第55話 医務室の奇跡
深夜の冒険者ギルドは、閉まっていない。
どうやら24時間常に開いているようだ。
試しに、他のギルドなどの建物を見てきたがどこも閉まっていた。
冒険者ギルドだけ、特別みたいだな。
それはともかく、ギルドの中に忍び込むと人がいなかった。
いや、受付に女性が1人。
カフェに寝ている冒険者が3人と、掲示板で依頼書を張り替えている職員が1人。
俺は仕事をしている2人を警戒しながら、医務室へ足を進める。
…なんか、病院の夜の廊下を思い出すな。
薄暗く、ところどころ明るくなっていて響くのは自分の足音。
まあ、今の俺は肉球で足音でないけどね~
さて、医務室の前には誰もいなかったので勝手に中へ忍び込む。
…お邪魔しま~す。
医務室の中は、静かだった。
寝息とかいびきとか聞こえるかと思っていたのだが、何も聞こえなかった。
部屋を間違えたかと心配になり、ウロウロしてみると
ベッドには、入院しているフローラたちが寝ていた。
フローラに近づき、ベッドに登ってみるとフローラの寝息が聞こえる。
ん~、どうやら結界魔法の一種だろう。
おそらく、いびき対策だな。
音が漏れないなら、ちょうどいい。
俺は人化の法で人になると、フローラに話しかけてみる。
「フローラさん、フローラさん、お薬の時間ですよ」
フローラは薄目を開けて、俺に答えてくれる。
「……はい…」
そう弱々しく答えるフローラに、水差しに入れた上級ポーションを
ゆっくり、ゆっくり飲ませていく。
そして、全部飲み切ったところで再び声をかける。
「…はい、お薬を飲まれましたので寝ても大丈夫ですよ」
「……はい…」
そう答えると、フローラは再び目を閉じ寝てしまう。
…遅効性を作ってきてよかった~
京花には、おかしな顔をされたけどここで治ってしまうと大騒ぎだからな。
このポーションを飲んで、再び寝てもらわないとな!
こうして、この後も入院しているフローラの仲間に
薬と偽って、飲ませていくのだが、ここで最大の難関が現れた。
未だ意識が戻っていないフローラの仲間だ。
全身傷だらけで左腕をなくして、今も意識が戻らない男。
パーティー『勇者の足跡』のリーダー、グレッグだ。
俺は、水差しでグレッグにポーションを飲ませようとするが
口が開かず、飲ませることができない。
う~ん、グレッグの場合、外傷だけのようだから
ポーションを全身にかけてもいいのかもしれないな。
俺はすぐに、水差しの中のポーションをグレッグに振りかけた。
…グレッグがびしょ濡れになったけど、これで治るはずだ。
さて、何も起きていない今のうちに医務室を出て行くか。
次の日の朝、冒険者ギルドの医務室から叫び声が聞こえたそうだ。
なんでも、朝のお見舞いにルベルが医務室を訪れた時
そこには、抱き合って涙を流している女性3人の姿と
ベッドに、びしょ濡れで傷も欠損もすっかり治っているが
未だ意識が戻らないグレッグの手を握りながら泣いているリーガの姿があった。
ルベルが、医務室の状況に頭が追い付き叫び声を上げると
医務室の先生が飛び込んできて、ルベルと同じように再び叫び声をあげる。
…考えたら、昨日まで動くことさえ困難だった人が
一晩で動けるようになったところを目の当りにしたら、叫びたくもなるか。
あと、胸をなくした女性が復活していた自分の胸を確かめるために
よせて、上げてを繰り返しているとフローラとレナに怒られたそうだ。
上級ポーションで、そこまで治るのか~
で、あとの問題が未だ意識が戻らないリーダーの存在か…
フローラたちはこれからどうするのかな?
「なるほど。でも、上級ポーションなら当たり前の効能なんだけどね~」
京花は、出来あがったばかりのポーションを瓶に詰めていく。
ここは遺跡の京花の部屋の中、今朝のギルドで起きたことを話していた。
「でも、意識が戻らないのはなぜだろうか?」
俺は人になった姿で京花の部屋で手伝っている。
「それは、自己嫌悪の所為かもね」
瓶に詰め終わり、蓋をしてその上から札を張っていく。
「自己嫌悪ですか?」
ポーションを作りながら、手を止めることなく喋れるのか…
「そのリーダーは、責任感の強い人なんだろう」
瞬く間に、ポーションも完成した。
「金と銀の騎士と、戦えるから挑んだもののパーティーに大損害が出てしまった。
しかも、二度と冒険者を続けられないほどのケガを…
たぶん、そう思って悩み続け自問自答を繰り返しているんだろうね」
出来あがったポーションを箱詰めし、ムツミに渡していく。
「意識は戻るのか?」
ポーションの箱を持って、ムツミが部屋を出て行くと
京花は考える。
「ん~、何時かは戻るよ。何かきっかけがあればね」
「きっかけか……」
『勇者の足跡』におきたことは、瞬く間にギルド中に知れ渡り
さらにギルドを出て、王都中でも騒ぎになった。
冒険者ギルドの奇跡として。
また、水差しの中に不思議な液体が残っていたので
これを鑑定に出したところ、またしても大騒ぎになった。
これには貴族たちも関わりを持ってしまい『勇者の足跡』を脅したり
手を出したりされ被害報告がギルドに届くようになり、
ギルドから陛下に苦情が行ったなどいろいろ話に事欠かなかった。
こんな騒ぎの中でも、リーダーが目覚めることはなかった。
ここまで読んでくれてありがとう。
私用のため、次回は3日後です。




