救出
「くそ、ここもか…」
僕は思わず悪態をついた。
目の前には高い石塀が脈々と続いていて切れ間がない。
周りには背の高い木も植わっておらず、足がかりになるものすら見当たらない。
そのうえご丁寧に塀の上には有刺鉄線まで内側に向けて張り巡らされているのだから、いっそ感心する。
「ハンミルテめ、どれだけ計画的に監禁するつもりだ」
牢獄の様な監禁室を作るくらいだ。奴は少なくともこの屋敷を建てるときには監禁する事を考えていたのだろう。
準備のいいことだ……
塀に沿って走っていては丸見えなので、また庭の方に戻ろうとしたとき、屋敷の方角の茂みがガサガサと揺れた。
しまった、もう見つかってしまったか……!
逃げ場のない場所でそれでもアーリサと二人駈け出そうとしたとき、茂みをかき分けて 太陽をはじく黄金色の波打つ髪がずぼっと飛び出してきた。
絡み付く葉っぱをブンブンと頭を振って払おうとするが、そんなことでは取れそうもないくらいに折角の髪はすすもくちゃだ。
「もう!こっちだって言ってたけど、行けども行けども茂みばっかりで、本っっと じゃまくさいったら!
冬なんだから、少しぐらい大人しく枯れていられないのかしら!?……あ、」
無茶な悪態をつきながら続いて現れた森色の瞳と目が合う。
僕は目を大きく見開き、彼女を見つめる。
突然の出来事に声も出ない。
思考が完全に止まってしまっていた。
発見だ。人間は驚くと反応できなくなる生き物らしい。
固まる自分とは別に そんなどうでもいい分析をする自分がいて、なんとなく滑稽に思えた。
そんな時間の停止した場の空気を破って先に声を上げたのは彼女だった。
「ハコル!アーリサ!!やっと見つけたわ!」
「…ろ、ロリー……?え?なんで?」
戸惑いに揺れる声でアーリサがやっとのように尋ねた。
ロリーは森色の瞳に満足げな色を浮かべて腰に手を当てて無い胸をそらした。
「だって、屋敷の庭にいたはずの二人が突然いなくなっちゃうんですもの。
もう、びっくりしちゃったわ!」
ロリーはまるで今の今までかくれんぼをしていた子を見つけたような呑気な調子で文句を言った。
「あぁ……そういえばそうだったね」
僕は全く状況の説明になっていないロリーの言に思わず昨日の事を思い出した。
屋敷の隠し部屋から水盆をくぐってハンミルテの屋敷に飛ばされたのは、つい昨日の事だった。
あまりにもいろんなことがありすぎて、まるで何日も経ってしまっているような不思議な感覚を覚えるが。
いや、それよりも何よりも。
「ロリー、まさか君もハンミルテに捕まったのか?」
ここに現れるということは、そういうことなのではと僕がたずねると、ロリーはケロッとした顔で「そうよ?」
と言った。
ああ、頭が痛い……
「で、でも、ここで会えて良かったですよ!
一緒に逃げられますから。ね?」
隣でアーリサが慌てて僕を励ましてきた。
どうやら今僕はずいぶん疲れた顔をしているようだ。「そうだね……」と何とか笑って気分を盛り上げようとしてみる。はぁ。
「ロリーがどうしてここに連れてこられたかは追い追い聞くとして、とにかくここから出ることを優先しよう」
僕が考えるのをやめて歩き出そうとすると、ロリーが「それなら簡単よ」と宣った。
丁度その時、さっきロリーが来た方向の茂みが再びガサガサと音をたてた。
今度は何だと警戒する僕とアーリサの前に、「いやぁ、参った、参った!」と全く困った風もなく言うと、ロリーと同じ金色の髪についた葉っぱを手で払いながら男が現れた。
「ロリー、頼むから道を歩いてくれないかい?
ウチの天使はお転婆さんだね」
やれやれ、と微笑む貴公子に、ロリーは澄まして答えた。
「あら、伯父様。私にはちゃぁんと常に一本の道が見えていましたわ」
って……ロリー。それ、獣道ってやつでは?
野生の感覚が研ぎ澄まされすぎている。
いや、それよりも。
「父上!」
僕は思わず声をあげて駆け出した。
僕の声にこちらに目を向けた父がほっと顔を緩めて「ハコル!無事か!」と両手を広げる。
僕は迷わずその腕の中に飛び込んだ。
ぎゅっとしがみつくと、父が力強く抱き締めてくれる。
助かった……、助かったんだ!
とたんに押し寄せる安堵にじわりと涙が溢れた。
しかし、僕の頭上に顔を押し付けていキスをしていた父が顔を上げて「アーリサ、君も無事で良かった。おいで」と片手でアーリサを手招いたので、すんでの所で泣くのを ぐっとこらえた。
危なかった……。すっかり二人の前だというのを忘れてみっともない姿を見られるところだった。
何とか顔を取り繕って振り返るとアーリサが差し出された手を取っていいのかと、躊躇っているようだった。
下を向いたり、こちらを見たりと視線をさ迷わせている。
「アーリサ」
僕は父に抱き締められているのとは反対側の手をアーリサの方に向かって大きく差し出した。
おいで。
すると、アーリサは呪縛から解き放たれたように地面を蹴って駆けてきた。
そんな彼女を僕と父とでぎゅっと抱き留める。
良かった。彼女が無事で良かったと心から思う。
アーリサが堪えきれないといった様子で「うぅ~……」と堪えきれずに涙を流した。
しまった、せっかくこらえたのに、もらい泣きしそうだ。
そこへ横からドンッと衝撃が走った。
「ひどいわ!私も混ぜてちょうだい!」
ちょっと拗ねた顔をしてみせたロリーが僕とアーリサの両肩に手を回す形で飛び付き、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。
僕とアーリサは突然の事に驚きで涙を引っ込ませた。
そんな僕らの顔を交互に見比べて、そしてロリーはにかっと笑った。心配事も、不安もない、無邪気な笑顔。
「……ふ。ふはっ!」
僕は ロリーのそんな笑顔を見ていたら 何だか急に可笑しくなってきた。
僕が堪えきれずに笑い始めると、アーリサとロリーがつられた様に笑い声をあげ始める。
「あはっ、あはははは!」
「ふふっ、あははっ!あはははは!」
その様子をにこやかに眺めていた父も、混ざりたくなったのか「わーっはっはっは!」と伯爵にあるまじき大笑いを始めた。
未だかつて父がこんなに声をあげて笑う姿を見たことがなかった僕は、嬉しくなってさらにカラカラと笑った。
四人で笑って、笑って、そろそろ腹筋が痛くなってきた頃に ふと屋敷の方角が目にはいった。
そこにはいつの間にか普段父の警護をしている使用人二人が立っていて、僕らの光景に目を見開いたまま固まっていた。
しまった。




