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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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書庫にて

「それは違います、ハコルさま」


 ふいに背後から声が聞こえた。驚いて振り返ると、本棚の奥から少し埃で白っぽくなった服をパンバンと肉球ではたきながらシロがやって来た。


「シロ、お前いったいどこにいたんだ?」


 この部屋には僕とアーリサ以外は誰も入ってきていない。そういえば今朝から全くシロの姿を見ていなかったが、まさかずっとこの部屋に居たのか?でもどこに?

 僕は何となく今シロが来た方向を見やった。

 普段から使用人が綺麗に掃除をしているこの部屋で、ここまで埃まみれになれるといったら……。


 僕が視線を書棚の上にずらすと、その視線を遮る様に僕の目の前にシロが立ち位置を替えた。


「シロは寝てなどおりませんよ」

「まだ何も言っていない」


 僕は憮然として答えながらも、何か微かな違和感を感じた。


 何だろう?


 僕は違和感の正体について考えようとしたが、アーリサがシロに先程の発言について訊ねたので、そちらに気をとられて忘れてしまった。


「あの、シロさん!違う、とはどういう事ですか?」


 するとシロは鋭く尖った爪で自慢の髭を優しく整えながら金色の硝子細工のような目を細めて言った。


「そのままの意味です。ハコルさまのお母上はハコルさまに魔力を供給したせいで亡くなったわけではありません」

「シロ、誤魔化さなくていい」


 僕はきつく目を閉じると、腹の底からおも苦しい空気と共に言葉を吐き出した。

「僕はもう知っている。魔力は命の源の力だ。

 それを生まれつき魔力の乏しい僕に与え続ければどうなる?」


 僕の言葉にアーリサは顔色を青くして立ち尽くしている。


「魔力の枯渇した者は生きてはいけない。

 ……かわいそうに、アーリサ。

 でも安心していい。僕がそんなことにはさせない。君の命は、君のものだ」


 たとえ僕の魔力が枯渇して近い未来命を落とすことになったとしても、それは僕の問題だ。

父の事は尊敬しているが、こんな形の愛情は享受できない。



 しかしそんな僕の決意とは裏腹にシロは動じた風もなく椅子に座る僕の前で膝をついて視線を合わせてくる。


「ハコルさま、シロは誤魔化してなどおりませんよ。

 確かに魔力は命の源で、枯れてしまえば何者も生きてはいけません。

 しかし人は己の魔力の器から溢れた分以上に誰かに魔力を与える事はできないのです。

 それは、女神の雫であっても例外ではありません」


 そう言うと、シロはアーリサを振り返り訊いた。


「アーリサさまは これまでにも誰かに魔力を供給したことがごさまいますね?」

「は、はい」

「その時、体の不調を感じたことはありましたか?」

「……い、いいえ……」


 訊ねられたアーリサは少しだけ考えるようなそぶりを見せた後、首を振って答えた。


「眠気を感じたりといったことも?」

「……ない、と思います」


 アーリサの答えを聞いたシロは結構、とうなずくと僕に向き直った。


「お分かり頂けましたか?

 アーリサはあくまで余剰分の魔力をお裾分けしているに過ぎないのです。

 お母上にしても同じことです」

「しかし……、それならば何故 母は死ななければならなかった?

 お前の話だと、母は生命力に溢れた人であったはずだ。それなのに、なぜ!」


 僕の頭に微かに残る母の顔が浮かんだ。

 絹のように細い金の髪の、優しげな面立ちだったように思うが、その顔形はもはやおぼろげではっきりとは思い出せなくなっていた。


「……魔術というのは 万能ではないのですよ、ハコルさま」


 シロが目と耳を少しだけ伏せながらそっと言った。

 その声はあまりにも寂しげで、僕は何と言って声をかければいいのか分からなくなってしまった。

 シロは昔から、時々こういう表情をすることがあった。

 真面目な話をしているときだけでなく、たわいもない会話の時にも、ふっと…まるでそこにいるのに 全く別の空間にでもいるかのように。

 幼い頃はシロが消えてしまうような不安に駆られて、泣き出してしまった事もある。

 そして驚くシロの瞳が僕を捉えると、やっと安心できたのだ。

 もう、不安に泣くことは無いけれど……



「詳しい事は、お父上にお訊ねください」


 僕が言葉に詰まっていると、シロはそう言って目を上げた。そこにはもう先程までの悲しげな様子は欠片も見当たらなくなっていたけれど、僕はやはり「ああ」としか答えることができなかった。




 とても課題を続ける気にはなれなくなった僕が自室に戻ると告げると、アーリサがいくつか蔵書を貸してほしいと言ってきた。ここの蔵書は貴重な物も多いと聞くので、この機会にできるだけ読みたいのだそうだ。僕は控えをとって貸し出しの許可を与えた。

 書庫を出てシロが鍵をかけているとき、アーリサが僕の側に寄ってきて思いきったように僕に話しかけてきた。


「ハコル、私はいくらご自分の子供のためとはいえ、伯爵様が私の事を騙して契約したとは思えません。

 だって本来なら契約などしなくても、私ごときの処遇などどうとでもできるお立場なのですよ?

 ……どうか、伯爵様とお話し合いをしてください」


 そう言うと、「出すぎたことを申しました」と勢いよく頭を下げて小走りに走り去っていった。



「アーリサさまは、よいお子でございますね、ハコルさま」

「そうだな」

 シロが走り去るアーリサを目を細めながら誉めるのを聞いて僕が素直に頷くと、シロが「おや?」というように金色の片眉を上げて僕を見てきた。


「……なんだ?」


 僕は訝しく思ってシロを見返す。


「いえいえ……」


 シロは何だか楽しそうに含み笑いをすると、「お茶をいれてお部屋にお持ちいたします」と慇懃に頭を下げた。何だろう、何か腹が立つな。

 僕は本日何度目かのため息をつくと、シロにお茶はロリーの部屋でとるので、アーリサに声をかけておいてくれと伝言を頼む。


「ロリーさまのお部屋に、ですか?」

「ああ、そうだ。

 明日のための作戦会議だと伝えてくれ」


 僕がしれっと言うと、シロは笑顔のまま動きを止めた。

 仕方がないじゃないか。だってもう今日は勉強になりそうも無いのだから。それならば、暇をもて余している従妹殿をもてなした方が有意義な時間が過ごせるといったものだ。

 ……気もまぎれるし。


「明日のための……作戦会議、ですか?」

「そうだ」

「……ハコルさま」

「なんだ」

「どうかお手柔らかになさいますよう」


「それは、ロリー次第だな」


 僕は投げやりに言いながらシロを置いて歩き出した。



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