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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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ハンミルテの妻

 僕はハンミルテの言葉の続きをじっと待ったが、ハンミルテには今はそれ以上の事を話すつもりがないようだ。再びじっとただ僕らを眺めたままで微動だにしなくなってしまった。

 しばらく見返していたが、どうにもハンミルテの険しい瞳は僕たちを写しながらも僕らを見ているのではないような気がする。

 僕らを通して、何か違うものを見ているような。先程言っていた『世の中の歪み』とやらの事かもしれない。……それが何かは分からないが。




 ガタンガタンと揺れる馬車の中で、ずっと僕の隣で居心地悪そうに そわそわとしていたアーリサが「大丈夫ですか?」とこっそり聞いてきた。おそらく魔力の事だろう。

 僕はアーリサを安心させるように小さくうなずき返した。

 理屈は分からないが、水鏡を通り抜けてからこっち、体調が良いのがとてもありがたい。

 そんな僕の様子にアーリサも少しだけ安堵したようだが 表情は硬く、緊張しているせいか顔色が少し悪いように思える。

 僕はむしろアーリサの方が心配になった。

 彼女が元気でないところを見たことがないせいかもしれない。

 何せ雪の降りしきる庭を、真冬に外に出るにはあまりにも薄いショールを一枚羽織っただけといういでたちで歩き回って、それでも風邪ひとつ引くことなくピンピンしている程なのだ。

 その様子を自室から窓越しに眺めていた僕の方が冷気に当てられて風邪を引いたくらいだ。

 行動や言動からは分かりにくいが、流石は女神の雫といったところか。もしかしたら健康という点においてはロリーよりも上かもしれないな。


 そんなアーリサなので、おそらく極度の緊張からだろうと考え、安心させようと掴んでいた彼女の手を自分の方へ引き寄せる。いつもシロがしてくれたみたいにポンポンと反対側の手であやしてやった。


 大丈夫、大丈夫。


 アーリサは少し驚いた顔で僕の方を見たので軽く微笑んで余裕があるように振る舞う。余裕なんてないけど。本当は恐くて恐くて逃げ出しそうだけれど、彼女を、シロを守らなければという気持ちだけが僕を支えていた。アーリサはそんな僕をしばし見つめると、そのままされるがままに僕に手を預け、軽く眼を伏せた。


 そんな僕らをハンミルテはただじっと見つめていた。







 城門を潜り抜け、しばらく走ると次第に道が良くなってきたようだ。倉庫を出て直ぐと比べると馬車の揺れが随分と緩やかになったな、などと考えるとはなしにいると程なくして馬車が止まった。

 外から馬車の戸が開かれ、ハンミルテが先に降りて僕たちを促す。

 警戒しつつ僕が先に降りてアーリサの手をとる。馬車から降りるとそこは石造りの大きな舘の前だった。

 建ててからそう年月が経っていないらしく、石の間を埋める白い目地が美しい。

 もちろん伯爵邸である僕の屋敷とは比ぶべくもないが、かなりの財力を保持していると知れる。

 出迎えた白髪の使用人が大きく開いて出迎えた正面の戸を潜ると、ハンミルテはちらりと振り返り「こちらへ」とだけ言うと さっさと奥へ歩いていく。

 僕とアーリサは突然の訪問にも動揺を見せない使用人の前を通り抜けハンミルテに続いた。


 長い廊下には高い位置に飾られた絵のほかには飾り気はなく、敷き詰められた絨毯は美しい折り目ではあるが固めで、歩く度に足音を響かせる。僕は豪奢な造りの建物に似合わないその内装に少しの違和感を覚えた。


 しばらく歩いていくと、冬にも係わらずふわりと辺りから瑞々しい香りが漂ってきた。

 豪華さのわりに殺風景だと感じていたハンミルテの屋敷に、途中から随所に溢れんばかりの花が壁に掛けて飾られているのに気付く。

 ハンミルテはそんな廊下の突き当たりの戸の前まで来ると、「くれぐれも、お立場を弁えて余計なことは仰いませんように」と僕らに釘を刺した後軽い調子でノックした。

 中から鈴を転がしたような可愛らしい声で「はい」と返事が返ってくる。

「私だ」ハンミルテが短く言うと、内側から侍女が戸を開けて僕らを中に招き入れた。


 室内は南側に面した大きな窓から日がたっぷりと差し込む温室のような作りになっていた。

 冬の陰り始めた日差しでも十分に明るい。

 窓辺の椅子には暖かそうなショールにくるまった小柄な女性が腰かけていた。しかしその色の白いを通り越して少し青ざめた肌は僕と同じく体が丈夫ではない事を表していた。



「エデラ、調子はいかがかな?」

 ハンミルテがそれまでとはうって変わって優しい声音で語りかける。

 ゆったりと歩いてエデラと呼ばれた女性の腰かけている椅子の後ろへ回り そっとその細い肩に両手を置いた。

 エデラは見えていないというのが嘘のようにハンミルテの方に目をやると、ふわりと優しく微笑んだ。

「あなた…。ええ、今日はとても調子がいいの」

「そうか。それは良かった。

 実は今日は君にお客さんがいるんだよ」

「まあ…?」


 それまでハンミルテの方に向けられていた顔を戸の前にいる僕らの辺りへやると、エデラは鈴を転がしたような可愛らしい声で「どなたかしら?」と無邪気に声をかけてきた。

 その視点が定まっていないことで、やはり彼女が見えていない事を知る。


 ハンミルテを見ると、鋭い目線だけでで返答を促してきた。

 何の茶番かと思うが、ここは様子を見てのっておくしかないだろう。


「はじめまして、エデラ様。私はハンミルテ…伯父上の甥でハコル、と申します。こちらは妹のアーリサです。……お近くに寄っても良いですか?」

 僕は少し迷ったが、さらりと本名を名乗った。

 本名を名乗ってはいけないとは、言われてないしな。 別に小さな嫌がらせをしたくなったわけではない。ついうっかり喋ってしまっただけだ。

 ハンミルテの反応を見ると、射殺すような目付きで僕を睨んできた。

 僕は軽く両手をあげて反抗の意思は無いことをアピール。



「あらあら、まあ、領主様のご子息様と同じお名前なのね。良い名だわ。

 どうぞ、こちらへおいでになって」


 エデラは両頬に手を当てて僕たちを歓迎すると、中央にあった大きなソファーを進めてくれた。


「こんな若いお客様が二人も尋ねてくださるなんて嬉しいわ。ね、飲み物はいかが?

 珍しい甘茶が手に入ったのよ。きっと気に入ると思うの」


 そう言って侍女にお茶の準備を頼む。幼い少女の様なエデラの反応に、僕もアーリサも少し戸惑ってしまった。


 この人は、本当にこのハンミルテの奥さんなのか?

 そういえばこいつらはシロを拐った奴等だ。

 この……なんと言うか、ふわふわとしたお嬢さんも、ハンミルテが拐ってきたのではないか?

 コイツ……幼女趣味か……

 益々 危険だ。


 思わず半眼になってアーリサを庇うようにソファーの上で座る位置を変えると、ハンミルテが僕の考えを正確に読み取ったらしく不機嫌な声をあげた。


「言っておくが、エデラは君の父親と同じくらいの年齢だ」

「ええっ!?」


 嘘だ!どう見ても10代じゃないか!

 僕とアーリサが同時に驚きの声をあげると、いきなり年齢を暴露された形になったエデラは顔を真っ赤にしてハンミルテを可愛らしく叩いた。


「あっ、あなた!?もうもう、何を話してらっしゃるの!」

「ああ、すまない。ハコルがあまりにも君の美しさに見とれていたものだから、つい」

「まあっ」


 いやだわ、と照れても もう全く可愛らしく見えない。不思議だ。

 でも全ての女性には礼を尽くさなければなるまい。

 僕は見えていないと分かってはいても条件反射でニッコリと微笑んだ。


「貴女のように美しい方が奥様だなんて、伯父上が羨ましいです」

「まあ、お口が上手いのね」

「エデラ様の美しさがそうさせているのですよ」


 僕がいつものように挨拶をすると、ハンミルテが嫌なものを見るような目で僕を見、アーリサが僕から少しだけ座る位置をずらして距離をあけ、エデラは「まあまあまあっ」と頬を染めて喜んだ。

 アーリサ、あまり離れるんじゃない。


「それでナイト様、今日はどうしてこちらに?」


 ナイト様?

 僕が首をかしげると、ハンミルテが軽く咳払いをして口を挟んだ。


「彼らは両親の仕事の都合でしばらく家で預かることになったんだ。君の話し相手になってくれる」

「まあ、嬉しいわ。調度退屈していたのよ。

 何せ私はこんなお腹でしょう?」


 エデラはそう言うとそっと自分のお腹をさすった。

 ゆったりとした服を着ていたので気づかなかったが、彼女の細い体のそこだけがふっくらと丸みを帯びて膨らんでいた。


「旦那様が心配性であれもダメ、これもダメって散歩も一人でさせてくれないのよ」


 エデラが幸せそうに微笑むのに、ハンミルテはそれまでの優しいばかりの顔から眉間にシワを寄せた厳つい顔に戻って声をあらげた。


「心配もするとも!それに私はまだ……」

「旦那様」


 そんなハンミルテの腕にそっと手を当ててエデラはゆるゆると首を振った。

 ハンミルテも僕らの存在を思い出したようにはっとして「すまない」と言った。


 そのあとは当たり障りのない話をしてしばらくエデラと談笑をした。

 僕はこんなところで何をしているのだろうと、時々うすら寒く感じながら。


「ああ、もうこんな時間だ。夕食の時間まで少し休みなさい」

「あら、私は大丈夫よ。とても楽しいんですもの」

「エデラ、そんなに一気におしゃべりしなくても、彼らはしばらくいるのだから。それよりも無理をして体調を崩しては明日からのお茶会はお預けになってしまうよ?」


 ハンミルテに諭され、エデラはしぶしぶ頷いた。


「明日もお話をしましょうね?

 天気がよければお庭も案内するわ」

「はい、楽しみにしています」


 僕らもおいとまの挨拶をして退室使用とすると、ハンミルテが思い出したようにアーリサに声をかけた。


「そうだ、アーリサ。エデラのお腹を触らせて貰ったらどうかな?」


 優しげな声とは裏腹に、ハンミルテの目は全く笑っていなかった。

 拒絶を許さない強い視線に、アーリサからも取り繕っていた愛想笑いが消える。

要求されているものは、一つ。魔力だ。


「ぜひ触っていって、アーリサ。最近よく蹴るのよ。とっても元気なの」


 ニコニコとエデラがアーリサを邪気のない顔で手招いた。

 アーリサはごくりと唾を飲むと 恐る恐るエデラに近づき、そのお腹にそっと触れた。

 目をきつく瞑ってお腹に手を当てるアーリサに、エデラが「ほら、今蹴ったわ。わかる?」と優しく語りかける。

「ええ……」

 そう言ったアーリサの額から、汗が一筋伝った。


「すみません、エデラ様。妹はどうやら今日は楽しくてはしゃぎ過ぎてしまったようです。

 自室に下がって休ませたいのですが」


 僕は立ち上がるとアーリサの横に素早く移動した。

 アーリサがはっとしたように顔をあげた。

 ハンミルテが忌々しげに僕を見てきたので、僕もきつくハンミルテをにらみ返す。

 譲る気はなかった。


「ハコル……」

「ダメだよ、アーリサ。君も明日からのお茶会を欠席したくはないだろう?」

「え、ええ……」


 勤めて冷静に妹を諭すような声で僕が言うと、エデラが笑って「ふふ、どこかで聞いたような話ね?諦めるしかないわ、アーリサ」とアーリサに休むように進めたので、苦々しい顔をしながらもハンミルテも口を出せずに同意せざるをえなかった。





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