は、ずいぶんと若い。おそらくは、まだ二十歳に届いていないくらい。通常ならばせいぜいが、駆け出しを卒業したかというところ。半人前の域に、やっと足を踏み入れたかどうかというところ。
けれど、どうだろう。この男から漂ってくる、歴戦の強者の気配は。何気ない身のこなしからも、使い込まれた部分鎧からも。抜かれてもいないのに業物だとひと目で分かる、腰に下げられた剣からも。それらの全てが、彼は只者ではないのだぞと、これでもかこれでもかと訴えかけてくる。
そして何よりも、それら以上にはっきりと、誰にでもわかりやすく彼の力量を示す物。それは。
「あんまりこういう事は言いたくねえんだがよ、俺のランクはSSSだぜ? そりゃあよ、困ってる人を助けるのは、確かに冒険者の大事な仕事だ。けどよ、流石に今更ゴブリン退治はねえだろよ?」
そうなのだ。それこそが、彼の能力を証明するもの。
旅の身の上らしき彼が、路銀稼ぎのためにこの街の冒険者ギルドに立ち寄って。そして提示してきた、各街共通のギルド証。そこに示されていたのは何と、三つも並んだSの文字。堂々の最高ランク、SSSであったのだ。
ランクSSS、それは人の理から外れた力を持つ証明。ランクとして存在こそしているものの、そこにまで至ったと言われる者など、実在したかも怪しい伝説上の人物のみ。けれど、何ということだろう。彼はそれを成し遂げたというのだ。
だけど、どうしてなのだろうか。そんな超常の存在に詰め寄られているというのにだ。受け付けのおっさんはといえば、ただただ呆れたような溜息をつくばかり。
「……増えてんだよ」
そんな一言を、投げ槍気味に放ってくるばかり。
「増えてる? ああ、ゴブリンがか。だがな、ゴブリンなんぞがいくら増えたところで、ここの冒険者だってどうにでもなるだろ?」
ギルド併設の酒場で、昼間から安酒を飲む荒くれども。彼らを指し示しながらそう返した男の言葉は、至極真っ当なものだろう。
ゴブリンは、非常に繁殖力が強いモンスターだ。油断していると、あっという間に軍勢と呼べる数にまで膨れ上がる。けれど、それでも所詮はゴブリンだ。戦い方を知らぬ村人などならともかくとして、仮にも冒険者を名乗る者なら、遅れなど早々取るはずもない。ましてや、ランクSSSが出張るほどの案件だとは、男にはとても思えない。その判断は世間一般の常識から考えても、妥当なものであるはずだ。
しかし、この場においては。この街においては、それは違った。間違いだった。伝説のランクを誇る冒険者の彼ではなく、この受付のおっさんの言葉こそが、正しい意見だったのだ。
おっさんは言った。神託を下すように厳かに、でもやっぱりどこか投げ槍に、こう告げた。
「ゴブリンじゃねえよ、増えてんのは」
頭の上に疑問符を飛ばす男。ゴブリンじゃないなら、何が増えているというんだ? 増えてもいないゴブリン退治を、何でわざわざ俺に依頼してくるんだ?
小首をかしげて、言葉の真意を考えてみる。残念なことにその仕草、あまり可愛らしくはないものだったが。
そんな彼の態度が、火をつけた。溜まっていたおっさんの鬱憤が、爆発した。もう、どうしようもないほど燃え上がらせた。弾けるように、椅子を倒しながら立ち上がり、腹の底から叫びを上げるおっさんの姿がそこに。
「だからよっ! 増えてんだよっ! 何でか知んねーけどよ、ランクSSSの冒険者が阿呆みてーによ、繁殖期のゴブリンみてーによ、増えまくってんだよっ!」
えっ? 言っている意味がよくわからないんですけれど。
そんな顔した男の顔が、その怒りを更に加速させていく。
「何でだよっ! ランクSSSだぜっ、伝説だぜっ!? どうなってんだよっ、訳わかんねえよっ!!」
おっさんの、嘆きの声は止まらない。留まることなく、オンステージ。
「そりゃあよ、最初は喜んださ。いつドラゴンが飛んできたって安心だって、笑ってたさ。けどな、今じゃむしろ、頼むから早く群れで襲ってきてくれって、そう願ってるさっ!!」
おっさんが、片手で顔を隠すようにして天を仰ぐ。更にその手を勢いよく、胸の前まで振り下ろして憤りをアピール。もう片方の手は横に大きく広げられ、抱えた嘆きの深さを表現。ちょっと芝居がかった仕草のおっさん、実はノリノリなのかもしれない。
「仕事がねえんだよっ、仕事がっ! 馬鹿みたいに強い奴らが溢れちまったからよっ! 依頼なんざ残っちゃいねえんだよっ!」
あっけにとられる男をおいてけぼりにして、おっさんの演目はまだまだ続く。
先程までの荒々しさから一転し、遠くを見つめるような目で静かに、訥々と言葉を紡いでいく。
「ある冒険者がいる。ランクAだ。かつて、この街で最強だった男だ。長くこの仕事をやっているベテランでな、派手さこそないが、山のようにどっしりとした安心感がある奴だ。面倒見がいいから、後輩にだって慕われてる。皆の、憧れだった」
そこで一旦、言葉を止めて。そして、絞り出すように。
「奴の今の仕事はな、薬草の採取だ」
最高の冒険者が、駆け出しの仕事をせざるを得ない。その悔しさを呟いた。
「若手で一番のグループがある。ランクBだ。あいつらは半泣きで街のドブさらいをやっている。ランクCの女性グループは、大衆食堂でアルバイトだ。」
キッと、眼光鋭くにらみつけるように、おっさんの視線が男を貫く。
「ギルドから紹介できる仕事にも限りがある、情けねえ話だがな。ランクDより下の奴らは、食うにも困ってる有様だ。そんな状況でよ、まがりなりにも討伐依頼を任せるってのが、どういうことか。あんたのランクSSSがどれだけ尊重されてるか、わかってほしい」
呆然と、おっさんの言葉を聞いていた男。その口から、うわ言のようにことが漏れる。
「……なんで、SSSがそんなに? だって、俺、ずっと修行してて、やっと辿り着いて」
「知らねえよ。とにかく、今はあんたみたいなのが山程いるってことだ」
このランクに辿り着いたのは、自分だけではなかった。伝説の領域にはすでに先客がたくさんいて、自分はそのうちの一人でしかない。その事実に、打ちのめされる男。
何か言おうとして、その言葉を飲み込んで。そんなことを繰り返し、ようやく発することができた言葉。その内容は、男が善良な性根を持っていることを示すものだった。
「……すまなかった。この街の冒険者の食い扶持を奪うつもりなんてなかったんだ。俺は、別の街に行くことにする」
本当なら、街の冒険者こそを手厚く保護したい。その気持は、男にだって理解できる。
けれど、自分がここにいれば、その枷となってしまう。所詮、流れ者の身の上だ。別にここに拘る理由なんてない。
そう考えた男だったがしかし、おっさんのさらなる言葉に、再び息が止まることになった。
「あんた、山籠りでもしてた口だろ? だったら知らねえのも無理はねえけどよ。……ここだけじゃない、どの街でも似たようなもんだ」
「……何で、そんな、急にSSSが増えたりなんて」
「さあな? 加護を与えてくださる神様たちの間で流行ってんじゃねえのか、人のランクを上げるのがよ」
そう言って、おっさんが両手を上に上げる。文字通りのお手上げだ。神の思惑など、人の身に知れることではないのだ。
重苦しい雰囲気のギルド内。男とおっさんのふたりだけでなく、仕事が見つからないままにたむろしていた他の冒険者の頭までもが垂れていく。
「……冒険者やめて、魔王討伐でも目指してみるか」
やがて、男がそんな思いつきを呟いた。
魔王の討伐は、冒険者ではなく勇者の領分だ。けれど、この身はランクSSS。戦闘力には自信がある。数多くいる勇者達のうち、どこかのパーティに入れてもらえたなら、きっと役に立てるはず。
けれど、現実は非情だ。そんな男の考えもまた、おっさんによって否定される。
「やめておけ。あっちはあっちで、勇者パーティを追放された奴らで作った傭兵団が猛威を奮ってる。入り込む余地なんざねえよ」
「何だよそれっ! 追放されたって、使えない奴らってことじゃねえのかよっ!?」
「奴らがいうにはよ、追放は最強の前提条件、らしいぞ」
「訳わかんねーよっ!」
男の叫びももっともだが、それが現実なのだから仕方ない。現在の魔王討伐パーティにおいては、様々な理由により最強クラスの能力を持った強者が追放される事態が多発しているのである。
原因として、色恋沙汰や嫉妬などの人間関係のもつれ、仲間の能力を正確に把握していない勇者の勘違い、ハーレムをつくるのに男の仲間が邪魔になった、などが挙げられる。
しかし中には、追放されたというステータスを得るために、敢えて自分の本当の能力を隠して無能を装っているというケースすら有るようだ。業が深い。
「……何だよ、必死に修行してよ、ランクSSSに辿り着いたってのによ。どうなってんだよ、世の中」
男が、崩れる体を支えるように、カウンターに左手をつく。もう片方の手は、覆い隠すように自分の顔へ。ちょっと芝居がかった仕草だが、おっさんのがうつってしまったようだ。
「田舎に引っ込んでよ、この力で畑でも耕せっていうのかよ」
思わず、そんな弱気な言葉が口から漏れる。けれど、彼はまだ甘かった。世界は、彼の思っている以上に、異常に世知辛かったのだ。
呟きを耳にしたおっさんは、彼にこう告げた。
「止めはしねえがよ、やるなら早く決断したほうが良いぜ」
訝しげな顔の男に向かって、つまらなさそうに。何もかも嫌になった、そんな風に。こう告げたのだ。
「辺境の地価、暴騰してるからな。今じゃ王都並みだ」
強くなりたい、偉くなりたい、有名なりたい。それを目指して修行に明け暮れた、とある男。
彼はついに、ランクSSSにまで上り詰めたのだが。残念なことに、目的を果たすには、それではまだ足りなかったようだ。
彼が、てっぺんを取って成り上がるためには。
ランクSSSでもなく、勇者パーティー追放からの逆転劇でもなく、辺境スローライフでもない。
何か、それらとは別の。全く新しい手段を探し出さなくては、ならないようだった。
特にむしゃくしゃはしてなかったけど書いてみた。
今は反芻している。