変化
お昼に食堂へ行くと先に来ていたアーリサがしょんぼりと卓についていた。
「食欲がない?」
僕が聞きながら椅子に座ると、アーリサは はっとしたように顔を上げた。
「すみません、そうじゃないんです。
さっきロリーが突然にお屋敷に戻ってしまって……
理由を訊ねても答えてくれないかったんです。
私が何か粗相をしてもあんな怒りかた、したことがなかったのに。
ハコル、何かロリーから聞いていませんか?」
落ち込むアーリサには悪いが、僕は少しホッとしていた。
僕の気持ちをロリーは明かさずにいてくれたのだ。
しかし、何と答えたものか……
悩む僕の様子から何かあると察したアーリサが必死な様子で食い下がる。
「何か知ってるんですね?
教えてください」
「いや、うん。
知ってはいるんだけれどね……
君にはまだ言えないな」
「え?それはどういう……」
「とにかく、僕が言えることは、君は何も悪くないって事だよ。
だから堂々と新学期までウチに居るといい」
理由を聞きたそうなアーリサに にっこりと笑って言うと、僕の聞かれたくない気持ちを察してアーリサは少し憮然としたものの「ありがとうございます。お世話になります」と礼を言った。
僕も「うん」と答えて温かいジャガイモのスープに口をつけようとした。
「あっ!」
「何?どうしたの」
アーリサが慌てたように立ち上がった。
「私、ロリーがお屋敷に戻ったのなら、ロリーの学友としてではなく使用人ということになるのではないでしょうか?」
そうだとすると主と一緒の食卓につくわけにはいかない。
そう言ってアーリサが席を離れようとする。
「座って、アーリサ。
ロリーが帰ろうが、今の君はお客さんだよ」
「でも……」
「それに、せっかく用意したランチを食べないなんて、料理長が悲しむよ」
「それは……でも」
「はあ。アーリサが食べなかったら僕は料理長を悲しませない為にもこれを全部食べなければならないのか」
二人前以上ある料理の数々を眺めてわざとらしく大きなため息をついて見せる。
チラリ、とうつむいた状態から目だけでアーリサの様子を伺うと、困ったような顔をしていたアーリサと目があった。
とたんに剥れた顔になる。
「からかってますね、ハコル」
「とんでもない。ただ、父も居なくてロリーも帰った今、君までよそよそしくなってしまうと僕は対等に相談できる人間がいなくなってしまうんだ。
だから、アーリサにはせめてこの冬の間は友人、という立場でいてほしいと思っている。
……駄目かな?」
最後は少し悲しそうに訴えてみた。
するとアーリサは真面目な顔になって「ハコル……わかりました。お世話になります」と頭を下げた。
僕は「ありがとう」とニッコリ笑って礼をいった。
「そう言えば弟妹はどうしたの?」
湯気をたてた白身魚の香草焼きを口に運びながら聞くと、アーリサは少し寂しそうに言った。
「ロリーと一緒にお屋敷に戻りました。
お休みを貰ってはいますが、あの子達の生活の基盤はあちらで出来上がっていますので」
「そう」
やはり一緒に居られないのは寂しいだろうな。
母を亡くしたこういう時だからよけいだろう。
僕はカリリと口の中で魚にまぶされた粗塩を噛み砕く。強い塩気に魚の脂が染みて食欲をそそる。
「……あの、ハコル」
「うん?何?」
このシンプルな料理が一番好きだなぁ。
最近のメニューは好きなものばかりだ。
皆が気を使ってくれているのが分かる。
ありがたいな。
「あの……私の体、おかしくないですか?」
「ブフッ!!」
ゴホゴホゴホゴホッ!
「大丈夫ですか、ハコル!?」
突然むせた僕に驚いて席を立つアーリサを片手で制する。
「だ、大丈夫。ちょっと気管に塩が入っただけ……」
水をあおって息を整える。
ふーーーー
あっ、控えてるメイド達の口元が緩んでいる!
これは後で噂されたりするんだろうな……
僕は軽く咳払いをして、話題提供の原因を作った彼女を見る。
「ンンッ!……で?
何故急にそんな事をきいたの?」
「それが……」
アーリサは少し躊躇ってから僕にだけ聞こえるくらいに声を落として告げた。
「魔力が、いつものように戻ってこない気がするんです」
「……え」
僕はしばらく意味を測りかねて困惑したままアーリサを見つめた。
話が話なので場所を移して僕の部屋にアーリサを招いた。
「詳しく話してくれる?」
「はい。水盆を使ってから、確かに魔力は回復していきました。
でもそれは、いつものように直ぐに戻るという感じではなくて……じわじわとしか戻らないんです。
始めは何時もより大量に消費したからかなぁって気にしていなかったんですが……」
魔力が戻らない?
いや、じわじわとは戻っているんだよな。
もしかして水盆を使ったことで魔力に影響が出たのか……?
一般人程度の魔力量になった、とか?
「あの、ハコルはどうですか?
体に何か変わったことはありませんか?」
「僕は別に……」
アーリサの質問に答えかけてハッとする。
「僕は別に……体調が悪くなったり……して、いない?」
それは、僕にしてはおかしなことだった。
一晩中暖房のない場所にいたり、雨にあたったりしていたのに、全く体調を崩していない。
今までならすぐに倒れているところだ。
アーリサの魔力を大量に貰ったから、そのせいだとばかり……
「ハコル?」
思考に沈んでいた僕ははっと我に帰った。
「やっぱり、どこか体に辛い所が……?」
「いや。大丈夫だよ」
心配そうに僕を見るアーリサに笑いかける。
「きっと、ここ数日で色んな事がおこったからね。
疲れているんだよ、アーリサは。
今日はゆっくり休んで……そうだな、明日は気晴らしに王都へ行こうか?
少し父に用事もできたしね……」
「ハコル、私は……」
「王都は僕もあまり行ったことがなくてね。来てくれると心強い。アーリサは僕の用事が終わるまで久しぶりに植物園でもを見てくるといいよ。
……一緒に来て貰えない、かな?」
辞退しようとするアーリサに困ったようにお願いすると、アーリサは少し迷った後「わかりました」と頷いた。
面倒見のいいアーリサは困った人にお願いされると弱いようだ。
悪い人に騙されないように、見ていてあげないとね。
行くと決めたアーリサは植物園の事で頭がいっぱいになったようだ。
早々に僕の部屋を辞した。
僕は笑顔で見送ったあと、うーんっ!と背伸びをした。
さて、どうしたもんかな……




