第80話 送還儀式
今、俺の目の前に広がっているのは召喚陣が描かれた部屋だ。
ここは、奴隷にされた異世界人が最初に召喚された場所。
帝国皇帝が、弟のグレーベルに簒奪されて半年が過ぎた。
いまだ、帝国はジャスタール王国とは戦争状態で国境で小競合いを続けている。
また、勇者召喚でちゃんとした勇者を呼び寄せたボルドバルグ王国とも
戦争状態を維持し、今もなお無謀な戦いを繰り広げていた。
そんな状態でいくら領土が戦っている2国の3倍はあろうとも疲弊はひどく
帝国全土から集めた兵士たちの数は、今や全盛期の半分にまで落ちていた。
このままいけば、来年の今頃は帝国が滅んでいるだろうと予測され
グレーベル皇帝に意見した者たちもいたが、そんな者たちは
すぐに最前線へ送られ、生き残るために必死で戦っている。
そのグレーベルが皇帝になる前にいた屋敷の地下に
この召喚魔法陣は残されていた。
俺が、厳しい警護をすり抜け、俺はネコの姿のままこの場所に忍び込み
この場所に来たのは、奴隷にされていた召喚者たちを日本へ送り返すためだ。
異世界召喚は、召喚と送還は同じ召喚陣でおこなわれる。
それは、使われた召喚陣が出入り口となるからで
もし、異世界召喚されて帰りたい場合は
召喚された魔法陣で送還するしか帰る方法はない。
奴隷にされていた召喚者たち10人を、俺の空間魔法から出して
この場に開放していく。
さらに、帝国の元皇帝のグレディールやその母親、
そして京花もこの場に姿を現した。
「さて、みんな、これより『異世界送還』を行います」
召喚者10人は、それぞれの表情を浮かべ送還陣へ足を運ぶ。
「皆さん、本当に申し訳ないことをしました」
グレディールとその母親が、一緒に頭を深々と下げる。
それは、知らなかったとはいえ身内の犯した罪の謝罪だ。
弟が、自分の子供が犯してしまった罪。
だが、召喚者10人はグレディールやその母親のことは許していた。
この場所に来るまでに、自分たちの境遇を聞いて涙してくれた2人に
召喚者10人は、恨むことができなかった。
それよりも憎いのは弟のグレーベルただ1人なのだ。
「…お二人とも、もう謝らないでください。
俺たちはお二方が流してくれた涙に、嘘偽りはないとわかりましたから」
「そうです、憎いのはあのグレーベルなんですから!」
「みんなと話し合ってくれたこと、
俺たちの力になりたいと言ってくれたことうれしかったです」
召喚者10人は、笑顔だった。
ここに来るまで、日本に帰れることになって召喚者たちは話し合った。
グレディールとも話し合い、できた皇帝さんだと感心もした。
そういうものすべてをひっくるめて、召喚者たち10人は許したのだ。
「俺たちはこれで帰るけど、弟なんかに負けるなよ!」
元皇帝のグレディールは、召喚者一人一人と握手をしていく。
言葉をかけ、励まされ、そして見送る。
「…では【送還!】」
眩しい光がこの部屋を包み、この場にいた全員が目を瞑り
次に、目を開けた時そこに、召喚者10人の姿はなかった。
「……これで、あの者たちは帰れたのだろうか?」
「ええ、間違いなく元の世界へ帰りました」
「では、次に行こう」
グレディールとその母親と京花は、再び俺の空間へ送り
俺は、錬金魔法を使って召喚陣を壊しておいた。
再び異世界召喚されないために……
再び警備兵の多い屋敷を抜け出すと、今度はジャスタール王国へ帰還する。
ネコの足ではだいぶかかるが、帝国の帝都はまだ戦争の影響を受けていないため
ジャスタール王国の国境へ向かっていく馬車が出ており
それを利用することにした。
のんびりと馬車に隠れて、街道を進んでいると時折帝都に向かう人に出会う。
その人たちは、国境沿いの町や村から避難してきたそうだ。
御者のおっちゃんと話しているのを聞いていた。
避難してきた人の話では、
国境は王国との戦いでかなりひどいことになっているらしい。
それは、帝国側が無茶な戦いを続けているそうで
常駐する帝国の指揮官は、数に物を言わせて突撃を繰り返しているそうだ。
帝国中の兵士を国境に集めているみたいで、
国境周辺の町や村が、同じ帝国の兵士たちに荒らされているらしい。
それで、町や村の人たちは避難しているんだとか。
しかし、避難といっても安全な場所が確保されているわけでもないので
戦争が終わるまでは、帝都に避難するみたいだ。
避難民と別れ、馬車を進めていくと様々な人とすれ違っていく。
中には、馬車で帝都まで送ってくれないかと願い出るものまでいた。
さすがにそれはできないと断ると、渋々歩いていったが…
帝都を出て7日、ようやく俺はローネさんたちと出会った町に到着した。
ここからさらに国境を目指さなければならない。
そして、戦場となっている国境を超えることはできるのか。
いろんなことを考えながら、俺は奴隷商を目指した。
ここまで読んでくれてありがとう。




