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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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水盆の中

 僕の呼び声に答えるように水盆の中のシロが伏せていた顔を上げた。

 つながってる!?

 込み上げる興奮とシロが無事である喜びに、僕は水盆に向かってさらに話しかけようとするが、しかしすぐにそれが間違いであった事に気付く。

 水盆の中、薄暗がりであった部屋の中に光が差し込み、シロのいる物置に誰かが入ってきたようだ。


 髭面の軽薄そうな笑みを顔に張り付けた男が先頭に立ち、小柄の恰幅のいい男の後に先の二人より明らかに身なりのよい男が続く。

 上から覗き込む形になっているので顔は見えないが、最後の男がこの中で最も力があるだろうと察せられる。


 男たちがシロに何事かを言い、それにシロが何かを答える。

 しかし音は伝わらないらしく、彼らが何を言っているのかがさっぱり分からない。

 分からないが、男たちが苛立っているのは察せられた。


 くそ、目の前にシロが写っているのに助け出せないなんて……


 僕はもどかしさに身を絞られる。

 せめて場所の手がかりなりと、とも思うが薄暗い部屋からは場所を特定できそうなものを見つけられない。使われていない様子の木箱や麻袋、古びた棚、それから……


「ここ、製糸工場かもしれません……」

「え?」


 食い入るように水盆を見つめていると、すぐ隣で同じく覗き込んでいたアーリサがポツリと言った。


「アーリサ、分かるのか!?」


 僕が驚きも露にアーリサの肩を無意識につかんで迫ると、アーリサははっとしたように慌てて言い足した。


「あ、あの、絶対ではないです!

 ただ、シロさんの後ろに見えるあの袋……あれに

 似た大きな袋を以前母に荷物を届けに工場へ行ったときに見たきがするんです」

「でかした!アーリサ!!」


 僕は思わず立ち上がって叫んだ。

 初めての明確な手がかりに思えた。心が再び浮き立つ。


「森へ行くのは取り止めだ。早く戻って製糸工場へ行こう。その為にはまず出口だが……」


 僕が口許に手をあてて思案していると、水盆を覗き込んだままだったアーリサが小さく声を上げた。


「どうした?アーリサ……」


 アーリサを振り返り、その近くに落ちたままでシロを写し出している水盆に目を移す。

 水盆のなかでシロが倒れていた。

 シロの前に立つ髭面の男が何事かを言いながら手にした鞭を大きく振り上げ、そして……


「やめろ!!!」


 ゆっくり、ゆっくり降り下ろされていくように見えた。

 僕は夢中で水盆に手を伸ばす。

 それがただの水鏡で、そこにシロが本当に居るわけではない とか、水盆に触れると魔力を吸われる だとかいったことは何も思い浮かばなかった。

 アーリサが何かを叫ぶ声が近くに聞こえた気がしたが かまってなどいられない。

 全てが意識の外に追い出された中、伸ばした指先が水盆に触れた。


 その瞬間 ぞっ、と背筋が凍った。

 身体中の温度が指先から吸い取られるような、指先から血が抜き取られるような感覚を覚える。

 いけない!と気付いた時には勢いのついた僕の体は肘の上(・・・)辺りまで水盆に入り込んでいた。


 何だこれ、底が、なくなってる?


 突然の事態に理解が追い付けず目を見開く。

 とっさに抵抗しようと足を踏ん張り体を起こそうとすると、まるで水盆に意思があるかのように飲み込んだ腕を引かれた。


「ぅわあ!」

「ハコル!」


 無様な声をあげつつ水盆に吸い込まれる僕の逆の手をアーリサがつかんだのが視界の端に映った。

 それでも水盆の力は衰えず、抵抗も虚しくアーリサごと僕を鏡面に吸い込んでしまった。





 ドン!!と体に衝撃が走った。

 咄嗟に身を守るようにアーリサごと丸まり、更なる衝撃に備える。


「ぐわぁっ!?」

「のぁ!?」

「何奴!!」


 聞き慣れない男の声が近くから次々と上がる。

 続いて感じた衝撃は思った程ではなく、何か軟らかい物の上に落ちたのだと察する。

 衝撃をやり過ごし、いつの間にかきつく瞑っていた目を開いて辺りを窺う。

 暗がりでよく見えないうえに、誰かが掲げているランプの明かりが目を刺して全く様子が分からない。

 しかし、僕以外の男たちにはしっかりと見えているようだ。

 男たちの中から驚きを孕んだ声が上がる。


「ハコル様……!?」


 その声には少し聞き覚えがあった。

 だれ、という明確な記憶がないので、おそらく屋敷に来た事のある者で、父の客として挨拶をした事が有る程度なのだろう。


 しかしその声に反応して耳に馴染んだ声が聞こえた。


「ハコル……さま……?」


 少年のように高い声。

 ここずっと 聞きたいと願っていた声だ。


「シロ!」

「シロさん!」


 声のした方を向くと、暗がりとランプの明かりになれてきた僕の目に、いくらか汚れてはいるものの相変わらずフカフカとした白い猫が横たわった体制で顔をこちらに向けているのが映った。

 ランプの光を反射して金色に輝くドロップの様な瞳が大きく見開かれている。

 僕は思わず立ち上がってシロに駆け寄ろうとし、前のめりに体制を崩した。

 改めて自分のいる足場の悪さに気付き、下を見るとさっき水鏡越しに見ていた髭面の軽薄男が伸びていた。

 この構図から察するに水鏡に吸い込まれてこちらに排出された時にこの男を下敷きにしたのだろう。

 いい気味だ。

 僕はさっき水鏡に吸い込まれる前の、シロに鞭を当てようとしていた男の映像を思いだして、目の前で延びる男の姿に溜飲を下げる。予想外だが我ながら良い仕事をした。

 ついでに男が持っていた鞭をその手からもぎ取る。

 アーリサの手を引いてシロの方へ駆け寄ると、暗がりに立つ男たちと改めて対峙した。

 掲げていたランプを恰幅の良い男が少し下げたことにより、眩しくて見えていなかった残り二人の顔が見えるようになった。

 髭をたくわえた恰幅の良い男の方には見覚えはないが、上背のある身なりの良い男の方にはやはり微かに見覚えがある。

 そんな僕の袖口を軽く引っ張って「ハコル、あの太った男、あいつ母さんの働いていた工場の社長です」と耳打ちした。

 たしかアーリサを魔力持ちだからと伯爵に引き合わせたのが、製糸工場の社長だったと聞いている。

 この男か。

 では今回の件、製糸工場がかんでいるので間違いないな。


 アーリサが気がついたように、工場の社長の方も気がついたらしい。

 身なりの良い男の隣まで下がると「ハンミルテ様、あの娘、アーリサです!魔力持ちの……」と進言した。

 ハンミルテと呼ばれた男は「そうか」と頷くと、冷たい灰色の目を僕らに向け、そして それはそれは嬉しそうに にたり、と笑った。



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