第64話 帝国へ向けて
王国軍が、帝国に占領された旧キュビール領に侵攻して1か月が過ぎた。
帝国軍の抵抗は厳しかったが、数には勝てず旧キュビール領は奪還した。
今は、キュビール領と帝国とのもともとの国境に大きな砦を建設し
にらみ合いが続いている。
その間に、キュビール領内の回復に力を入れていた。
キュビールの領主として再び返り咲いたアルベルは、忙しい日々を過ごしている。
また、フリーデルド領へ避難していたキュビールの領民も続々と帰還していった。
その対応にも追われ、今キュビール領はフリーデルド領以上の忙しさだ。
帝国がいろいろと荒らしまくったキュビール領は、元通りになるまで
3年ほど期間が必要とのことで、アルベルはその間、税金を引き下げ
最初の1年を無税として発表し、領民から感謝されていた。
また、王国軍はキュビール奪還とともに再び再編され
帝国との国境の砦に、10万の軍を残し解散となった。
しかし、後方支援も必要とのことでフリーデルド領がそれを担うことになり
領軍2万が、王国軍の後方支援をしている。
俺は、これらの報告を遺跡の京花の所で聞いていた。
『…京花、盗聴魔道具とは便利だな』
京花は笑顔で、
「ムフ、私の傑作魔道具の1つだからね~」
しかし、こんな魔道具を仕掛けて罪悪感があるのは日本人だったころの名残かな。
『ところで、奴隷解放の魔道具は完成したか?』
京花は、腰につけている鞄から小さい袋を取り出す。
「これだよ、潜入することを考えたらネコの姿のまま使えるものがいいと思って
ネコの腕に嵌める形にしておいた」
俺は、それを袋から出して確認する。
『おお、それはありがたいけど人化したらこの腕輪はどうなるんだ?』
「そこも考えて作ったから大丈夫。
人化するとその腕に合わせて大きくなるようにしてあるから」
俺はネコの姿で腕に嵌めたそれを見て
『…なんか、すごいご都合主義な魔道具だな』
「失敬な、ちゃんと付与した魔法の力で伸び縮みができるんだよ」
『それなら納得か、ありがとうな京花』
京花は笑顔で、俺が部屋を出るところを見送ってくれた。
部屋を出た廊下には、拗ねているアリスがいた。
『あ~、どうしたんだアリス?』
俺が声をかけても「ぷいっ」と顔を背ける。
それなのに、遺跡の中を出発の準備のために移動している後ろをついてくる。
『…あのさ、アリスもついてくるか?』
すると、満面の笑顔になって
「ついて行く! 主について行きたい!」
帝国領内は危険があるかもしれないんだが、いいのかな?
俺は心配になり、京花に尋ねてみたアリスも連れて行っていいかどうか。
京花の答えは「私もついて行くからいいぞ」だった。
俺は、2人に旅の準備をするように言っておく。
そして次の日の早朝、俺の空間魔法で作られたマンションの部屋に
京花とアリスを入れて、俺はキュビール領に向かう馬車にこっそりと乗り込んだ。
実は、馬車の御者席の下にはある程度空間があり潜り込めるのだ。
そこに乗り込みのんびりとキュビール領をまずは目指す。
アンナと京花を外に出せるのは、馬車が野営をするために止まったときか
どこかの村か町に寄った時しかないが、アンナと京花は特に気にしてなかった。
それよりも、遺跡から外へ出られることが楽しくて仕方がないようだ。
今日はフリーデルド領にある村で1泊の予定だ。
俺は部屋をとることはできないので、アンナと京花と一緒に
空間魔法のマンション部屋に入り、一夜を過ごす。
「いや~、遺跡から出て初めて気づいたけど
世の中、結構変わってないのね~」
俺は、京花の感想に聞き返す。
『そんなことはないだろう? 変わったところもあるだろう?』
京花は少し考えて
「見れたところは少なかったけど、どこも代り映えしなかつたな」
マジかよ、京花が不老持ちの200歳以上なのはわかっているから
少なくとも、200年以上この世界は何も変わってないってことだぞ?
……ありえるのか?
「あり得るのかって考えているね?」
京花が、俺の心を読んだように言ってきた。
『俺の心を読むなよ、でも、本当に世の中変わってないって…』
「私の見解としては、おそらく魔物と魔法が原因だろうね」
京花は独自の見解を言ってきた。
『魔物と魔法?』
「そう、この世界には魔物がはびこっているよね?
魔物は人にとっては脅威な存在だ。
すべての魔物を討伐できれば平和な世の中がやってくるだろう。
でも、それをこの世界の人はやろうとはしない。
なぜなら、魔物の素材が生活に欠かせないものになっているからだ。
つまり、魔物との共存共栄がある意味出来あがっているんだよね。
そして、魔法も同じ。
魔法もまた、生活には欠かせないもの。
まああれだ、私たちでいう所の原子力、いわゆる核と一緒だね。
生活の隅々まで行きわたってしまって、
無くそうにもなくせないものになってしまっている。
いざ、無くそうとすると誰かが無くさないと動けないというジレンマ。
この世界の魔物や魔法も、そんな感じなんだろうね。
だから、変わることができない…」
そんな、分かりにくい説明を聞きながらこれだけはわかった。
『この世界は、ある意味完成形なのかもな…』
そんな話をしている横で、アンナは静かに寝ていた。
ここまで読んでくれてありがとう。




