相談
食事の後僕の部屋にやって来たロリーとアーリサに、改めてシロの行方についてモルゾイに聴いた話をする。
「僕としては、人買いの所に居るのではないかと思っているんだが、どう思う?」
「人買い、ですか」
アーリサが難しい顔をするのと対照的にロリーはパッと立ち上がった。
「じゃあこれからその人買いの所に行って悪いやつらを倒してシロを取り戻せばいいのね!行きましょう!」
「いいや」
即答するとロリーがキョトンとした後にぷっとむくれた。
「なんでよ?」
「君は人買いがどこにいるか知っているのかい?」
「そんなの知らないわ。どこなの?」
「僕も分からない」
「まあ、ハコルったら。ちゃんと考えてから言ってちょうだい。空回りしちゃったじゃない」
「……それは失礼」
僕はなんとも言えない気持ちを咳払いをして切り替え、話を続けようとしてはたと気付いた。
「そうだね……それに考えてみればその程度のことなら父上も考えたはずだ。可能性は低い、のかな……」
そうだ。見つけると言ったものの、僕程度の考えることなど父上だって当然考えるだろう。
とすると、やはり領外に出てしまったのか……
そうなると、僕には見つけるのが途端に難しくなる。無理のきかないこの体に言うことを聞かせようとすると、アーリサを連れ回さなければならなくなる。安全とは言い難いだろうに。
「いえ、可能性はあると思います」
難しい顔で考え込んでいたアーリサが不意に顔を上げた。
「と言うと?」
「ハコル、私が売られそうになったという話を覚えていますか?」
「ああ」
忘れるはずもない。昨日聞いたばかりの話だ。何人目かの父親に売られそうになったところを祖母が止めたという。
「思い当たるところがあるのか?」
僕が勢い込んで聞くと、アーリサは眉にシワを寄せたままこくりと頷いた。
「人身売買は基本的には禁止されています。ですが南外区では案外よく聞くはなしです。どうすれば買って貰えるかも知っています。でも私たちは決っしてそれを他人に話したりはしません」
「なぜ?」
「報復されるからです。それに彼らは金払いもいい。現実にそれで冬が越せたりもするので、無くなるのは困るというのもあるのでしょう。売った人間もかなりいますので、もし売人が捕まった場合、自分達も……という気持ちもあるのかもしれませんし」
「耳の痛い話だな」
民が苦しいのは統括している人間の問題だ。
自嘲ぎみに言った僕にアーリサは「だから伯爵様が調べていても、たどり着くのには時間がかかると思います」と可能性を示してくれた。
そうだ、落ち込んでいる場合ではない。
今僕にできることをしなければ。
「それで、どこに行けばそいつらに会えるんだい?」
「森の入り口に、ガルアジの赤い枝を逆さにぶら下げておくんです。次の日枝が無くなっていれば橋の下で夜に会えるはずです」
「直接誰かは分からないのか」
「すみません」
「あ、いや」
眉を下げるアーリサに僕は慌てて訂正する。
「全く手掛かりがなかったところだ。とても助かったよ」
そう言うとアーリサはほっとした顔をした。
「しかし、そうなると人買いに話をつけるにはまず誘き出さなければならないな」
「どうするの?」
思案する僕をロリーがワクワクと見てくる。
「うん、僕がちょっと囮になってみる、とか?」
「私もいくわ!」
「危険です!」
アーリサとロリーの声が重なった。
「うん、でも早くしなければいけないからね。
でもこれは僕らだけではどうしようもないな。
……モルゾイ」
「……はい」
僕が声をかけると、少しの後ドアがすっと開いてモルゾイが入ってきた。
「モルゾイさん!聞いてらしたんですか?」
「いえ、私は」
「ああ。ずっといたのだろう?」
「……はい」
僕が確信をもって言うと、モルゾイは少し抵抗を試みようとしたが、あえなく断念して素直に認めた。
まあ、先程ロリーがあれだけ不振だったのだ。放置してもらうには日頃の行いが悪すぎたと諦めるより他無い。
「モルゾイ、確信のある話ではないし、事を大きくせず速やかに解決したい。しかし僕らだけでは難しいだろう。急ぎ父上に知らせてくれ」
「かしこまりました」
「それから、馬車の手はずを」
「……どちらへお出掛けでございますか?」
「決まっている、森だ。どこから見られているか分からないからな。南外区の人間に見えるように服の手配をしてくれ。共に行く『子供を売る父』役には腕のたつ者を」
「なりません、ハコル様」
モルゾイが厳しい目を向けてきた。
しかし僕も引く気はない。
「木に合図の赤い枝をくくりつけたら、必ず確認に来るやつがいるはずだ。そいつの顔が昨日の男どもならその時点で決まりだ。確認しておきたい」
「承諾いたしかねます。危険すぎます。
そのようなことをハコル様がなされなくとも、顔を確認するだけなら馭者をしていたノートンでも問題ないかと」
丁寧に、しかし全く譲る気の無いモルゾイに僕は顔をしかめた。
「ノートンが確認できるのか?
僕らを襲った男たちは皆大人の3倍はあろうかという大男で、筋骨隆々であったと言っているらしいじゃないか」
ついでに一夜明けたら僕はそんな怪物じみた賊に果敢にも向かっていき、あえなく指先一つでダウンさせられ、あわやと言うところをノートンが華麗な鞭さばきで助けた事になっていた。
ノートンは気のいい男だが、年のせいか記憶力が弱くなってきている。
明日には大男から熊に進化している可能性が高い。
「しかし……」
「あ、あの!私が行きます!」
それでも首を縦に振るわけにはいかないモルゾイに、アーリサが声をあげた。
「私、全員の顔を覚えています。見ればわかると思います」
「だめだ、アーリサ。君にそんな危険なことはさせられない」
僕が止めるが、アーリサは決意を固めた目をして首を横に振った。
「いいえ、私が適任なんです。ハコルではもし見つかったとき、どんなに変装していても所作が綺麗すぎてバレてしまいます。訛りもありませんし」
「だが……!」
「ハコル、より確実な方法を選んでください。シロさんを見つけるために」
「……!」
僕はぐっと拳を握りしめた。
アーリサの言う通りだ。
それでも、アーリサにだけ任せて家でじっとしてなどいられない。
僕は渦巻く気持ちを押し沈めて、渋々頷いた。
「わかった。君に任せるよ」
「ハコル様!」
「モルゾイ、時間がない。急ぎ手配を」
「……かしこまりました」
モルゾイを見送り、アーリサに向き直る。
「くれぐれも、無茶なことはしないでくれ。
顔だけ見たら直ぐに戻るんだ。シロを取り戻しても君に何かあれば、僕はシロに責められてしまうよ」
「分かりました、約束します」
黒曜石の瞳に強い意思を宿し、アーリサは頷いた。
「大丈夫よ、アーリサ!私もついていてよ!」
「君はついていないよ」
「ええっ、また二人だけで私を除け者にするつもり?ひどいわ!」
「ロリー、行くのは私だけですから……」
アーリサのフォローにロリーはますます驚いた顔をした。ロリー……深刻そうな顔して全く話を聞いていなかったな……
「ハコル、レディを独りでいかせるつもり?
ハコルもいないなら誰がアーリサを守るのよ!」
「ロ、ロリー、大丈夫です。子供を売る役の大人の護衛が付きますし、それにハコルはまだ体調が完全ではないので……」
「そう……?」
ロリーはアーリサに宥められて少し考えた後納得したらしく、ニコッと僕に笑いかけた。
「それもそうね!ハコルは昨日こてんぱんにやられたばかりだものね!行ってもまた やられちゃうわね!」
ロリー……。これ本当に悪気がないのかな?
完全に嫌みだよね?
アーリサが後ろで「そ、そそんなことはありませんよ?ただ今回はちょっと……」とフォローしようとしている。
ロリーは何か問題が?と言わんばかりの顔だ。
僕はため息を一つ吐いてロリーに教えてあげる。
「昨日は仕方ないんだよ。なんせ賊はおとなの3倍はある大男で、筋骨が隆々だったんだから」
「まあぁ、そうなの?」
僕は納得して頷くロリーににっこりと笑いかけた。
アーリサが驚きに目をしばたかせたので、そちらにも笑顔を振り撒いておく。
嘘じゃないよ?
ノートンに聞いてみて。




