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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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逃亡


 監禁されていた部屋を脱出してから、僕とアーリサは一番近い階段を駆け降りた。

 途中使用人に遭遇するのではないかと ひやひやしていたが、心配に反して全く人影がない。

 おかげで怖いくらい順調に四階から一階まで誰にも目撃されずに降りることができた。



 てっきり監禁部屋の周辺は人払いがされているのだと思っていたが、ハンミルテの屋敷にはそもそも使用人が少ない……?





「君は!?」


 一階の廊下を知っている所に出るようにとひた走っていたが、正面の出入口近くに来たところで ついに使用人に遭遇してしまった。

 あまりにも簡単に玄関ホールまでたどり着いたのでそのまま脱出できるのではないかと思ったが、さすがにそうは上手くいかないようだ。

 僕らを見つけたのは昨日馬車を出迎えた白髪の使用人だった。

 僕らは慌ててきびすを返し、来た道を戻る。

 彼は驚きに目を見開き、直ぐに状況を察っして外の馭者に声をかける。


「彼らを追ってください!私はハンミルテ様にご報告をします!」


 そう言って人手を集めに使用人用の戸へと走り去った。

 良くない流れだ。ハンミルテの姿が無ければ直ぐに四階の監禁室を調べられるだろう。思ったよりも早く猛獣(ハンミルテ)が野に放たれる予感に焦りを覚える。


 しかし正面入り口から猛然と追いかけてくる馭者に僕らは中央付近から逃げ出す予定を変更せざる終えない。

 この屋敷は結構な広さがあるので、家の間取りのわからないままにうろつきたくは なかったんだが……



 直線で走っていても直ぐに追い付かれてしまうので、距離が離れているのをいいことに階段下に隠れて一旦馭者をやり過ごす。そこには雨の日に外に出るためのちょっとした雨具があったので、その中のマントを手に取り体が隠れるギリギリの幅を廊下側に広げて掲げ、あたかもそこにかかっているかのように装ってそのうらに身を寄せると息を潜めた。

 馭者はちらりと階段下を除きに来たが僕たちがそこに隠れていることに全く気づかずに階段を駆け上がっていった。



 馭者の靴音が遠ざかると、息を潜めていたアーリサが はあ、と息を吐き出し ヒソヒソ声で「驚くほど上手くいきましたね。絶対に見つかると思いました」と頬を高揚させて言った。僕は何かに使えるかもしれないと掲げていたマントを腰に巻き付けてぎゅっと縛り、アーリサと二人廊下にまだ人の気配がないのを確認して走り出してから 少し笑った。


「うん、実はこれ以前 ロリーと かくれんぼをしていて気付いたんだけど、隠れているスペースをあえて少し見えるようにしておくんだ。それで、ギリギリまで小さくなって死角スペースに潜む。そうすると 人ってキチンと確認もせずに『そこは探したけど居なかった』と認識してしまうんだ。

僕はこの方法に気づいてからは遊びに巻き込んだ使用人にも誰にも見つからなかったな」

「へえぇ、なるほど~!よくそんなこと気づきましたねぇ~」


 アーリサがしきりに感心している。


「死活問題だったからね」

「え?」

「隠れている間は休んでいられるからね。なるべく時間を稼いで、ロリーが癇癪を起こした頃に別の分かりやすい所に移動して、わざと見つかるようにしていたんだ」


 我ながら上手く立ち回って、ロリーに振り回されるのを最小限に抑えていたなぁ……と自分に感心していたら、アーリサが「えっ……」と驚いたあと恐る恐るという風に言った。


「それって……。ロリーが癇癪を起こすのって 実はハコルのせいなんじゃないですか……?

 ロリー、きっと学習しちゃったんですよ。癇癪を起こしたら、何故か上手くいくって」

「な……んだって!?」


 そんな馬鹿な……そんなことが。

 でも言われてみれば心当たりがある。幼少期から比較的最近までの、似たような出来事が脳裏に現れる。あれは確かに反復練習に近いかもしれない……。


 僕が驚愕に目を見張る間にアーリサが正面の扉に辿り着いた。一目散に扉の取っ手に取りつき、押したり引いたりするが、扉はびくともしない。

 僕も遅ればせながら加勢するがやはり鍵がかかっているようで動かない。


「どうしましょう、ハコル。鍵がかかっています」

「くっ、抜け目のない……!」


 取っ手の下を見ると鍵穴が空いている。鍵がなければ出られないだろう。


 どうしようかと辺りを見回した所で、人の声が近づいてくる気配がした。

 僕はアーリサの手を引いて来た道と反対側の方へ向かって、再び走り出した。

 息が上がってきて、緊張からの動悸なのか単純に過激な運動によるものなのかよくわからないくらいだ。今日だけで一生分走るはめになりそうだな。



 途中まで走って都合の悪い事に気がついた。

 床の音が響くせいで相手の近づく音も分かるが、僕たちの居る場所もまるわかりだ。

 素早く靴を脱ぎ、アーリサにも脱ぐように促し、腰に巻いていたマントのなかにくるんで筒状にし、袈裟掛けに背負って胸の前で結んだ。

 これで僕らの足音は少しは軽減されるだろう。

 足音を潜ませながらひた走り何度か廊下を曲がった所で、換気のためか 掃除の為か開いていた近くの部屋に さっと中を確認してから身を滑り込ませて戸を閉める。

 壁に掛けてあったタペストリーの飾り棒を布ごと取り外し、両開きだった扉の両端に咬ませる。

 これで 外から誰か入ろうとしても少しくらい時間が稼げるだろうか。


 その間にアーリサは窓に取りつき、辺りを伺っていた。声を潜めて手招きしてくる。


「ハコル、こちらに人は居ないようです!」

「よし、行こう!」


 僕も潜めた声で返して背中にしょっていたのマントから靴を取りだして履いた。

 内鍵を開けて窓の外に飛び降りると、地面が若干ぬかるんでいた。


「まあ、足跡が残るくらいは今さらかな。扉に閂をつけた時点でこの部屋に居たことは割れてるんだし」

「そうですね……。あ、でもこんなのはどうですか?」


 僕が建物を回り込もうと走り出そうとすると、アーリサがそれを止めて良い笑顔になり、僕が進もうとした方とは逆の方へ駆けていった。

 遠回りになるのでは?と思ったが、彼女がやりたいことはすぐにわかった。

 ある程度足跡をつけると、近くの枯れ草にひょいと乗って足跡をつけず草伝いに戻ってくる。


「これであちらに逃げたように見えませんか?

 その、子供だましなんですけど……」

「いや、単純な方が案外引っ掛かるもんさ」


 途中から自信無さそうになったアーリサに僕もニヤリと笑いかけ、アーリサの足取りに続く。

アーリサは案を採用された事に嬉しそうにしたあと、「こんな時になんですが、……お二人がイタズラを仕掛ける気持ちが何となく分かりました。少し癖になりそうです」と打ち明けた。


「ようこそ、同志。歓迎するよ」





 そのまま草伝いに行けるところまで走り、庭の常緑樹の影などを移動しながら出られる所を探しつつ、最悪正門から出るべく走っていくと、赤い大振りの花をつけた常緑樹の影から人影が現れた。

 ぶつかりかけて慌てて飛び退くと、アーリサがその人物を見止めて「エデラ様!」と声をあげた。


「その声は……アーリサね?」


 エデラがおっとりとした声で「ビックリしたわ、今ぶつかりそうになったのでなくて?大丈夫かしら?」と胸に手をあてながらこ首をかしげた。

 アーリサは声を出してしまった自分に顔をしかめつつも、「はい、大丈夫です」と警戒しながら答えた。


「そう、良かったわ。

 ……ところで、ねえ、何だか屋敷の中が騒がしいのね?

 どうしたのかしら。何か知っていて?」


 おっとりと話続けるエデラに「さあ、猫でも紛れ込んだのでは?」と僕は適当に返す。


 エデラはどこまで知っているのだろう?

 この会話は足止めか?


 そんな僕らの警戒をよそに、エデラはぱっと顔を輝かせた。


「まあ、猫?

 私猫って触ったこと無いのだけれど、とてもふかふくで可愛らしいのでしょう?撫でてみたいわ」


 その子供のような笑顔に、嘘はないように見える。

 しかし、どちらにしろここで悠長に長話をしている暇はない。なにも知らないのなら、騒がれないように丁重にこの場を辞すだけだ。


「すみません、エデラ様。僕たち少し急いでおりまして」

「あら、ごめんなさい。引き留めてしまったわね?

 ごきげんよう」

「失礼します」


 そう言ってその場を辞しかけて、冬の最中にこんなところにいる彼女が気になった。

 アーリサもそれは同じだったようで、数歩歩いたあと振り返ると「あ、あの!外は寒いですし、お風邪をひいては大変ですよ。大事な体ですしエデラ様ももうお戻りください」と声をかけた。

 エデラは片頬に手を添えて小首を傾げ、困ったように少し笑った。

 アーリサはそんなエデラを見て「出すぎたことを申しました。失礼します」と恐縮して、見えていないだろうに頭を下げた。

 そうして逃げるように先に歩き始めたアーリサを追おうと僕が一歩踏み出そうとしたとき、ポツリとエデラの小さな声が僕の背中に届いた。




「ありがとう、アーリサ、ハコル様。ごめんなさいね……」



「え?」


 僕は後ろをぱっと振り返った。

 エデラはいつもの少女のような笑顔ではなく、別人のように大人びた顔で悲しそうに見えないはずの目を伏せていた。

 しかしそれも一瞬で、僕がまだ近くに居たことに驚き、すぐにちょっと困ったように微笑んだあと、いつものように無邪気な笑顔で手を振った。



 僕は、唐突に気づいた。



 彼女は、全て知っているのだと。



 知っていて、知らないふりをしている。

 おそらくその事はハンミルテも知らないのではないか?

 ハンミルテはエデラの事をまるで雛鳥のように大切にしている様だった。


 何の意図があるのか分からない。しかし目の前にいるこの女性は、守られるだけの奥様ではないのではないか……



 僕がその場を動けずにいると、アーリサが不審げに戻ってきて僕の腕を くいと引いた。


「ハコル、どうしました?」

「…………いや、何でもない。行こう」


 僕は軽く頭を振ると、もう一度ちらりとエデラを見てから、ひらひらと手を振る彼女を置いて今度こそ走り出した。







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