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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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サプライズ

 コツコツコツ……


 規則的な足音が聞こえてきた。

 靴音は二人分。

 僕はアーリサに目配せを送る。

 アーリサは僕を見返して、力強く頷いた。


 キィと音がして、覗き窓が開けられる。


「なんだ、物が一杯で中が見えないじゃないか!」


 憤慨した男の声がする。

 昨日のドランの声とは違う。あれは……工場の社長、ゴージルと言ったか……奴の声だったと思う。

 ゴージルは小窓の前に置かれた今朝と昨晩の食器に加えて、アーリサに手を引かれたせいでクラリエットが室内に落とした差し入れの篭が絶妙なバランスでみっちり積んである。

 退けようとして ぐわんぐわん!とひっくり返し、小窓の前に色々と散乱させてしまったゴージルがちっ!と舌打ちをした。


「すみません、ハンミルテ様。すぐに女中に言って下げさせますんで……」

「いや、その暇はない。私は午後から領主の屋敷に行かねばならん。その前に娘にエデラへ魔力を注がせておきたい」


 伯爵邸(ウチ)へ?

 もしかしたら父上がシロ誘拐の犯人にたどり着いたのだろうか?

 様子を伺うが、ハンミルテはイライラとしておりそれ以上は喋らない。ゴージルを急かして戸の鍵を開けるように指示を出している。

 おそらくハンミルテも警戒しているのだ。犯行がバレたのではないかと。

 僕は胸に希望が芽生え、気持ちが少し明るくなる。

 しかし戸の鍵穴に鍵が差し込まれ、ガチャリ!と音をたてると、そんな浮わついた気持ちも吹き飛んだ。

 これはチャンスだ。

 不確かな希望にすがらず、確実に脱出しなければ。

 慌てているハンミルテには隙ができている。

 奴の裏をかくなら、今しかない……!




 ごくり、と唾を飲み込んだ。





 キィっと小さな音をたててドアが開かれた。

 中は薄暗く、入ってすぐには目が馴れないせいで辺りがよく見えないはずだ。

 だから、無意識に彼らの視線は一点に引き寄せられる。

 部屋の奥に寄せられたテーブルの上には絵画が置かれている。絵画の前に置かれた蝋燭の明かりに照らされ、ゆらゆらと浮かび上がった肖像画はまるでそこに人がいるかのような錯覚を見る者に与える。

 ビクリ、とハンミルテとゴージルの体が一瞬だけこわばった。

 しかしそんなものは直ぐに絵だと認識して立ち直る程度の子供だましだ。


 でも……子供だましで十分だ!


 僕はアーリサに合図を送る。

 開かれた扉のちょうど裏側になるように配置した箪笥の上でアーリサが立ち上がった。

 ミシ、と音がして、ハンミルテとゴージルが振りかえる。しかし背後には誰もいない。


「サプラーイズ!」


 アーリサが声を張りあげる。

 ハンミルテとゴージルが声に誘われて上を見上げた。


 ドバドバドバドバドバドバ……!


 そのとたん、ハンミルテとゴージルの顔面に何かが降り注いだ。辺り一面に異臭が漂う。


「ぐぁ!?何だ、これはっ!?」

「ごほっ!ぶふぉっ!ぐふぅぅっ!」


 ハンミルテとゴージルがたまらず悲鳴をあげた。


 今朝一番にとれた、新鮮な汚物です!!

 扉の上ごしに汚物を二人めがけてぶちまけたアーリサは、うまく命中したというのに何だか苦い顔をしていた。


 いや、仕方なかったんだ。僕だってこんな方法はとりたくはないんだよ?でもとにかく、意表を突いて隙を作らなければならないのだから仕方がない。

 まっとうに向かっていっても勝てないのは身に染みて分かったからね。

 僕は心のなかでつい反論してしまう。



 しかしのんびりしている暇はない。

 気丈にも立ち直りかけているゴージルと、良い感じに上を凝視したせいで目に入ったのだろう、「目がぁ……!」と言っているハンミルテに向けて、僕は目眩ましに被っていた箪笥の引き出しから飛び出し、手に持っていたシーツを被せた。


 ぶわりと急にまとわりついてきたシーツに、見えていないハンミルテがあわてふためく。

 そこを先程身を潜めていた引き出しをひっ掴んで高く持ち上げ、勢いをつけて降り下ろす。

 ごうん!と鈍い音がしてハンミルテがシーツの下で昏倒した。

 よし!と思ったのもつかの間、ゴージルが思ったより機敏な動きでシーツを抜け出し、怒りに顔を歪ませながらアーリサの乗っている箪笥に向かって猛然と扉を回り込んだ。


 いけない!


 僕は慌ててその後を追う。

 アーリサは回り込んできたゴージルに慌てて箪笥の上で逃げようとするが、逃げ場がない。手にしていた汚物入れを投げつけるが、難なくかわされてしまう。

 そんなアーリサをギラギラと怒りに燃えたゴージルの目が捕らえた。


「このガキ!よくも……!」


 アーリサに手を伸ばしたゴージルの膝裏を僕は箪笥の引き出しでガツンと強く打つ。


 上の段は小さかったので、一番下の大きくて頑丈そうなものを汚物の飛沫を防ぐのと隠れるのに利用したのだが、振り回せば何でも武器になるものだな。少しは重たいが。


 急に膝裏を押されたゴージルは、カクンとバランスを崩して 箪笥に頭からぶつかっていった。

 ガン!と音がして、そのとたんアーリサの乗ったタンスがぐらりと傾ぐ。


「きゃあ!」

「アーリサ!」


 宙に投げ出されたアーリサがとっさに近くにあったゴージルの頭を踏みつけて体制を建て直そうとするが、そのまま前方にいる僕の方へ飛んできた。僕は慌ててアーリサの体を抱き止め、そのまま地面に尻餅をつく。


 ダーン!と良い音をたてて箪笥が倒れる音が響いた。


「い、痛……っ」


 なんとか衝撃をやり過ごして目の前を見ると、ゴージルが箪笥の下敷きになって延びていた……


 何だかよくわかないけど、やった!


「ありがとうございます、ハコル」

 アーリサが慌てて立ち上がり、僕に手を貸してくれた。

 ありがたく手を借りて立ち上がると、なんと足元にこの部屋の鍵が落ちていた。

 ゴージルがドアを開けてからずっと握っていたのだろう。探す手間が省けた。

 素早く鍵を拾い上げると、手に にちゃっとした。


 うっ……


 僕が言うのも何だけど、鳥肌ものだ。



「きさま……よくも!」


 逃げ出そうとドアの表側に回ると、ハンミルテが被せていたシーツで顔をこすりながら立ちふさがった。


 遅かったか!


 気絶している隙に逃げたかったが、ハンミルテはすでに ほぼ復活を遂げていた。

 箪笥の引き出しを盾にじりじりと後じさる。

 腰の剣をすらりと抜いたハンミルテが爛々と燃えた瞳で僕を見ていた。


「優しくしてやればつけあがりおって……」

「はっ!優しくだって?!」


 強気に言い返すも、額から汗が伝う。

 半歩、半歩と部屋の奥の方まで追い詰められ、もうあまり後がない。


「うっ……」


 倒れていたはずのゴージルのうめきが聞こえた。


 くそ!ここまでなのか!?何か方法は……っ!

 このまま逃げられなければ、更に状況は悪化してしまう。



 その時、背後でアーリサが動いた。

 テーブルにあった蝋燭をハンミルテに向かって投げつける。

 しかしハンミルテはそれをなんなく剣で はたき落とした。

 僕は間伐いれずに手に持っていた引き出しを投げつける。

 ぶんっ!と重い音をたてて引き出しが飛んでいくが、ハンミルテはそれも片手で易々と払い落とした。

 僕は引き出しを投げつけたその手で すかさずテーブルをわし掴み、があっ!と突進した。

 とっさに剣を振るおうとしたハンミルテだが、さすがにテーブルが突っ込んで来るのを止めることができず腹に受け、そのまま数歩後ずさった。

 しかし……


「ふん!」


 すぐに踏み留まると ハンミルテにテーブルを捕まれ、あえなく押し返される。僕の足元がよろりとよろめいた。


「くっ!」


 真っ向からの力では到底敵いそうもなかった。

 そこへ、再びばさりと白い布がハンミルテの顔を覆う。

 アーリサがハンミルテの顔を後ろからシーツで邪魔したようだ。

 ハンミルテはいまいましげにばっと手でシーツを払いのけ、アーリサに反撃を加えようと振り返る。

 僕はとっさに さっきテーブルから落とした絵画を拾い上げる。

 落下の衝撃で外枠だけになったそれをしっかりと握りこむと大きく振りかぶり、額縁の縁が真っ直ぐにハンミルテの額に当たるように力いっぱい降り下ろした。


 ガッ!と 小気味の良い音がして、ハンミルテがスローモーションのようにゆっくりと膝から地面にくずおれていく。

 そしてそのままドン と音をたてて床に倒れ、意識を失った。


「はぁ、はぁ……はぁっ」


 肺が、心臓が、いつにない運動量に悲鳴をあげている。

 僕はガランッと手にしていた額縁を投げ捨て、アーリサの手を引いてついに牢獄を脱出した。





 戸を出てすぐに、僕は持っていた鍵で部屋を外側から施錠した。

 直後に起きてきたゴージルが扉の向こうから喚き散らしながら戸にドン!と体当たりをしてきた。

 しかしさすがと言うべきか、監禁用に作られた扉はびくともしない。


 危なかった……


「急ごう!」


 すぐにきびすを返して、アーリサを促す。

 とにかく、この屋敷を出て伯爵邸に知らせをやらねば。僕がいくら叫んでも音をたてても見張りすら来なかった所を見ると、この屋敷には使用人が極端に少ないか、またはこちら側には誰も近づかないように言ってあるのか……

 いずれにせよ、少しは時間が稼げるとは思うが使用人が牢獄にいるハンミルテたちに気づくのも時間の問題だろう。


 僕らは慎重に辺りを伺いながら手を取り合って駆け出した。


 走りはじめてすぐにアーリサに「うっ、ハコル、手に汚物ついてるじゃないですか!」と文句を言われた。




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