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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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女神の雫

女神(めがみ)(しずく)


 そう言われたアーリサは顔をさっと強張(こわば)らせた。

「やっぱり、か」

 掴んでいたアーリサの手を解放して、背もたれにドサリと寄りかかる。

『女神の雫』とは、魔力を他者に分け与えることの出来る、特殊な力を持った者の事を言う。

 シロを作った千年前の伯爵もそうだった、と聞いている。

 通常、魔力持ちは自分の体内を巡る魔力を放出することで、熱をおこしたり風を作り出したりと自然の理に干渉する。しかし何故か人から人へ魔力を送り込むことは難しく、希に現れるそうした力の持ち主の事を人々は畏敬(いけい)の念を込めて『女神の雫』と呼んでいた。


 アーリサは可哀想なくらい真っ白な顔をして、(くち)をはくはくと動かしている。

「あっ、あの、わたし……違いますっ」

「隠さなくて良い」

 何とか言葉をひねり出した様子のアーリサを制して僕はため息をついた。

「おおかた父上辺りに、僕には知らせるなと言われているのだろう?

 そして僕が倒れた時には君のその『女神の雫』の力でこっそり僕に魔力を送り込む」

 僕は先程までアーリサに握られていた自分の手を目の前にかざすと、ゆっくりと握ったり開いたりしてみる。

「最初に倒れた時、僕の傍らで手を握ってくれていたと知ったときは、突然目の前で倒れたから驚かせてしまって、それで心配して付いていてくれたのかと思ったよ。しかし先程の靴屋で僕の手を取ったとき、さすがに疑問を感じたんだ。

 アーリサ、君は出会って間もない異性にそこまで積極的に行動するような娘には見えない。それにそもそもアーリサから僕に対して愛だの恋だのといった感情は全く感じとれなかったしね」

 僕が言うと、それまで真剣だったアーリサが急に残念な物を見るような顔になった。なぜだ。完璧な推理だろうに。


「それは単にニブ……い、いえ。それで?だからと言ってなぜ私を『女神の雫』だと思ったのですか?」

 アーリサは咳払いをすると、改めて挑むように僕を見据えながら問いかけてくる。

「今まで誰にやっても気付かれたことなどありませんでした。

 伯爵に出会わなければ、私自身気づいていなかったかもしれない程なのですよ」

それまでは、病気の時家族の手を握って励ましたら次の日けろっと元気になったりしたことはあっても、特に気にしたことは無かったらしい。

 父上は自領に魔力持ちが現れたと聞き、それがただの花を咲かせるだけの能力ではなく『女神の雫』なのではないかと調べさせ、最近になってやっと判明したのだそうだ。

「そう、確かに魔力を送られたからといって特段その時何かを感じとる、と言うことはなかった。

 君の能力自体がそこまで強いものでは無いという事もあるんだろうね。

 ……でもね、似ていたんだ。どこぞの猫が施してくれる魔力の回復の仕方に」

 僕は馬車のドアに目をやる。

 その向こうにいるであろう、猫型の人形に。

「ハコル……」

 アーリサが眉をハの字に下げて呟いたとき、ドアが軽く叩かれ、外からシロの声がした。

「ハコルさま、そろそろロリーさまも落ち着いた頃かと」

「ああ、そうだな。馬車をやってくれ」

「かしこまりました」


 程なくして馬車がゆっくりと動き始める。

 アーリサは困ったように僕を見つめていた。

「心配しないで。直ぐに父上に言うようなことはしない。

 でももう僕に魔力を送り込むのは止めて欲しい。

 ……僕はもう、誰も、僕のせいで失いたくはないんだ」

 僕の拒絶が伝わったのか、アーリサは一瞬泣きそうな顔をした後、うつむいてしまった。

 馬車の中に重苦しい空気が流れる。


「シロ、ロリーを迎えに行く前に花屋に寄ってくれ」

 手に馴染んだステッキで馬車の壁をコツコツと叩いて言うと、馬車はすぐに近くの花屋の前に止められた。

 僕はそこで雪のように白いカデリアの花と、深紅の花びらをまとった八重咲きのコーデリーを1本ずつ買った。

 馬車に戻ると、考え事に沈んだ黒曜石の瞳がぼんやりと僕を捉えてて迎える。

「アーリサ、そんな顔をしないでくれ。

 ロリーが心配してしまうよ」

 そう言ってカデリアの花を差し出す。

 アーリサは少し驚いた顔をした後、おずおずと花を受け取って顔を近づけると、そっと香りを吸い込んだ。

「良い香り……」

「カデリアの香りは気持ちを落ち着かせる効果があるそうだよ。

 貸してごらん」

 そう言ってアーリサの手の中のカデリアの花を彼女の夜色の髪に差してやる。

「うん、似合うね」

 僕が満足して言うと、

 アーリサの頬に血の気が戻った。

 元気になったようだ。良かった、良かった。



 そこからそう遠くない所にある、新しくできた喫茶店にロリーはいた。

 テーブルの上には沢山のお菓子がネズミでも出たみたいにあちこち食べかけで並んでいる。

「ロリー」

 声をかけると、ロリーは僕の方を見て一瞬パッと顔を輝かせたものの、直ぐにむくれなおしてそっぽを向く。

 ロリーの事だ、もう怒っているわけではないが、バツが悪いのだろう。怒りが長く続かないのはロリーの数少ない美点だ。

「何の用よ!」

 チラチラとこちらを気にしているロリーにさっき買ったコーデリーの花を差し出す。

「ごめんね、ロリー。のけ者にしたんじゃないんだ。

 これを君にあげたくて、アーリサに咲かせ方を教わっていたんだよ」

 僕が少し悲しそうに謝ると、ロリーは簡単に引っ掛かってくれた。

「そ、そうなの?」

 と言ってアーリサを見る。

 アーリサが胡散臭い物を見るような目で僕を見てきたので、「そうだよ。ね、アーリサ?」と笑顔で言うと、若干ひきつりながらも「そうよ」とうなずいた。大根役者だなぁ。

「今日の記念に、二人にあげたかったんだよ。

 残念ながら僕には咲かせられなかったけどね」

 そう言ってロリーの髪にもコーデリーの花を差してやる。

「うん、二人ともとても綺麗だよ」

「当たり前よ!アーリサの花を咲かせる力は凄いんだからっ!」

 ロリーはアーリサ腕に自分の腕を絡めると、照れながら嬉しそうに笑った。

 うん。単純なのもロリーの美点だ。




 その日は予定が大きく狂ってしまったので、そのまま屋敷に戻ることになった。

 ロリーは始終ご機嫌で安心したが、アーリサは『女神の雫』の件を気にしてか、やはり少しよそよそしかった。

 途中、はしゃぎ疲れて眠ってしまったロリーに肩を貸しながら、ポツリとアーリサが尋ねてきた。

「コーデリーの花の香りには、どんな効果があるんですか?」

「……睡眠導入効果」



 聞かれたので答えると、アーリサは馬車のなかでそっと僕から離れた。



 静かで良いだろう?






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