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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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怒り

「どうです?ハコル様。

 己に力が足りず、大切な者を救えないお気持ちは」


 ハンミルテが暗い笑顔を僕に向けて言った。


 今の気持ちだと?

 そんなもの、最低に決まっている。


「……こんな力ずくな手段は長くは続かないぞ。

 エデラだってそのうち気づくだろうし、そうでなくともそのうち僕らを追って父上たちがここにたどり着く。

 お前が罪を重ねれば重ねるほど、それこそお前の大切なエデラも罪に問われることになる」


 怒りを押さえきれずハンミルテを睨み上げ、はったりも交えて解放を要求する。

 そんな僕をハンミルテはさらに嘲笑った。


「やれやれ、まだそんな事を。お父上が来ないのは知っていますよ。伯爵はまだ貴方の居場所をご存じないのでしょう?

 伯爵邸を偵察させたが、伯爵は貴方達を探すのに躍起になっていたそうです。

 とすると、おおかた伯爵家に伝わる某かの魔術の影響でお二人だけ飛ばされてきた、といった所でしょう。

 現れたときの貴殿方の驚いた様子から大体察しはついてましたがね」


 すっと腰を屈めて僕に顔を近づけると、ハンミルテは愚かな子供を慰めるように猫なで声で

「貴方は本当に愚かだ。そんな見え透いた嘘がいつまでも通るとお思いですか?

 ……誰も、貴殿方を助けになど来ませんよ」

 と囁いた。僕は羞恥に頬がかっと熱くなった。

 

 そんな僕を鼻で笑うと、興味を失ったように立ち上がり次に拘束されたアーリサに歩み寄った。

「今から貴女の拘束を溶くが、くれぐれも騒いだり暴れたりはしないように。ハコル様の命が惜しいなら、ね」

 と念を押す。

 アーリサが力なく頷くとハンミルテが顎でドランに戒めを溶くように指示する。

 押さえつける力が無くなり、猿ぐつわを外されたアーリサは、緊張した面持ちのまま、それでも少しほっと息を吐いた。


「アーリサ、君には夕食後にエデラに本を読んでもらう。

 そのときに魔力を注ぐように」


 ハンミルテの言葉を受けて、アーリサが青い顔でコクりと頷く。


「けしてエデラに魔力を送っていることを悟られないように、会話には十分に注意しなさい」

「……はい」

「よろしい」


 ちらりと僕を見て再び従順に返事を返すアーリサに、ハンミルテは満足げに頷いた。

 そのままアーリサを連れて部屋を出ようとするハンミルテに僕は慌ててくいさがった。


「まて……まて、ハンミルテ!今のアーリサは体調が良くない。魔力は余剰分を送るものだ。今の彼女には誰かに分けられるほどの魔力はない。せめて明日にしてくれないか」


 先程のエデラの部屋での様子を思いだし僕が言い募ると、ハンミルテが虫を見るような目で僕を見返してきた。

 そして僕にゆっくりと歩み寄る。

 その瞳には殺意が垣間見得た。


「いいえ!やります!」


 そんな僕とハンミルテの前にアーリサが体を割り込ませて焦りを帯びた声をあげた。


「たっ、確かに魔力は今はあまり有りませんのでたっぷりと言うわけにはいかないでしょうが、できる限りは送ります!ですから、ハコルにこれ以上は……!」

「アーリサッ……!」

「フン、相変わらず寝言ばかりを仰いますな、ハコル様。

 体調が良くない?

 …そんなもの、エデラは常にそうですよ。

 アーリサ、君もだ。

 君には倒れてでも魔力を注いでもらう。

 どうせ明日には増えるのだろう?

 余力など残させはしない」


 冷たく言い放つとアーリサの二の腕をギリッと掴み上げて立たせ、引きずるようにしてドランに引き渡し、つれていかせた。そして自身も部屋を出ようとし、少し振り返って僕を見た。


「守るべき女性に守られて、悔しそうですな。

 ……以前の私もそうでしたよ。だから私は彼女を守るためには何でもすると決めた。

 貴方はどうです。

 貴方には、まだ私の気持ちは理解できませんかな」


 最後は呟きのように言って重そうな戸を閉める。

 外から鍵のかけられる音が聞こえた。

 薄い絨毯のせいで聞こえる三人分の足音が遠ざかると、辺りはしんと静まり返った。

 薄暗い部屋に転がっていた僕はきつく唇を噛み締める。


 畜生!畜生!!

 目の前でアーリサを連れていかれた。

 何もできなかった。

 また、何もできなかった!

 僕は、なんて無力なんだ……!


 心臓を抉られるような痛みがはしる。

 殴られ、蹴られてできた体の傷よりも、何よりも重い痛みに叫び出しそうになる。

 喉にせり上がる苦しみをダン!!と床に拳を叩きつけて放出する。

 冷静さを取り戻そうと深呼吸を一つ、二つ。


 はあ。

 よし、後悔しても始まらない。それよりも何としてもここから脱出するんだ。



 気合いを入れ直すと軋む体を励まして立ち上がる。

 立ち上がったその場で腕や足を回し、状態を確認。


 うん、動くな。

 よかった。骨が折れてはいないようだ。

 僕は部屋の扉が開かないか激しく揺らしてみる。

 ガチャガチャと音は結構派手に響いたが やはりびくともしなかった。

 そのまましばらく外の様子をうかがうが、人の気配は感じられない。

 先程三人の靴音が遠ざかった。見張りはいない……のか?

 僕は部屋の中央にあった椅子を逆さにして足を持ち、扉の横の壁に背中を預ける。

 脱出も兼ねて確認だ。

 すぅっ……と大きく息を吸って……


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 声変わり前の高い声で少女のような悲鳴をあげてみた。

 そして侵入してきた見張りを殴り倒すべく椅子を構える。


「………………………」


 しかし僕の可憐な叫び声の余韻が耳に残るだけで、しばらく待ったが誰も入ってくる気配はなかった。

 ……もしかしたら、見張りどころか近くに使用人が全くいない?


 ならばと扉に向かって派手に肩から体当たりを決めてみる。

 しかしバン!バン!と何度か当たってみたがびくともしなかった。

 では窓はどうか?

 僕は椅子を持ったまま窓辺に移動すると、薄暗くしているカーテンをさっと引き、その光景に思わず「えつ!?」と声をあげた。

 体の通らない縦型の細い窓が姿を現したからだ。しかもご丁寧に鉄格子まではまっている。

 どのカーテンを開けてもそうだった。


 これは……この部屋は、始めから誰かを閉じ込めるために作られた部屋だ!

 僕は露になった窓にゾッとして2~3歩後じさった。

 何のために作られた部屋なのか。

 それはおそらく、アーリサかシロを閉じ込めるためのものだ。

 この屋敷に来たとき、屋敷を比較的新しいと思ったが、その建てるときからすでに捕獲を考えていたのだろう。その為の牢獄だ、ここは。

 執念が常軌を逸している……。


 不意に先程のハンミルテの言葉が耳によみがえった。


『私は彼女を守るためには何でもすると決めた』

『貴方はどうです』



「……ふん、上等だ」



 不敵な台詞を口をついて出た。

 身の内を焦がしていた怒りが、活力に変わったのを感じる。


 何でも、だって?

 非道な手段に訴えるのが、そんなに偉いのか!?

 じゃあ僕だって何でもしてやろうじゃないか!


 気遣うようなアーリサの顔が脳裏を過った。

 小さい弟妹がいたせいか、彼女は土壇場になると僕を守ろうと気丈に振る舞ってしまうようだ。


 でも、怯えていた……

 だから今度こそ、僕が彼女を守らなければならないと感じる。


 ……確かに、僕は非力だ。

 でも、何もできない訳じゃない。


 ハンミルテ、僕を侮った事を後悔させてやる……!


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