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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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手の中にある者

「これはこれは ハコル様、お久しぶりでございますな。

 どのようにして こちらへお越しになったのですか?

 先程は まるで何もない空から降ってきたかのように見えましたが」


 ハンミルテが慇懃に語りかけてくる。

 ワシ鼻なせいもあるが、獲物を見つけたような眼光が猛禽類を思わせる男だ。

 言葉遣いは丁寧だが丁重な扱いは受けそうにないな。

 僕は内心の動揺を悟られまいと、努めて笑顔を張り付けハンミルテを見る。


「当家の猫がこちらにいると聞いたのでね……

 返して貰いに来たのですよ」

「それはお耳が早い。……ところでお二人でお越しですか?お父上もこの事はご存じなのですかな?」

「勿論」


 さも当然と言わんばかりに答える。

 僕らをどうこうすると、より立場が悪くなるぞと言外に含めて。実際には父はまだ屋敷に戻ってすらいないだろうが、そんなことはおくびにも出さない。

 ……出さずに済んでいる、と思う。

 背中を嫌な汗が伝った。


「ふむ……構いませんよ」


 緊張する空気の中、ハンミルテはあっさりとシロを引き渡す事に同意を示した。


「いやはや私もね、ソレにはとても期待していたんですよ。

 何せ伯爵家の生ける伝説だ。その魔力で生まれながらお体の丈夫でないハコル様は とても元気におなりだという。

 ……本当に、お元気そうですな」

「買いかぶりですよ」


 僕は元気なんかじゃない。いつでもポンコツだ。

 現に今だってちょっとゾクゾクしている。

 ……あれ?でも 水鏡に触ったとき魔力を吸われたと思ったが、それにしては確かに元気ではあるな。


「ふむ、まあどちらにしろ 実際にはソレは全く役に立たなかった。期待していた分、失望も大きい」


 はあ、とハンミルテが大きくため息を吐いた。


 勝手な……


 シロを勝手にさらっておいてのハンミルテの言いぐさに胸が燃えるような怒りを感じる。

 しかし準備もなく飛び込んでしまった僕らはとても危うい立場だ。僕は腹にぐっと力をいれて圧し殺した声で応じた。


「そうか。では僕はシロを連れてこれで失礼する。

 ……行こう、アーリサ」


 アーリサをチラッと見ると、青ざめながらも怒りに瞳を燃やしたアーリサが小さく頷く。

 まずは一刻も早く安全なところへ逃げたい。


「ああ、ハコル様。猫は構いませんが、代わりに彼女は置いていって頂きますよ」


 シロを助け起こそうとした僕らにハンミルテが思い出したように言った。

 アーリサがびくっと肩を震わせてハンミルテを振り返る。

 僕は彼女の前に一歩踏み出してハンミルテを睨み据えた。


「何を言っている。彼女は物ではない。置いていったりなどすると思うか?」

「ふふ、でしょうね。流石はハコル様、一使用人に対してもお優しい事だ。それでは仕方がありませんな。皆さん一緒に滞在していただきましょう。

 なあに、そう警戒しなくても別に命を取ろうと言っているのではありませんよ。

 今は まだ、…ね」


 ハンミルテは全く仕方なさそうもなくそう言った。

 やはり、ハナから僕らを帰すつもりなど無かったのだ。

 いつの間にか押し潰したはずの軽薄男が起き上がってハンミルテの隣にいた。もう反対側には社長がいる。


「ゴージル、彼女をを別室へ案内しておけ」

「はい、ハンミルテ様」


 ゴージルと呼ばれた社長はハンミルテに愛想よく頷くと、アーリサの方へ近寄る。

 僕は素早く間に入って鞭を手に威嚇する。


「やれやれ、そんな物を振り回すのは感心しませんぜ、坊っちゃん」


 ゴージルは小馬鹿にするように笑うと、隣にやって来た軽薄男に自分の剣を渡した。


「まだ殺すなよ」

「分かってまさぁ」


 軽薄男は渡された剣を鞘から抜くと、僕の方に切っ先を向けてきた。


「坊っちゃん、そいつを返してもらおうか?

 あんまり無茶なことはしない方がいいぜ。

 殺すなって言われちゃいるが、あんまり聞き分けがねえと うっかり腕や足の一本、無くなっちまうかもしれねぇ」

「彼女をどうするつもりだ」


 男の言葉を無視して短く問う。


 怖い。


 でも、だからって「はい、そうですか」とアーリサを差し出すわけにはいかない。

 ……元々そう長くはないと言われてきた命だ。常に死を意識してきた。

 それでも恐怖心はやはり沸いてくる。足が震えそうだ。前回と違い、助けは期待できない。少なくとも、今すぐには。

 使いなれない小振りな鞭一本で大の男の剣から逃れられるとも思えない。

 だけどここは引いてはいけない所だ、と感じる。

 どうすればいい?

 考えるんだ。二人を無事に屋敷に戻す方法を。


「ハンミルテさん、私が残ればお二人は帰してくださるのですね?」


 ふいに背後からアーリサの震える声が聞こえた。


「何を言っている、アーリサ!」

「ハコル、これが最善だと思います」


 アーリサはそう言うと声を落として僕にだけ聞こえるように「そして助けを呼んでください」とささやいた。

 僕は無性に悔しくなった。


「君は……いつもそうだ」

「え?」


 僕の心は決まった。目の前の男を睨み付けながら、アーリサに言い聞かせる。


「僕は君を置いては行かないよ。どのみちこいつらがそんな約束を守るとも思えない。それに君の安全が確保出来ていないのに、君をここに置いてなど行けるものか」

「ハコル、でも……」

「アーリサもシロも、僕にとっては大切な存在だ。

 ……ハンミルテ。先程『たかだか一使用人』と言ったな?

 だが僕は、今自分の手の中にある者も守りきれずに この先領主になったとしても、民の誰からも信頼を得ることはできないと思う。

 少なくとも僕は自分を信用できなくなる」


 だから、引くわけにはいかない。

 そう自分にも言い聞かせる。

 ハンミルテが視界の隅で動く気配がした。


「ははっ、坊っちゃんはまだ世間を知らねぇようだ!

 しょうがねぇなぁ、俺が教えてやるよ!」


 軽薄な笑みを浮かべた男が足を踏み出した。

 僕は鞭を握る手に力を込める。

 剣が振り上げられた……!


「待て、ドラン!」


 ビクッと目の前の男の剣が頭上で止まる。

 しかし僕のしならせた鞭は止まらずドランと呼ばれた男の脇腹へ命中した。

 ぱしぃぃぃん!!!と良い音が辺りに響いて「ぎゃあ!」と叫んだドランは剣を取り落として脇を押さえてうずくまる。

 アーリサが素早く動いて落とした剣を拾って両手で構えた。

 戸口の所まで下がっていたハンミルテがゆっくりとこちらに近づいてくる。


「ハコル様、先程おっしゃった言葉に偽りはありませんか?」

「無論だ!」


 僕がハンミルテとドランの動きに気を配りながら叫ぶと、ハンミルテは僅かに目線を下げ更に問うてきた。


「ハコル様の手の中には、コーフスネルの民も皆含まれているのですな?」

「そうだ」


 ハンミルテは僕から二歩ほど離れたところまで来ると、歩みを止めた。

 鋭い目付きで僕を射ぬかんばかりに見据えると「では、そのお覚悟を証明していただこう」と言ってくるりと背を向けた。


「見せたいものがあります。ついてきなさい。……そこの娘もだ」


 そう言って歩き出したハンミルテに僕とアーリサは目を見合わせる。

 あまりにも急な展開が続くので理解が追い付かない。しかし、流れが変わったのはわかった。



 


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