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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
14/43

ー アーリサの回想 1 ー

 思えば私は昔から不思議と風邪ひとつひかない子どもだった。


 ウチの家族も私ほどではないにしろ皆体が丈夫なのだと思っていたし、その事は何も持たない貧民層の私のささやかな自慢でもあった。

 去年王都で流行していた疫病がコーフスネルの街にも蔓延した時には、流石に我が家でも弟を筆頭に妹、祖母と病気にかかりはした。しかし、私が心配でたまらず夜も眠ないで家族の手を握りしめ、 お祈りしたかいあってか、当の本人達は次の日の朝にはケロッと元気になってしまっていた。 本気で心配したのに「おおげさだなぁ」と言われたときは、助かってよかったはずなのに何だかもやっとしたものだ。


 しかし病に倒れても医者に診せる金のない、この 南区の中でも特に貧しい()()区では、健康というのは本当に何物にも変えがたい。私は辺りの人々が次々と命を落とす中で心からそう思った。

 そんな環境だったから、すきま風の酷いボロ屋の、しかも水場からもほど遠いという悪立地に祖母と弟と妹とで慎ましやかに暮らしていても、わりと辛いとは思わなかった。

 このまま皆でなんとか生きていくのだと、何の根拠もなく信じていた。



 私の父親達(・・・)に対する記憶はろくなものがない。祖母が言うには、母には男を見る目というモノが無いらしい。私と弟妹達の実父の他にも何人かお父さんが変わったが、皆一様にギャンブル癖があった。私たちが本当に何も食べられなくなるほど貧しくなると どの父も ある日からふらりと帰らなくなった。金を持ち出されない分むしろ生活は安定するので、私はいつも早く居なくなればいいのに と思っていた。

 しかし、母にとってはどの父達も本当は優しくていい人達なのだそうだ。

 酔って暴れるのもお酒が悪いのであって彼らが悪い訳ではない、私達の愛が足りなかったからどの父も態度が冷たくなっていったし、居なくなっていくんだ、というのが母の持論だった。



 そんな祖母に言わせればどうしようもない母だが、それでも私は母さんが大好きだった。


 貢ぎ癖のある母は現在は祖母の住み込みの工場で生活しており、かれし(・・・)が居ない間は勤め先から僅かながらも生活費を入れてくれる。ふらふらしている時間があるから変な男に入れ込むんだ、と祖母は言うけれど、その分ほとんど会えないのが私には少し寂しかった。


 でも、私はお姉ちゃんだから。


 私よりももっと小さい弟妹達がいる。あの子達の姉であり、姉らしく振舞い、祖母や母に褒められる事がこの時の私の喜びでもあった。いつしか「私の手で家族の暮らしを改善させるのだ」と強く思うようになっていた。


 この頃は祖母の手仕事で収入を得ていたのに加え、私も祖母の伝で去年からは通いで針子見習いの仕事を得ていた。

 まだ下働きで針を持つどころかひたすら水を汲んだり洗濯をしたり掃除をしたり荷物を運んだりといった日々だが、少ないながらも収入を得る喜びを噛み締めていた。







「アーリサ、ここはもういいよ!」


 下働きを管理しているカスティさんが、隣の機織り部屋から出てきて、大きな声で呼び掛けてくる。


「はぁい!それじゃあ、そちらを何か手伝いましょうか!?」


 機織りの音にかき消されないように、私も負けじと大きな声を張り上げて答える。


「いんや、今日はもういいよ。

 たまには早く帰ってやんな」

「はい……では、失礼します」

「ああ、メド婆さんによろしくな」

「はい」


 私はニッコリ笑って草の蔓で編んだ籠を手に工房を後にした。

 パタンと後ろ手に工房の扉を閉めたところで「はぁ」と軽くため息をつく。

 今日はあんまりお仕事貰えなかったな。

 カスティさんはお祖母ちゃんの昔馴染みで、良くしてくれてるけど、本当はもっともっと稼げるようになりたい。

 まだ八歳という年齢のため、あまりできる仕事も少ないのだから仕方がないし、仕事を貰えるだけ有りがたいのは分かっているのだが。


 ダメダメ、焦っちゃ。最近順調だから少し欲が出ちゃったわ。

 うん、よし!早く帰ってお祖母ちゃんのお手伝いをしよう!そうしたら私も早く一人前の針子になれるわ!


 私はふるりと頭をふって気持ちを切り替えると、家族の待つ我が家へと駆け出した。




 街の南門を潜ると、途端に道が悪くなる。

 ぬかるんでは干上がりを繰り返した道はボコボコと凹凸して足をとられるものが多い。

 しかし生まれたときからここに住む私には慣れた道だ。

 器用に走って家に帰ると入り口の前で弟妹たちのはしゃぐ声が漏れ聞こえてきた。私はなんだろうと思いながら戸を開ける。すると母さんが足元に弟と妹をまとわりつかせながら、笑顔で出迎えてくれた。


「母さん?お帰りなさい!

 どうしたの?今日はお休みの日じゃぁないでしょう?」


 私は驚きながらも嬉しさで母に駆け寄った。

 母は街で一番の大きな製糸工場で働いている。

 休みはあまりなく、週に一度しか会えないが、それでも以前は一年に一回だけのお休みだったのを、今の領主さまが月に一度は休めるようにと変えてくださったのだそうだ。

 とはいえ今日はまだ月の始まりだ。

 不思議に思いながらも、それでもやはり母が家にいるのは嬉しくて仕方がない。

 荷物を椅子がわりの木箱に置くと空いてる母の背中に私もまとわりつく。


「それがね、実はアーリサ、あんたに話があってね」


 母はとっても嬉しそうに言うと、祖母に弟と妹を引き渡し、私をつれて外へと歩き出した。


「なんだい、ここじゃできない話かい。

 また男でもできたんじゃないだろうね」

「やだわ、母さんたら。そんなんじゃないわよ。

 でも大切な話だから、まずはアーリサと話したいの。すぐ戻るから、二人をお願いね」


 祖母が咎めるのを軽く流し、母さんは私の手を引いて日の傾き始めた道を城壁へと歩きだした。


 街を囲む城壁の外にへばりつくように建てられた私たちの家は厳密にはコーフスネルであってコーフスネルではない。

 コーフスネルの南側に第二の城壁のように立ち並び、貧民街を形成している。


 私は母に手を引かれ、先程帰宅するためにくぐったばかりの城門をもう一度くぐって街のなかに戻った。

 私はしだいに何時もの癖でそわそわと落ち着かない気分になる。

 少し日が傾いている今時分に門をくぐって、うっかり閉門時間に間に合わなかったら大変だというのは、城壁の外の南()区の住人なら常識だ。次の日の開門まで家に帰れなくなってしまう。


「母さん、ねえ、どこに行くの?」


 戸惑いながらも問いかけるが、母はニッコリ笑って「もう少しよ」と言うばかりだ。

 握りしめられた母の手は、いつのまにか祖母の手のようにガサガサになっていた。




 しばらくしてようやく連れてこられたのは、中央区に程近い、華美ではないが私たち貧民には縁のないような清潔感のある品のよい宿だった。

 受付の男があからさまに不振な顔になるのに、母が誰かの名前を告げる。

 すると男は掌を返したようにニッコリと笑って母を丁重に案内した。


 連れてこられたのは二階の一室で、足元には毛足の長い濃い緑の絨毯が敷かれている。

 一歩踏み出すと沓が沈んだ。

 私は思わずその場で絨毯を何度か踏み踏みと繰り返し、踏み心地を楽しんでしまう。


 凄い、こんな絨毯初めてだわ。まるでおとぎ話の王様の絨毯みたい!

 何だか踏んじゃ申し訳ないくらいだけど、でも踏み心地がたまんない!


「こら、アーリサ!じっとしてなさい!」

 私が夢中で足踏みしていると、母が小声でたしなめてきた。

 その声につられて目をあげると、ギラリと光を反射する丸目がねをかけた身なりのよいお爺さんと、恰幅の良いアゴヒゲを蓄えた背の低い男が部屋の中ほどにあるソファーに腰掛けて私をジロジロと見ていた。

 私はさっきまでの楽しさが嘘のように身がすくんで、母の後ろに隠れた。

 しかしすぐに母にぐいぐいと男達の前に押し出されてしまう。


「クラリエット、この娘か?」

 アゴヒゲ男がバカにしたように私を見ながら母に尋ねた。


「はい、娘のアーリサです」

「ふうん?まったくそう(・・)は見えんがな」


 アゴヒゲが鼻をならしながら言うのを、丸眼鏡の紳士がやんわりと制した。


「魔力持ちかどうかは、見た目だけではわかりませんよ」


 そう言ってテーブルの上の花の蕾を一輪とって私に向けて差し出した。

 ぱっと見たときと違って、こちらの紳士は眼鏡の奥の目があんまり恐くないな、と思った。


「アーリサ、だね?君は花を咲かせることができると君のお母さんに聞いたんだが、ほんとうかな?

 ちょっとおじさんに見せてくれないかな」

「本当ですとも!ね、アーリサ!」


 横から母が言うのを手袋をはめた左手でそっと制し、私にその蕾を持たせる。

 私はそれを受け取りながらも、何が起こっているのか分からず不安な気持ちで母を見上げ、花の蕾を見てを繰り返した。

 戸惑う私がしばらく何もできないでいると、その様子を見て アゴヒゲ男がまたも呆れた声を出した。


「なんだ、やっぱりできないんじゃないか!

 クラリエット、くだらないホラを吹いて私だけでなくモルゾイ様のお手までわずらわせて、ただですむとは思うまいな!」

「そんな!」


 アゴヒゲ男に責められた母が青い顔をして叫んだ。

 それを見た私はすごく腹が立った。


 偉い人なのか知らないけど、母さんをいじめないで!母さんは嘘なんかいってないわ!

 私、咲かせられるものっ!


 私は目の前の花に意識を向けると、堅く閉じたつぼみに心のなかで『開いて……綺麗に咲いて』と話しかける。

 すると、緑色だった蕾がじわりじわりと色を変え始め、ふっくらと膨らみ、やがてほどけるように花弁を広げた。

 瑞々しいオレンジ色のアデの花だ。

 ふわりとただよってくるその上品な香りは、一つの花からほんの一滴しかとれないというアデの香油のそれだった。

 売ると高値で取引される。


「これは……」


 丸目がねとアゴヒゲが目の前でおきた不思議に 息を飲んだ。


 ふふん、これくらい簡単よ!


 母は私を抱き締めて「よくやったわ!さすがよ、アーリサ!」とはしゃいだ声をあげた。

 私は誉められたのが嬉しくて、アゴヒゲが驚く顔にしてやったりと得意気に胸を張った。


 それが私たち家族の平穏の終わりを意味するとも知らずに。





 その後、私は王都で一年間審査を受けた。

 私は仕事がしたかったから行きたくないと言ったけれど、伯爵の要請であるならば行かないわけにはいかないと母に言われ、渋々承諾した。

 王都の審査で魔力があると判明し、しかも珍しい「女神の雫」という能力であるということも分かった。

「女神の雫」は周りへの影響が大きいそうなので、出身地であるコーフスネルの領主である伯爵様が私の後見になることに決まった。



 伯爵様の身元預かりとなった私は、コーフスネルに戻っても直ぐには家に返してもらえなかった。伯爵様のお屋敷に連れていかれた私は、そこで以前の生活からは考えられないような綺麗なドレスを着せられた。ダークレッドのシンプルなものだったが、肌触りのよさにため息が出る。

 王都でもさすがに貧民の服は見苦しかったのか審査用の服を貰っており、そのシンプルなローブですら私にとってはお姫様みたいな物であったのだが、こちらは本当に北区のお金持ちのお嬢さん達が着ているみたいな服だ。襟元のフリルにそっと触れる。

 するりと手の上で滑る生地は驚くほど滑らかだった。


 フリルなんて、生まれて始めて触ったわ……。

 こういう服を着たら、私もお嬢様に見えたりして?

 ああそれにしても、何て布の無駄使いな服なのかしら!この一着で二人分の服が作れそうよ!

 ……これ、きっとすごく高いに違いないわ。借り物だし、汚さないようにしなきゃ。とても弁償なんてできないもの。

 う、何だか怖くなってきた。早く脱ぎたい。


 私が服を何かに引っかけないように固まっていると、着方が分からないのだと判断され、さっさとメイドさんが私の服をひんむき、手早く着替えを済ませてくれた。身支度が整ったタイミングで、計ったかのように現れたモルゾイさんが、伯爵様と面会するように告げた。




 連れていかれたのは、伯爵様の書斎だった。

 実は伯爵家の家令であったらしいモルゾイさんが、伯爵に声をかけてから扉を開けてくれる 。私は来る前に教えられた膝を軽く曲げる淑女の挨拶をぎこちなく こなした。

 軽く下げた頭をおずおずと上げると、窓辺には金色の髪を後ろに撫で付け、優しげな緑の瞳をたたえた長身の紳士が立っていた。

 私は思わず見とれてぼうっとしてしまった。

 まるでおとぎ話の王子様みたいだ。おじさんだけど。


「ようこそ、アーリサ。

 王都での審査はご苦労だったね」


 伯爵がよく通る低い声で、優しく目を細目ながら私を労ってくれた。


「はい……」


 私はこういうとき何と返事をするべきかがよくわからず、しかし黙っているわけにもいかない気がしてとりあえず返事をした。

 工房のカスティさんが働き始めた最初の頃に教えてくれたのがこんなところで役に立つとは思わなかった。カスティさんは、何と返事して良いか分からない時はとりあえず返事をして笑っておけ、と言っていたのだ。

 その他の返事のパターンもいくつか教えてくれていた。


「まずはおめでとうと言わせてくれ。

 魔力持ちの、しかも女神の雫が我が領地から現れたことは私にとっても、勿論君にとっても大変喜ばしい事だ」


 そう言って優雅に歩み寄ると、私の背中をそっと押してソファーに促す。座ってみると、体がぐっと後ろに沈みこんで驚いた。見た目で思った以上に座面が柔らかい!


 私がフカフカのソファーの座面についつい何度も座りなおしていると、ふっと笑った気配がした。

 顔を上げると楽しそうに瞳を細めた伯爵様が私の方に焼き菓子の載ったお皿を差し出してくる。

 やだ、本当に王子様みたい!伯爵様だけど!


何となくそわそわとしてテーブルの上をみれば、美味しそうなお菓子がお皿いっぱいにのっている。

その夢のような光景に私の目はお菓子に釘付けになってしまった。

そんな私を伯爵様は微笑ましく思ったのか、「どうぞ。私は甘いものが苦手なのでね、君が食べてくれると料理長も喜ぶだろう」と勧めてくれた。


そういうことなら……


私は遠慮なくてを伸ばす。お、美味しい!




「さて、今後の事だけれどね、話を続けてもいいかな?」


 差し出されたお菓子をモリモリと頬に詰め込みながらしばらく食べていると、伯爵が何か話しかけてきた。

 私は慌ててお茶で流し込む。


ずずっ、ずずーーーーっ、ぷはぁっ!


む、歯に挟まってる。舌じゃなかなかとれないなぁ。


私は伯爵様の顔を見ながら指を口に突っ込むと、歯にくっついた焼き菓子のカスをほじりとった。

そうしてスッキリして、さて何のお話しでしょう?と伯爵様の話すのをまつが、伯爵様は何とも言えない表情で押し黙ってしまった。


しまった、私 食べ過ぎた!?


いいって言うから食べたのに。もしやこれが世に言う社交辞令というやつだろうか?

お祖母さんが真に受けちゃいけないと言っていたやつだ。どうしよう!


私は途方にくれて伯爵様の方にお菓子の器をそっと押し出した。


まだ少しのこってるから、これで我慢してくれないかな……



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