千年の時を越えて
長い、長い時を生きた。
時に幸福で、時に悲しい。
いつ尽きるとも知れない時間を託され、伯爵の愛した家族を、その子孫をと見守った。
みな、よい子たちだったと思う。
どの子も健やかに育ち、やがては私の手を離し、立派に一人で立つようになっていった。
私はいつも心の中で、伯爵に報告をしていた。
どうです、シロはとても立派にお役目を果たしていますでしょう?
その問いかけに、返事などは無いけれど……
しかし何時もその幸福は永遠に なっては くれなかった。
みな、私を残して逝ってしまう。
私が心から会いたいと望む伯爵の元へ。
私だけが、何時も残された。
そうして 気がつけば、千年の時が過ぎていた。
しかし、それも ようやく終わる時が来た。
永遠に思えた魔力に ついに終わりが見え始めた頃、伯爵家に魔力の少ない子が生まれた。
あまりの奇遇に、私は この子に会うために千年の時を過ごしてきたのではないか、とさえ思えた。
大切な、大切なマスターの子孫。
必ず未来に繋げようと思った。
「ハコルさま……」
そんな彼の命をアーリサという未来を共に見れる者に繋げることができて、私は満足だった。
「シロ」
ふいに、声がかかった。
ぴくり、と自分の耳が動いたのがわかる。
「シロ?どうしたんだい、少しぼうっとしているね」
声に誘われるようにソファーから頭を上げると、窓辺に立つ男が漆黒の瞳を優しく細めて私に微笑みかけてきた。
シロ、と私を呼ぶ声が懐かしい。
さらりと頬にかかる黒髪に、美しいが、けしてひ弱な印象は受けない端正な顔立ち。
細身ながらもしっかりとした体躯。
その胸に光る薄紅色の水晶のピンは彼の魔力の強さを示している。
間違いようもない。その人は17代コーフスネル伯爵……私のマスターだった。
「マスター」
恐る恐る声に出して呼んでみる。
「なんだい?シロ」
少し首をかしげて答える伯爵に、込み上げてきた郷愁とでも言うべき感情を喉の下にぐっと抑え込む。
ああ、本当に 伯爵だ。私のマスター……!
夢のようだった。
ずっと……ずっとお会いしたかった。
千年、待った。
亡くなる前に伯爵が私に言ったから。
「シロ、後を頼んだよ」と。
そして、私の魔力が尽きたら迎えに来てくださると。
だから、つまり……
伯爵ばかり見ていた視線を、瞬きをしながら ゆっくりと辺りに向ける。私が今いるのは 最後に見たのと同じ、伯爵家の隠し部屋の中だった。
ただし、調度品は古ぼけても誇りがたまってもおらず、品よく光沢をたたえている。伯爵の背後では美しいレースのカーテンが窓からはいる風に穏やかに揺れていた。テーブルの上はいつもの伯爵の研究途中の様子そのままに乱雑に素材や本が積み重なっている。
こうしていると、まるで 今までの事が全て夢で、千年の昔に舞い戻ったかのようだ……
「どうかしたのかい?」
優しくたずねる伯爵に私はゆるく首を振った。
「……いえ、何でもありません。
ただ、……何だか 夢を 見ていたような 気分なのです」
「夢?」
伯爵が 私の横に腰を下ろし、耳を傾ける。
長い指を 私の耳の後ろに埋めて 軽く撫でてくれた。
私は気持ちよくて、嬉しくて うっとり としながら ぽつりぽつりと語った。
「伯爵。私は お言いつけ通り 長い、長い……気の遠くなるような長い時間を生きました。
そのなかで 私は マスターのお子のエディさまの、さらに子供の、そのまた子供……と、共に過ごしました」
まぶたの裏に浮かぶのは、何人もの愛らしい赤ん坊と、その子が成長し、やがてこの世を去っていった姿。
何人も、何人もこの手で育て、見送った。
そして、最後に出会ったのは……
「……最後の子供は、エディさまと同じように魔力の少ないお子でした。
少し悲しい生い立ちもあってひねた物言いもなさいますし、やんちゃな所もお有りでしたが、少年らしい潔白さもあり、また責任感も強い子に育ちました」
捕らえられた物置で、その小さな背中で必死に私を守ろうとしていた。
「シロ、シロ」と私の後をついてまわり、母を恋しがって泣いていた幼い子が、一人で立とうとしていた。
もう、十分だと思った。
「マスター……伯爵様。
ありがとうございました。
時間はとても長かったけれど、暮らした年月は全てが暖かかった……」
私は立ち上がると、ソファーに腰かけた伯爵の足元に膝まづき、恭しくその片手をとって額に当てた。
「ご苦労だったね、シロ。
よくやった。
君は本当に優秀な私の子だ」
伯爵はそう言ってもう片方の手で私の頭を撫でた。
ああ、
その言葉がどれだけ聞きたかったか、伯爵。
いつのまにか涙が流れた。
そんな私の額に自身の額をくっつけてふっと笑った伯爵が、私の頭をがしがしと撫でた。
「よし、よし!
いい子だ、シロ。
これからはずっと一緒だ。
また、研究を手伝ってくれるね?」
「はい、マスター」
喜びに頷きかけた私は はたと動きを止める。
「あ、しかしながら伯爵、もうお部屋を爆発させないというお約束は、守っていただきますよ」
伯爵が以前隠し部屋を爆発させ、硫黄のような匂いを撒き散らした ことを思い出した私が 顔をしかめて言うと、伯爵は目を丸くした後「はは!」と堪えきれないように笑い声をあげた。
「よく覚えていたね、シロ。
千年も昔の事なのに」
覚えていますとも。あの後、奥さまにはマスターを止めるように厳命されてしまったし、使用人一同は屋敷の臭いとりの為の大掃除で大変だったのだから。
そんな過去まで思い出した私は、伯爵に向けてツンと顔を上向けて言った。
「千年の時を越えても、忘れたりなど いたしませんよ。
私は、伯爵の作った優秀な人形ですからね」




