第79話 新しい帝国へ
城の中はすでに混乱の中にあった。
そこかしこで聞こえる、怒号と悲鳴。
そして、剣戟の音。さらに、魔法も使われているのだろう轟音と地響きだ。
今も、メイドさんや執事さんなどの使用人たちが
上階から逃げてくる場面に遭遇する。
さらに、兵士の死体にも遭遇している。
それは、近衛兵だったり敵兵士だったりと様々だ。
中には、騎士の姿を見ることもあった。
かなり激しい戦いになっているようだ。
俺は兵士などの死体や、破壊されている通路などをたどり皇帝を探していた。
犠牲者の中に、使用人の死体が混ざり始めた時
前方で怒号が響いた。
敵兵士が大勢集まり、殺気立っていたその場所に皇帝はいた。
劣勢だな……
敵兵士の人数に比べて、近衛兵や皇帝を守る兵士の数が少ない。
また、皇帝自ら剣を構えているところを見れば
どちらが不利な状況かは、一目瞭然だ。
さらに周りを見ていると、敵兵士たちの中にグレーベルの姿があった。
そのそばには、確かグレーベルに兵を用意したリスビルっていう貴族がいた。
「皇帝陛下、いい加減死んでくれませんかね?」
「…リスビル卿、貴様が首謀者か?」
敵兵士が襲い掛かるが、近衛兵がそれを防ごうと闘う。
だが、複数で襲いかかってくる敵兵士にそれを防ごうと
近衛兵も複数で対処するが、魔法も使われて近衛兵側に犠牲者が出ていく。
近衛兵たちも、決して弱いわけではないのだが
敵兵士たちの戦い方がうまいようだ。
「私が首謀者ではございません、私はここにいる方に兵を提供しただけです」
そしてグレーベルが前に進み出る。
「兄上、皇帝の座をいただきに参上しました」
「グレーベル……」
「後のことは私に任せて、ここで楽になられたらどうですか?」
グレーベルは黒い笑みを浮かべながら兄を見下している。
「お前に、皇帝が務まるというのか?」
「兄上に務まるのですから、
私ならもっとこの帝国を反映させることができるでしょう?」
「…お前は何もわかっていない、昔から相手を見下すことしかしていないお前に
皇帝が務まるとは思えないぞ!」
「…それは、前皇帝の戯言と受け取っておきましょう」
「さあ、ご兄弟のお話はよろしいですかな?」
「リスビル卿、さあ、最後の仕上げを!」
「グレーベル!」
この広間にいた敵兵士たちが、一斉に皇帝と周りにいた近衛兵や兵士に襲い掛かる。
多勢に無勢、倒されていく兵士たち。
倒されていく近衛兵、そして傷ついていく皇帝。
【フラッシュ】
一瞬の光に、広間にいた全員が目くらましを受けた。
「くっ! なんだこの光は!」
「皇帝を殺せ!」
俺は皇帝の握っていた剣を落とし、空間魔法陣で京花のいる空間へ送った。
光が収まり、目が元に戻ったグレーベルたちが見たのは
皇帝を守っていた近衛兵士と兵士の死体だけだった。
「…皇帝の死体がないぞ!」
リスビル卿は焦って、兵士たちに皇帝を探させる。
「お前たちは、皇帝の行方を追え! 絶対に逃がすな! 始末するんだ!」
グレーベルは、近衛兵や兵士の死体を踏みつけてその先にある
玉座に腰を掛けた。
「フハハハハ、これで皇帝の座は私のものだ!」
皇帝を無事に救出した俺は、あわただしく捜索を開始する敵兵士に交じり
謁見の間を後にした。
いつまでも笑い声が後方から聞こえてくるが、
これからこの帝国がどうなるかは、俺には分からないな…
それに、俺にはまだやることがあるし…
そう思いながら、他の皇帝の兄弟の保護に向かった。
帝都の町中を走り抜け、
皇帝の3番目と4番目の弟たちの屋敷に到着した俺が目撃したのは
無残にも襲撃を受けた後の屋敷の光景だった。
惨殺された兵士の遺体がそこかしこに転がり、
使用人たちの死体まであった。
そして、屋敷内もひどく荒らされていて奥の部屋に皇帝の弟とみられる
死体が、守れなかった兵士たちの死体とともにさらされていた。
3番目の弟も、4番目の弟も殺されていて
ここを襲った兵士たちは、すでに引き上げた後だった。
2日後、皇帝の死亡が発表され帝都は悲しみに包まれた。
それを苦々しく受け止めていたのは、死んだはずの皇帝グレディール。
そして、悲しんでいる母親と弟と妹たちだ。
さらに2日後、グレーベルが皇帝になることが発表され
帝都は新しい皇帝を歓喜の声で迎えていた。
帝都民はグレーベルがどんな人物か分からない。
だが、前の皇帝の弟ならば信頼できるのではという憶測だけで
期待したのだ。
だが、それが間違いであったことに気づくのはそう遠くない将来だろう。
▽ ▽ ▽
悲しみで心が沈んでいる母親を、グレディールたち兄妹が全力で慰める。
3番目と4番目の弟たちを助けることができなかった、
そのことも母親の心を蝕んでいた。
「…母上、今は私たちが全力でお支えします。
しかし、何時かは私たちとともに前へ進みましょう。
ですから、今は皆で弟たちのことを弔うためにも……」
「はい……はい……」
グレーディルをはじめ、家族全員が泣いている。
それを遠巻きに見ていることしかできない京花と俺。
「大変なのは、ここからなんだけどね~」
『…京花は、達観しているな』
「というより、いろんな知り合いたちの死を看取ってきたからかな」
『…そういえば、不死だったっけ』
「ケロ君もね、長く生きていると知り合いの死に慣れてしまうんだよね…」
『……怖いな』
ここまで読んでくれてありがとう。




