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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
24/43

ハンミルテの事情

 部屋を退出する時、ちらりと視界に映ったエデラは侍女に支えられて椅子から腰を起こすところだった。その横顔は少し疲れて見える。

 そう長い時間であったとも思えないが、彼女にとっては負担があったのだろう。その程度が負担になる程 彼女の体力はおそらく無くなっているのだ。





 ハンミルテに連れられて僕らが次に通されたのは、先程とは建物の反対側に位置する三階の突き当たりの部屋だった。いつの間にか僕たちの後ろには 物置にいたドランがついていて、退路を塞いでいる。


 ハンミルテが扉を開けて体をずらすと僕たちを中に促した。

 薄暗い室中に警戒しつつ足を踏み入れると、普段使われていない部屋なのか、エデラの部屋とはうってかわって空気が籠っていた。湿度を含んだ匂いに少しの息苦しさを覚え僅に顔をしかめる。

 僕らは部屋の中央に置かれた 飾り気の無いテーブルを挟んで、ハンミルテらと向かい合った。

 じっと見下ろしてくるハンミルテを目をそらさず見返す。

 しばらく出方を探っていると、ハンミルテがゆっくりと口を開いた。


「ハコル様、エデラ……妻と話してどう感じましたか」


 静かに問う声に、僕は少し考えたあと率直に答えた。


「……とても素敵な方だと思いましたよ。素直で明るく、可愛らしい人だ」


 とても目の前の陰気な男の妻とは思えない。

 ハンミルテは僕の答えを聞いてふっ、と空気の抜けるような息を吐き「そうでしょうとも」と言った。


「彼女と私は幼馴染みでね。親との折り合いの悪かった私はいつも彼女の優しさに救われていました。

 いや、私だけじゃない。彼女と関わった者は皆優しい気持ちになるんです。エデラはそういう女性なんですよ」


 ハンミルテは昔を懐かしむように小さな明かりとりの窓の方に目をやり、少し微笑んだ。

 しかし直ぐに厳しい顔に戻ると視線を戻す。


「ハコル様、先程貴方はコーフスネルの民を守るとおっしゃった。ならば彼女も救っていただきたい。魔力を与えてください。彼女は 生まれも育ちもここ、コーフスネルです。貴方の守るべき人のはずだ」

「そうか。では良い医師を紹介するよう父に頼もう」


 僕は負けじと言い返した。「アーリサを譲ってほしい」というハンミルテの主張はまるきり無視する。医師に任せるのが正当で、それ以外に方法は無いという意思を込めて。


「ハッ、医師など!…そんなもので治らぬ事など ハコル様が一番ご存じでしょうに。

 私はね、ハコル様。エデラに元気になってほしいのですよ。貴方のように」

「魔力は万能ではない。残念ながらな」

「そうでしょうか?

 では何故貴方は生きていらっしゃる」

「僕はたまたま魔力が原因の虚弱だったからだ」

「エデラもそうかもしれない!」


 僕は ふう、と息をはいた。


「そうだとしても、協力はできない」

「何故だ!」

「何故?」


 僕はきつくハンミルテを見返した。


「貴方がそれを言うのか?

 何故、と?

 僕らを襲撃させてシロを拐った。

 それだけでも許しがたいのに、今度はアーリサをよこせと?

 そんな輩に『ハイそうですか』と大切な友人を渡せると思うのか!」

「時間がないのです!」


 ハンミルテは強く断る僕に怒りを顕に声を荒げた。


「彼女のお腹を見たでしょう!

 妊娠しているのです!

 彼女は…エデラは、自分はあまり長く生きられないから、せめて私に子供を残そうとしてくれているのです…!」

「ならば何故父上にそう申し出なかった?

 せめて妊娠中だけでもと申し出ることもできたはずた」


 バン!!


 僕の問いにハンミルテが激しくテーブルを叩いた。


「申し出なかったと!?

 私が申し出なかったとお思いですか!?

 エデラと結婚した時に申し出ましたとも!

 しかし訴えは聞き届けられなかった!

 伯爵は、ハコル様、貴方だけ!貴方だけが助かれば後は死んでも良いとお考えなのですよ!!」


 歯を食い縛ったハンミルテの口から「なんと理不尽な……!」と小さな呻き声がこぼれた。

 僕の隣でアーリサが口許を押さえて震えた。

 僕も心臓をわしずかみにされるような痛みを覚えた。


 一瞬、心が揺らいだ。




 それでも。




「憐れに思うよ」


 僕はきつく目を閉じて、そして心を固めてハンミルテを見た。


「僕はお前を、エデラを憐れに思う」

「ハコル様、では……」

「それでも、僕はお前にアーリサを渡す事はできない。もちろんシロもだ」


 憐れな話を聞いたからと言ってハンミルテの妻のために、アーリサの安全を投げ捨てる事はできない。この男は相変わらず危険なままだ。

 一瞬喜びに代わりかけたハンミルテの顔が失望の色に変わる。



「やはり貴殿方にはわからないのだ。庶民の気持ちなど」

「お前は自分でいうほどの庶民ではないだろう。財力もあり、それなりの地位も得ているようだ。

 良い医者をさがせ。その為の口添えなら父上にしてやろう」


 酷い言いぐさだ。

 アーリサには冷たく思われるかもしれないな、と頭の隅で少し思った。

 しかし、出来ない約束をするわけにはいかない。

 仮に一時そんなことを許可すれば、後々アーリサ一人に対していったい何人の人間が押し掛けることになるだろう。

 彼女の意思も人生も守らなければならない。


「僕たちは失礼する。シロを渡してもらおう」


 そのまま帰る流れにならないかな、と淡い期待をさらっと口にしてみたが、ハンミルテは下を向いたまま反応しない。

 しばらく待って、強引に帰ってしまおうかと考えたとき、急にハンミルテが笑った。

 いぶかしむ僕らの前でハンミルテは次第に大きな声をあげて笑い始める。

 壊れたか?と距離をとろうとしたとき、ふっとハンミルテが真顔に戻ってドランに「娘を捕まえろ」と指示を出した。

 ドランが予想以上に素早く動いてアーリサの腕をつかむ。

 僕はとっさ間に入ろうとしたが、横っ面を殴られてあえなく後ろに転がった。


「ハコル!……ンー!」


 アーリサが叫ぶ声が聞こえたが、途中からくぐもった呻きに変わる。

 ぐらぐらする頭と定まらない視界の中、何とかアーリサの方を見ると、猿ぐつわを噛まされていた。


 助けなければ……!


 しかし 何とか立ち上がってアーリサの方に行こうとする僕の前にハンミルテが立ちふさがった。

 ハンミルテは顔を暗く歪ませて僕を見下ろすと、楽しそうに笑った。


「ハコル様、貴方はやはりご自分の立場を分かっておられないようだ」


 そう言って再び僕を殴り飛ばす。

 僕はあっけないほど簡単に後ろへと倒れこんだ。


「うっ……はぁ、はぁ……」


 情けない!

 こんなに簡単に……抵抗も出来ないなんて……!


 僕は苦痛を意識の外に押しやり、無心に、とにかく体を起こそうとする。

 しかしハンミルテは床に仰向けに倒れこんだ僕の頭もとへ来て見下ろすと、嘲笑いながら靴を喉元に当てた。

 そのままゆっくりと、少しずつ体重をかける。


「ぐっ……ぅ、ぅ……」

「ンー!ンー!!」


 僕は必死に手で靴を押し退けようとするが体制が悪いのか力が入らずびくともしない。

 苦しみもがく喉からかってに呻きが盛れた。

 その様子を見ているのだろうアーリサの叫びが聞こえる。

 ふいにハンミルテの靴が首の上からなくなった。


「ごほっ、ごほっ!!」


 酸素が一気に入ってきて僕は激しく咳き込む。

 そんな僕を無視してハンミルテはアーリサの方を向いた。



「アーリサ、君に選ばせてあげよう」


 羽交い締めにされたまま暴れようともがいていたアーリサが、ピクリと反応して動きを止める。


「このままハコル様を見殺しにしてでも私に歯向かうか、大人しく私の指示に従うか…」

「!」


 アーリサが大きく目を見開く。


「だっ……めだ!アー……サ!」


 声を振り絞ってアーリサを止めようとする。

 とたんにハンミルテに靴で腹を踏まれた。


「ぐっ!!」

「ンー!」


 僕とアーリサの声が重なる。


「どうです?アーリサ。貴女に聞いているのですよ。

 このままだとハコル様は今夜辺り高熱を出すかもしれませんねぇ。放っておいたら私たちが手を下さなくても死んでしまうのではないですか?

 だが従うのなら、ハコル様にも魔力を分けてあげることを許可しなくもない。

 もちろん、エデラに十分に魔力を注いだ後でなら、ですがね」


 アーリサは目を見開いたままハンミルテをしばし見つめて、僕を見て……そして、頷いた。


 きつく目を閉じる僕の耳にハンミルテの高い笑い声が響いた。

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