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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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水盆と約束

「あのっ!魔力を送れば良いのですよね?」


 アーリサが声を上げた。

 僕は俯いていた顔をゆるゆると上げて彼女を見た。


「私が魔力を送れば、シロさんは助かるのですよね?」

「そ、そうよね!そうだわ!

 なぁんだ、問題なんて全然ないじゃない!」

 アーリサの言葉に、眉間にシワを寄せていたロリーの顔がぱっと晴れた。

 しかし……


「いや、それはできないだろう」

 父が緩く首を振る。


「何故ですか!?」

「アーリサ。君は今、魔力がとても少ないのではないのかな?」


 顔色があまり良くないね、と父に指摘されてアーリサの顔が一瞬強ばる。


「あの、でも……確かに今は魔力が大分少ないです。

 けれど、もう数日すれば戻ると思うんです。そうすれば……」

 しどろもどろになりながら、シロのためになお食い下がるアーリサの言葉を聞きながら、僕の胸には悲しみの影が広がっていった。


「だめなんだ……!」


 吐き捨てるような声がアーリサ言葉を遮った。

 ビクッと肩を震わせるアーリサに、僕は心の内に渦巻く悲鳴を外に出してしまっていたことに気づく。

 彼女は何も悪くないと知りつつ声を荒げた気まずさに、僕はふいっと 目をそらせてしまう。


「……ごめん、アーリサ。

 シロの事を思ってくれてとても嬉しいんだ。

 でも……」


 声が震えた。


「それでは間に合わないんだ」


 魔力を足せば…。

 それは何度も考えた事だ。

 アーリサに頼んで魔力を注いでもらえば、長らえられるんじゃないか?

 しかし問題があった。

 それはシロを構築しているものが、魔力であるということだった。

 シロを動かすにはそれなりの魔力が必要だった。

 シロは千年前の伯爵が、様々な素材を魔力をもって繋ぎ合わせた人形だった。

 一定量魔力が通っているから、姿を保っていられる。

 千年もの長い年月のなか、朽ちずに動いていられた。

 しかしその魔力が尽きればどうなるのか。

 姿を留めているのかも怪しいだろう。

 だから母やアーリサの余剰魔力を送るくらいではシロを長く留めておくことはできないし、一度……例えば僕が、体調を崩したりして魔力をそちらに割いたりすれば、その間に止まってしまうかもしれない。



 僕の話を聞いて、アーリサは手で口許を覆って小さく「そんな……」と呟いた。

 ロリーは口をへの字に曲げて僕を睨み付けている。

 あれは何かを我慢しているときの、ロリーの癖だ。

 幼い頃から、変わらない……

 変わらない物もあるのに……


「もし仮に」

 

 僕がさらに口を開こうとすると、父が僕の手を優しくとって、僕の代わりに言葉を続けた。

 僕はいつの間にか拳を握りしめていたらしい。

 掌に爪が食い込んでいた。


「仮にシロが形をとどめていたとして、魔力を注いでもシロがシロとして目覚めるかは分からない」


 父が僕の手をさすって、固くなって動かなくなっていた指をそっと開いていく。

 爪痕がくっきりと残っていて、少しだけ血が滲んでいた。


「シロ自身が以前漏らしていてね。

 動きを止めたら、自分は伯爵のもとへ行くことを許されるのだと。

 だから悲しまないでほしいと」


 僕の掌のキズをそっとさすりながら、父は悲しそうに「バカだね、シロは。悲しまないなんて、できるわけがないのに。嬉しそうに言うんだよ」と言った。



「では……では、水盆を使いましょう!

 あれを使えば、魔力をごっそりと移せるみたいたでした!」


 アーリサが再びぱっと顔を上げた。


「そうか!水盆!」


 僕ははっと顔を上げるが、その危険性に気づいて思い直す。

「だめだよ、アーリサ。君はやってはだめだ。

 僕がやる。

 シロを救いたいのは、僕の望みだ。

 だから、これは僕がやらなければならない」

 すると、アーリサがムッとして言い返した。

「お言葉ですが、ハコル。

 貴方を助けるのが私の仕事です。

 魔力が枯渇してへろへろになったら、結局私が足すのですから、私が始めからやるのと同じことだと思います!」

「へ、へろへろ……」

 そんな風に見えていたのか。知ってはいたけど、ちょっとショックだ……

「はっ、いや危険だ!

 母は全部魔力を移行して亡くなったのだから、今回たまたま大丈夫だったからと言って、次も大丈夫とは限らない!」

 軽い衝撃から立ち直って言い返すと、アーリサがさらにムッとして口を開きかけた。



「あ~、水盆とは何のことかな?ハコル」


 何時までも続きそうな口論に父が割って入ってきた。

 僕は昨日この部屋から水盆を通ってハンミルテの家へ行ったことを話した。


「ふむ……おそらく年月を経て機能が変化してしまったんだろう。

 水盆でそんなのとができるとは、聞いたこともないしね。水盆の性質で、水が高いところから低いところに流れるように、魔力の多いアーリサからハコルの方へ流れてしまった、といったところか」


「そのわりには平均的にはなりませんでしたけれどね……」


 ふむ、なるほど……と考えながら顎をさする父に、つい不平を溢してしまう。

 このお陰で僕は元気だが、アーリサの体調が悪くなってしまったのが申し訳なくてしかたがない。

 


 父は少し考えてから「なるほど」と呟くと、上着を脱いで水盆をそれでくるみ、脇にかかえて立ち上がった。


「君達がシロに魔力を注ぐことは許可しない。

 これは、私が預かろう」

「父上!」


 僕は驚き父にとりすがった。


「お願いします!

 僕に試すチャンスをください!

 もしかしたら上手くいくかもしれないのに、このままシロが居なくなるのを黙って見ているなんてできません!!」

「いや、おそらく失敗する」

「なぜ……!」

「相手がシロだからだ」


 しかし父は冷静な口調で答えた。


「シロだから……?」

「そう。話を聞く限り、これはおそらく魔力を相手の許容量を満たすまで移すのだろう。

 だから、少ないなりに魔力を持っていたハコルにアーリサの魔力を移すと、ハコルの許容量がいっぱいになるまで魔力を写し終えて止まり、アーリサの中には少ないなりに魔力が残った。

 しかしサラナレアは…ハコル、君の母はその全てを失ってしまった。

 それは、シロの許容量が通常ではあり得ないほど多いということだ」


 僕の母は女神の雫の力の持ち主だった。

 体は病弱だったが、魔力は多かったはずだ。

 その母の魔力を全て移してなお、満たしきれなかったシロの魔力量。

 ならば、たとえアーリサが全快時に魔力を注いでもアーリサは助からないだろう。

 僕なんか……問題外だ。

 でも……


「でも、父上。

 僕はシロに魔力を注ぎたいのです。

 僕は……どのみち長くは生きられないでしょう。

 アーリサが魔力を足してはくれますが、アーリサにはアーリサの人生があります。

 僕は……こんなに長く生きる予定の無かった人間だ。

 それなのに、人の生き血を啜るような真似をしてまで、僕は……」

「ハコル!」



 父の荒らげる声と共にパンッ!と乾いた音が響いて僕の頬にジンと痛みが走った。

 頬を叩かれたのだと気づくのに、数秒かかった。

 目を瞬いてゆっくりと視線を移すと、驚いた顔をした父の隣で、アーリサが僕を叩いた手を呆然と見つめて「あ……」と呟いた。

 しかし僕と目が合うと、キッと目を吊り上げて「はっ……ハコルが、悪いんですから!

 私が、ちゃんと自分で決めて始めた仕事だって言ったのに、無理矢理やらされてるみたいに言うから!

 わっ、私が、決めたんです!

 嫌になったら、すぐ、ハコルなんて見捨ててやるんですから!

 だ、だから……だから、勝手に悲観して、かってに……!」


 驚く僕に勢いよく捲し立てていたアーリサが「うぅ~~……」と堪えきれずに泣きだすと、ロリーがそんなアーリサの頭をガシッと抱えこんで よしよしと 擦りながら「そうよ!全く!ハコルは考え方が根暗なのよ!」と顔を真っ赤にしてかみついてきた。

「暗い上に、鈍いし!弱いし!

 私とけっ……結婚するって約束も守らずに、死なせたりしないんだからね!」

「…………は?」


 結婚……?

 いつそんな約束を??

 突然のロリーのかみつき文句に、頭が真っ白になる。

 僕がポカンとしていると、ロリーの顔がますます赤くなった。


「約束!したじゃない!!

 コーフスネルに住みたいって言ったら、将来は伯爵夫人にしてあげるって!」

「え……?えーと……」


 いつの話だろう?

 僕は生まれてこのかた長く生きられるなんて思ったことないから、そんな約束はしないと思うんだけどなぁ……

 うーん……うーん……

 あっ!


「ああ!」

「思い出した!?」

 ロリーがぱっと笑顔になった。

伯爵に(・・・)してあげるよっていったんだ!

 僕はどうせ長くはないから、相続できるように遺言してあげるつもりだったんだよ。従妹のロリーなら血筋的にも問題ないしね」

「!!!」


 そうそう、思い出した。

 おかげで跡取り問題に関しては僕の中では解決済みになっていたんだ。

 この街をできる限りよい状態で引き継ごうと思っていたんだ。その為に勉強してきた。


 僕が思い出してスッキリしたのとは反対に、ロリーの顔が見る見るゆでダコのようになっていったかと思うと、僕をキッと睨んて拳を振り上げた。


「バカーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」


 とっさに顔を庇った僕のみぞおちに重い衝撃が走った。

「ぐっ!」とうめき声が漏れる。

 どうやらフェイントで腹に拳を入れられたらしい……

 衝撃に耐える僕を放置して、ロリーがソファーの隠し扉に飛び込んで逃げ去ってしまった。


「ロリー!」

 その後を慌てて追いかけるアーリサが、同じくソファーの隠し扉に向かい、途中でくるりと顔だけこちらを向けて「最低です……」とぼそりと言い捨て、ロリーを追って隠し扉に消えた。



 ふと視線を感じて振り向くと、父が可愛そうなものを見るような目で僕を見ていた……


「ハコル……今のは私もちょっと酷いと思うよ」

「ええ、全くです。親の顔が見てみたいですね」


 教育の仕方を間違えたみたいですよ、父上。

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