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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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捕縛

 安全を悟って気が緩みすぎていたようだ。

 僕の視線に気付いた父は使用人二人の存在を見とめると「いやはや、ははっ?」と爽やかな笑いに切り換えた。

 あまりにも自然に切り替えたので先程の大笑いが幻であったかのように感じる。

 さすが父上。



「さて、と。君たちの大冒険はまた後でしっかり聞くとして、先ずは屋敷に戻ろうか」


 父が僕たちから身を放し歩き出したので、僕は慌ててその後を追った。


「父上、シロが別の場所に捕まっています。街の外の倉庫です。早く助けてやってください」


 僕は今一番気がかりな事を主張した。

 ハンミルテによって倉庫を連れ出された後、シロが無事でいるかどうかがずっと気がかりだった。

 父は僕の顔を見ると、すっと目を細めた。


「シロはすでに別動隊を行かせて救出済みだ。もうすぐ合流するだろう」

「そう、だったんですね……、良かった……!」


 僕は心の底から安堵してため息をついた。

 父に「ありがとうございます」と笑顔を向けると、父はそんな僕からふい、と目をそらした。


「?」

 何となく、もやっとした気持ちになった。



「あっ、あの!伯爵様!」

 すると後からついてきていたアーリサがためらいがちに、しかし思い詰めた目で声を発した。

「なんだい?」

 父がやや細めた眼差しでアーリサを振り返り、穏やかな声音で聞いた。

 アーリサは父と目が合うと何かを言いかけ、下を向いて迷い、意を決して再び顔をあげると緊張の帯びた声で訊ねた。


「あのっ、母は……母は見つかりましたか?」


 思わずといったように立ち止まり真剣に父を見上げるアーリサを感情の読み取りにくい瞳で見返した父は、「ああ、見つかったよ」と答えた。

「あのっ!それで、母はどう……!」

 父の答えに叫ぶように訊ねようとするアーリサに、しかし父は左手をさっとかざして それを遮った。


「アーリサ、その話しも後でゆっくりしよう」


 その父の態度に、あまり良くない事態を感じ取ったのだろう。アーリサは「はい……」と小さく返事をすると、ぎゅっと左手を右の手で握った。





 正門の前につくと、馬車が何台も止まっていた。

 そこには手を拘束された エデラの儚げな姿もあった。顔色が悪いのは、体調のせいか、この騒動のせいか。


「父上。エデラは体が丈夫ではない上に身重です。

 ご配慮頂きたく思います」


 僕が進言すると、エデラがピクッと体を震わせた。


「そうか」


 父は頷くとエデラを馬車の中へ連れていくように指示を出した。

 捕縛している兵に縄を引かれたエデラは僕のいる方に体を向けると綺麗なお辞儀をひとつして歩き出した。

 歩き出してすぐ、その細い背中がゆらりと傾ぐ。

 僕はとっさに駆けよろうとするが、それよりも早く隣にいた兵が彼女の体を慌てて抱き止めた。


「エデラ!!!」


 その時屋敷の入り口から声が上がった。

 声につられて目を向けると、捕縛されたハンミルテが優雅さをかなぐり捨てて叫んでいた。

 必死で駆け寄ろうと身をよじるも、ハンミルテを捕縛している兵に動きを封じられて近寄ることができないようだ。

 狂ったようにエデラを呼び、放せ!とわめきたてる。


「医者に連れていけ。大切な証人だ」

「はっ!」


 父が兵に指示を出すとエデラを抱き止めていた兵は彼女を横抱きにして馬車へと運び、緩やかに馬車を走らせた。


「心配か?」


 父が僕の頭にぽん、と手を乗せて訊ねてきた。

 心配?

 ハンミルテの妻を、僕が……?


「……ええ。そう、ですね」


 ハンミルテにはひどい目に遭わされた。

 それでも、エデラの事は心配に思ってしまう。


「複雑な気分です」


 僕が気持ちをもて余して眉間にシワを寄せつつ白状すると、父は「そうか。おおいに悩め」と言ってそのまま頭の上に乗った手でをグリグリと撫で回した。

 父とロリーがあの場所にちょうど現れたのは、エデラが僕たちこちらに向かったと証言したからだ、とその時父が教えてくれた。




 やがて屋敷の前から移動してきたハンミルテが僕らの前を通りかかった。


「伯爵様!伯爵様お願いです!

 エデラに……!エデラに魔力を与えてやってください!!

 彼女には何も罪はないのです!

 彼女にはお腹に子ともがいるんですよ!

 お願いします!あなたも人の子の親のはずた!

 お願いします!!」

 必死に懇願するハンミルテに、僕は胸が苦しくなる。

 そっと父を見上げると、父は氷のような瞳でハンミルテを見下ろしていた。


「お前は、よくもぬけぬけとそんな事が言えたものだな。

 確かに私は親だ。

 だから、もしハコルに何かあったら、私はこの場で貴様の妻の腹から子供をえぐり出すくらいしても構わない心づもりだったが?」

「な……なんっ……!」


 父の言葉に、ハンミルテが目を見開いて驚いた。


「きさまが己の大切なものを守るために手段を選ばなかったのは、まだ解らないでもない。

 しかし他人に危害を加える事を決めたのだから、自分が危害を加えられたときに理不尽だと声高に主張する権利はもはやないと思え」


 冷たく言いはなつ伯爵の言葉に、ハンミルテは奥歯を噛み締めてきつく父を、僕をにらみ据えた。

 決して許しはしないという 強い強い念を染み込ませるように。

 目で人を殺したいというほどに。


 ハンミルテが連れていかれるのを震える思いで見送ると、父が「ハコル」と僕の方を向いた。

「はい」

「恐いか?」


 人の恨みを買うことが。


「はい」


 僕は頷いた。


「そうか。私もだ」

「父上も、ですか?」

「もちろんだとも。……でもな」


 父が僕に目線を合わせた。


「何が一番大切で、守らなければならないのか。

 何を優先すべきか。

 そこを判断するんだ」

「優先……」

「そうだ。そうすれば、おのずと答えは出る。

 ……楽な答えとは限らないが、な」


 そう言って、最後は少し自嘲ぎみに笑うと、また僕の頭をグリグリと撫でた。


「しかし、ハコル!大きくなったな。

 頭が高くなって撫でにくいぞ」

「……変わってませんよ、そんなに急には」

 父が吹っ切るように明るく言うので、僕も少し笑った。




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