一時の安息
「それから私たち姉弟はルマンダ様に雇っていただいて、……そしてロリーに出会ったんです」
長い話を終えて、アーリサはふうと息を吐くとロリーを見てやわらかく微笑んだ。
ロリーは立ち上がってアーリサをぎゅっと抱き締める。
「何だかよく分からないけど、苦労したのね?アーリサ!
安心してちょうだい。私が貴女を必ず幸せにしてあげてよ!」
「ロリー、ありがとうございます……!」
アーリサもロリーをぎゅっと抱きしめ返す。
……ロリーが理解できてないって言っちゃってるのはいいのか?女の子の友情が理解できない。
しかしアーリサの話を聞いてやっと繋がった。
僕に魔力を注ぐ話になっていたアーリサが何故ロリーの所にいたのか。
「アーリサ、話にくい事をよく話してくれたね。
君の母君にこれ以上罪が増えないように、シロを早く見つけよう」
僕が言うと、アーリサは堅い表情で「はい……」と頭を下げた。
少しだけ、震える声で。
そうか……
「アーリサ。母君は今ならおそらく捕まってもそんなに重い罰は受けないよ。僕から口添えしてもいい」
僕の言葉にアーリサがバッと顔を上げる。
その瞳は安堵の光を宿しており、僕は自分の予想が当たったことを知った。
今もずっと彼女は苦しんでいるのだ。
母親にされた所業に。母親が罪をおかした事に。母親と敵対する立場になり、もしかしたら自分が母親を窮地に立たせてしまうかもしれない事に。
周りの見えていない母親を、それでも慕っていることに。
しかしアーリサはそんな甘い考えを恥じるように表情を引き締める。
「ありがとうございます、ハコル。けれど、罪は罪。領主様の息子が口添えしたとあっては法を曲げてしまうかもしれません。彼女の為にも公正な裁きを」
「そうか。分かった」
アーリサは存外頑固者のようだ。
「アーリサったら、頑固ねぇ!」
!?
思わず口から出たかと思ったら、腰に手を当てたロリーだった。お姉さん風をふかせながら人差し指をアーリサの鼻の前に突きつける。
「そういうときは『ありがとうございますっ』てニッコリ笑っていっていれば良いのよ?」
「ロリー、どこでそんな技を仕入れてくるの……」
「寮監督のタナー先生が仰っていたわ」
「先生……」
アーリサががっくりと項垂れる。その様子からタナー先生とやらの性格がほのかに知れるな。
そんなことを考えながら ふうっと一息つくと、思ったより熱い呼吸が漏れた。そんな僕にアーリサが気付いて慌てて立ち上がる。
「あっ、すみませんハコル。長く拘束してしまいました。私たちは今日はこれで下がりますので、横になってください」
「ああ、……済まない。そうさせてもらうよ」
僕は遠慮なくうなずく。正直なところクッションに寄りかかっているとはいえ体を起こしているのが辛い。
「明日からシロを探すのだから、明日までには元気になっていて頂戴ね!後で何か食べるものを届けさせるわ。焼き菓子で良いかしら?」
「ああ、ありがと……」
「いいえ、ロリー」
僕が甘美な誘いに思わず頷こうとすると、アーリサがそれを素早く止めた。
「元気になってもらわなければいけないのですもの。きちんと栄養のあるものを食べるべきです。甘いものがよろしいのでしたら、何か果物にするのがよろしいかと」
偏食は魔力云々以前に不健康です、と面倒見のよい姉らしさを発揮して主張するアーリサに、ロリーも「さすがアーリサね!」と同意してしまったので、僕の夕食からお菓子は消えることになった。
残念だ。
一眠りしてから遅めの夕食をとろうとすると、メイドが運んできた食事のなかに果物を砂糖で甘く煮詰めたものが添えられていた。
「これは?」
「アーリサさんが料理長に、甘味好きのハコル様が元気になるようにとお願いしたのだそうですよ」
アーリサ……
そんな小さな心配りにほんのりと嬉しくなる。
用意された食事をなんとか食べきり、最後に小さな器に乗った果物の甘煮にフォークを入れると、トロリとした薄い赤紫の果物は少しの抵抗もなくすっと分かれた。
滴る艶やかな蜜とともに口に含むと、優しい甘さが口一杯に広がる。
僕は一口、一口をゆっくりと舌の上で溶かすようにそれを食べた。
染みわたる甘味が心のひりひりした部分を癒していくようだった。
「これと、同じものをアーリサとロリーに」
「かしこまりました」
僕の言葉にメイドが笑顔で頭を下げた。
彼女らにも一時の安息を。
そして、シロ。
必ず、連れ戻してやるからな。
僕はそう、再び強く心に誓った。
次の日、僕は早速モルゾイを呼び状況を訊ねた。
すぐに街の門へ連絡を取り、出入りの人や荷物を厳しく取り調べているが、今のところシロらしき目撃情報は上がっていないらしい。
あれだけ目立つシロを隠して通行することは難しいので、まだ街の中にいるか、あるいはもう街を出てしまった後か……
「街を出てしまったとすると、厄介だな」
「今朝早くに旦那様が陛下に各領地への呼び掛けを依頼する為に王都へお出掛けになりました」
「王都に?」
一領地の人形のために?それは少し大袈裟すぎやしないだろうか。
僕が疑問に思うと、察したモルゾイが付け加えた。
「世間にはシロさんは歴史的にも魔術学的にも非常に価値が高いと認識されております。当家預かりになってはいますが、扱いとしては国の宝物あたりかと」
「そうなのか?あのとぼけた猫が……しかし、そうとすれば賊はシロを売る事が目的か……」
幼い頃から居ることが当たり前であった人形が実は珍しくて高価です、と言われてもあまりピンと来ないが、しかしそういう事ならば壊されて捨てられたり……という事はそう無さそうだ。
しかしそうなると、表立って国内で売ることは難しいだろう。非合法の人身売買などか……しかし、どこに行けば売っている人間に行き当たるのか……
ふと顔をあげるとそこにアーリサが立っていた。
顔色が悪い。しまったな、今の話を聴いてしまったようだ。
「アーリサ、大丈夫だ。売られる前に取り戻せばいい。まだ、きっと大丈夫だ」
国の宝物を盗んだとあっては如何なる処分が下されるのか……とても大丈夫とは言い難いが、それでも僕が安心させようと声をかけると、ドアの前に立ち尽くしていたアーリサがはっと気を取り戻し、眉を八の字に下げると「申し訳ありません。母のせいでご迷惑をお掛けしているのに、お気を使わせてしまいました」と力なく笑った。
血の気の失せて冷えてしまった手で僕の手をとり魔力を注ぐアーリサに、何と言葉をかければよいのか迷った末「いや、無理をしなくていい。辛いのは当然だ。……食事の後で対策を話し合おう」とありきたりな言葉をかけてしまう。
アーリサは「はい」と小さく頷いた。
何て事だ。あんなに父に教え込まれた数々の社交辞令が全く使い物にならない。
こんなとき父なら何と言うのだろう?
そう思って父の姿を想像してみるが、どれも何だか空々しい。
……そうか。
本当に相手を思いやる声をかけるなら、誰かの言葉ではなく自分の中から言葉を出さなければならないのか。
そう気づいてはみたものの、やはり僕は彼女の細い肩にかける言葉を見つけることができなかった。
朝食を食べ終えるとロリーは臨戦態勢に入っていた。
瞳はやる気で溢れており、今にも屋敷を飛び出していきそうだ。
そんなロリーの様子に、僕らが大人しくするつもりがないと察したモルゾイが「旦那様からくれぐれも大人しく家で待つように、と申し使っております」と釘をさしてきた。
「分かっているわよ!いやね、モルゾイったら!」
ほほほほと笑うロリーにモルゾイが「作用でございますか」と控えるが、眼鏡の奥の目が不信の色を宿していた。
ロリー、上手に嘘をつけない所は君の美点だよ。
僕は心の中でそっとロリーのフォローをしてみた。
とりあえず胡散臭い笑いは逆効果だと後で教えてあげよう。




